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第1話 お嬢様のミッションは取材ですか?

 リムジンの中で、パシャリと音がした。

「お嬢様、今、何を撮られたのですか?」

 灰色のおかっぱ頭でカイゼル髭を生やした糸目の運転手が聞く。

「日の光が差す道を撮りましたの」

 後ろの席に座る、金髪縦ロールで碧眼の少女が答える。

「写真の出来はいかがでしょうか?」

「上出来ですわ、爺や」

「それとお嬢様、ご入学おめでとうございます」

「あら、わたくしにかかれば当然のことですわ」

「さすがお嬢様」

 リムジンは交差点前の信号で止まった。


 その頃、近くの道にて。

「やばい!遅れるー!」

 ヘルメットを被り、リュックサックを背負い、前髪で両目が隠れ、ふたつ結びの髪を風にはためかせた少女が、ロードバイクで下り坂を疾走していた。

(うっかり二度寝しちゃったけど、入学初日に遅刻する訳にはいかないってー!)

 しかし、あまりに急ぎ過ぎたせいで、道の出っ張りに気づかずそれに乗り上げて、ロードバイクは少女ごと大きく前方に跳ねた。

「うわあああああっ!」

 跳ね上がった拍子に、少女はロードバイクから投げ出され、ちょうど信号待ちしているリムジンの運転席の横窓にヘルメットから突っ込んだ。

 バリイイイイイン!と、けたたましい音を立ててリムジンの運転席側の窓ガラスが割れた。

「うわっ!何だ?」

「どうしましたの、爺や!」

「こ、これは……人?人だ!」

「人?人がどうかしましたの?」

「お嬢様、申し訳ありませんが、ここからは徒歩でお願いします」

「えっ、何がどうなって……」

「あっ、いけませんお嬢様。もう式の時間まであと少しです、さあ速く!」

「わ、わかりましたわ!」

 爺やと呼ばれていた運転手は客席のドアを開け、リムジンに乗っていた方の少女は扉が開くと同時に外に出て、学校へ駆けて行った。

 それからすぐに運転手は、突っ込んで来た方の少女を窓から引っ張り出し、歩道の端に寝かせ、スマホで119番を押し、救急車を呼んだ。

 そして、乗っていた少女は無事、入学式に間に合い、突っ込んできた少女も駆け付けた救急救命士によって病院に運ばれた。


 式が終わり、少女が校門を出ると、運転手は近くにいた。

「お待ちしておりました、お嬢様」

「そんな事より爺や、突っ込んできたかたは大丈夫なのですか?」

「はい、病院へ運んで貰い、診察を受けたところ、軽い脳震盪で済んだようで、命に別状は無いとのことです」

「メールで知らされた時は如何なる事かと思いましたが……大事無くて良かったですわ。それで爺や、そのお方が居る病院はどちら?」

「これより向かいます」

 病院に着いた2人は看護師に病室まで案内され、引き戸を開けた。

「失礼します。こちら、東川さんで間違いないでしょうか?」

「あ、はいそうですが……もしや、あの車の……」

「はい、お子さんのほうは大事ないでしょうか?」

「はい、大丈夫です……娘がご迷惑をお掛けして申し訳ありません……お車のほうは必ず弁償しますので……」

「いえ、それには及びませんわ。わたくしはこれでも夏海(なつみ)財閥の令嬢であることを自負しております。ここは、車の弁償よりもあなた様の娘さんの容体の無事を共に喜ぶべきだとわたくしは思います。ひとまず、今回の娘さんの診療費をこちらで全額負担しましょう」

「ええっ、そんな!恐れ入ります……」

「あら、わたくしは当然のことをしただけに過ぎませんわ」

「お嬢様、ご主人様にはまたこちらから伝えておきます」

「さすが爺や、話が速くて助かりますわ」

「い、いいんですか本当に?何から何まで……あら、その制服は……」

 ふと、母親の目線が、令嬢が着ている、青いボレロにその下に着ている同色のジャンパースカート、足に履いている茶色いローファーに向けられた。

「もしかして、あなたも四季宮女学園高等部の生徒ですか?」

「ええ、そちらもですの?」

「はい、娘は体育科ですが、そちらは?」

「英語科ですわ。そちらはもしかすると、推薦入学ですか?」

「ええ、はい」

「そうなのですね。もし、娘さんが目を覚まされたときは、学校で会ったらよろしくとお伝えください」

 言い終えてきびすを返そうとすると、母親は「あ、あのっ」と声をかけた。

「ん?どうかされました?」

「せめて、お名前だけでも……」

「夏海リリィ向日葵(ひまわり)と申します。そちらの娘さんは?」

東川(ひがしかわ)竜子(たつこ)と言います。本当に、ありがとうございました」


 次の日。

「うーん……」

 向日葵は一枚の紙と睨めっこしていた。紙には、部活動の一覧が載っている。

「皆さんに配ったプリントにあるように、この学校は部活動に所属することが義務付けられています……ちなみに私、(ひいらぎ)冬雪(ふゆき)は新聞部の顧問です……」

 お団子頭の白い髪に赤い目の女教師がぼそぼそと話す。

(写真を撮る部活動はないのでしょうか?もしくは、柔術の部活動でも……)


 放課後、廊下を歩いている向日葵を、周りの生徒たちが注目していた。

「ねえ見て、あの子。あの金髪の子」

「それって、あの金髪縦ロールの子?」

「あの髪って、セットに何十分かかると思う?」

「わあー、サファイアみたいな綺麗な碧眼」

「肌も色白で、お人形さんみたい」

「ハーフかな?じゃなきゃ外国人?」

「あの子が今持っているのって、カメラ?しかも大きい!」

「どこで買ってもらったんだろう?写りはいいかな?」

 その頃、向日葵は周囲を気にすることなく、廊下の窓から体育館を撮影していた。

 そこへ、棒つきキャンディーを咥えた、榛色の目に茶髪をシュシュでツインテールに結わえた、口元に艶ぼくろがあるギャルっぽい生徒が近づいて、向日葵に声をかけた。

「何してんの?」

「ん、どちら様?」

「部室前で何やってんのかなー、って思って」

「あら、そうでしたの。では……」

「ちょい待ち」

 通り過ぎる直前に向日葵は首根っこをがしっと掴まれた。

「何撮ってたの?」

「体育館ですけど……何か?」

「ちょっと貸して」

 そう言って向日葵からカメラをふんだくると、慣れた手つきで操作し始めた。

「あ、あの!精密機械ですのでそんなに荒っぽく使わないでくださいまし!」

「はい出た」

 生徒は向日葵に画面を見せた。そこには着替え中の生徒がギリギリ写っていた。

「これは何かなー?」

「ぐ、偶然ですわ!」

「これ、みんなに言いふらしたらどうなるかねー?」

「う……」

(どうしましょう、このままでは夏海家末代までの恥!どうにか相手を説得しなくては!)

「ただー、アタシもそこまで鬼じゃないからー、こちらの要望さえ飲んでくれれば黙っておくけど?」

「要望……とは?」

 自然と指先から力が入ってくる。

「うちの部に入って」

「……へ?」

 自然と指先から力が抜けていった。

「いやーうちの部ってアタシと紅葉(もみじ)しかいなくてー、新入部員が来ないと廃部になっちゃうんだよねー」

「はあ……で、何部なのですか?」

「新聞部だよ」

「活動は?」

「主に学校内での出来事やー、教師や生徒会の動向を新聞に載せたりー、時々だけど地域の話題や時事問題も載せるよー。そのための取材や記事の執筆が仕事だね。あ、そうそう!そのカメラで写真を撮ってもらう仕事もあるよ!」

「ええっ?」

「だからー、入ってくれると助かるなー」

「わかりました、その『新聞部』とやらに入部しましょう」

「え、本当?ありがとー!うれしーわー!」

「ちなみに、あなたは新聞部の何者ですの?」

「アタシは部長、副部長は今呼ぶね。もしもし紅葉、新入部員見つかったからすぐ戻ってきて!」


 5分後、『紅葉』が戻ってきた。

「それじゃあ新入部員ちゃん、自己紹介よろ!」

「はい。夏海リリィ向日葵、1年英語科出身です。気軽に向日葵とお呼びください。何卒よろしくお願いします」

「向日葵ってー、もしかしてハーフ?」

「ええ、父は日本人ですが、母はイギリスです。この髪も瞳も母譲りなんです」

「まじで?アタシもハーフ!あ、アタシは春花(はるはな)デイジー(さくら)って名前。桜先輩って呼んでね!ちなみにアタシはパパが日本人でママがアメリカ人なんだ!この茶髪も生まれつきでこのヘーゼルアイもカラコンじゃないよ!実はアタシも英語科だよ!ほら紅葉も自己紹介じこしょーかい!」

「は、はいっ!自己紹介します。新聞部副部長の秋月(あきつき)オリビア紅葉です。学科は同じく英語科です。見ての通りハーフです!」

 ちなみに紅葉の容姿は、姫カットの赤毛に翠眼だった。

「まあそんなわけで、これからよろしくねーというわけで、ここでミッションはつどーう!」

「……へ?ミッション?」

「この学校の部活動はね、新入部員に何かしらのミッションが与えられるの」

 紅葉が補足を入れる。

「そんなこと、初耳ですわ!」

「あれ?先生の話、聞いてた?」

「先生の話?うーん……はっ」

 向日葵は思い出した。どの部活に入るか頭がいっぱいで話を半分も聞いていなかったことを。

(ふ、不覚ですわ……部活動を理由に教師の話を聞き逃すなど、夏海家末代までの恥!)

 激しく動揺する向日葵。

「まーミッションって言ってもー、そんなに難しくないから、気負うことはないよー?」

「そ、そうですか。で、わたくしが挑むミッションとは……?」

「1週間後までに学校の誰か1人を取材すること!先生生徒用務員その他諸々問わず!」

「しゅ、取材!わ、わかりましたわ、受けて立ちましょう!」

「よーし、それじゃあミッションスタート!」


(とはいっても、誰を取材するかが悩ましいですわ…...そもそも、取材って何を聞けばいいのかも見当がつきませんわ……いえ、こんなことで弱気になってはいけませんわ!夏海家の者として、この試練も突破してみせますわ!)

 そう意気込んで教室の前を通り過ぎようとしたときだった。

「知ってる?体育科の東川さんのことだけど……」

 知ってる名前が飛び出したのを、向日葵は聞き逃さなかった。

「それって、私たちと同じ1年の、東川竜子さんのこと?」

(東川竜子さんって、もしやあの……?)

 向日葵は聞き耳を立てた。

「うん。ここに入学する前から、誰もいない空き地に1人で行ってるらしいよ。不良っぽい女子とつるんでいるのを見たって子もいるみたい」

「えっ、じゃあ東川さんって不良なの?」

「そうなんじゃない?」

 その後、先輩らしき生徒が教室に入り、話はそこで終わった。

(これは……真相を確かめなくては!そのついでに取材もできるチャンス!)

 向日葵はほくそ笑んだ。


 その日の部活動が終わる時間に、向日葵は東川竜子を校門で待ち伏せていた。ちなみに、運転手には、今日は遅くなると伝えてある。そこへ、ロードバイクを押しながら東川竜子がやってきた。

「東川さん!」

 通り過ぎる直前に向日葵が声をかける。

「あたし?」

 呼ばれた少女が振り返った。

「よかった……あのときは大丈夫でしたか?」

「え、えーと……どちら様?」

 竜子は、目の前の金髪碧眼の美少女が誰だかわからず、困惑している。

「入学式の日の事故を、覚えていますか?」

「あ、それって……もしかしてあの!いやーあのときは本当にお世話になりました!」

 頭を下げる竜子。

「ご無事で何よりですわ、では本題に移りましょう。あなたを取材させていただけますか?」

「へ……?しゅ、取材ぃ?」

 竜子が素っ頓狂な声を上げる。

「わたくしは新聞部の夏海リリィ向日葵と申しますわ。今日はよろしくお願いします」

「は、ハーフかあ……こ、こちらこそよろしく」

「それでは東川さん、行きましょう」

「い、行くってどこへ?」

「無論、東川さんがこれから行く場所へ、ですわ」

「あー……もしかして、あそこかな。よし行こう」

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