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9話 目指せスローライフ

 初日の労働は大したことはなかったのだが、毎朝五時起きと聞いてミクは辟易した顔を見せた。夜は労働が終わるのは二十時過ぎ。しかし昼間の休憩時間が三時間ほどある。朝食の片付けをしたあと、昼過ぎまでは暇なのだ。食事を提供するのは朝と夜だけ。私達の仕事は昼過ぎから洗濯物、終われば掃除や夕食の支度、片付け。ベテランの人も働いているが、最近腰を痛めたそうでふたりも人が増えて助かると喜んでくれた。昼間の休憩時間は皆昼寝をしたり買い物をしたり、それぞれ過ごしているらしい。



「はあ、明日からも不安だあ」

 ミクはベッドに身を投げだす。私も隣のベッドに寝転び、天井を見上げた。私には慣れた過ごし方だったが、現代日本の便利な電化製品に慣れすぎていたもので久々に洗濯物を手洗いするのは骨が折れるのだと思い出した。

「バンリさん、仕事テキパキできるよね。私、まだ学生でさ。コンビニのバイトはしてたけど、あれもやること多くてやばかったな〜」

「あ!私もコンビニの夜勤したことあります。意外に人来るし、洗い物とか多くて大変でした!」

「分かる!」

 ミクはベッドから身を起こしてこちらに向き直る。

「バンリさんてさ、私年下と思ってたけどもしかして年上?私今二十一歳」

「あ、もう少し、上、ですね」

 もう少しどころではないんだけど。ミクは頭をがしがしとかいて「しまった〜タメ口聞いてた」と気まずそうに笑う。

「いいですよ、気にしなくて。よく年下に見られますし」

「いやいや、そうはいかないでしょ。バンリさんも私にタメ口OKだからね。名前も呼び捨てにしていいし」

「いえ、私は敬語がなんか癖で……じゃあ、ミク、と呼ばせてもらいます。ミクも、私を呼び捨てでいいですからね」

 心の中ではミク、と呼んでたけど改めて口にするのは少し気恥ずかしかった。ずっと、仲のいい人間を作らずに生きていた。

「まあ、ここでお金が貯まるまでって感じだけど、よろしくねバンリ」

「ええ、ミク。よろしくお願いします」

 あの村で目を覚ました時のミクは暗い顔でまた死を選ぶのではと思うような表情だったが、今はわりと明るく見える。本当は友達も多くて元気な性格なのではないだろうか。

 元の世界を捨ててもいい、死んでも別に良かった、とそういうふうな思考を持つ人間には見えないが何を抱えて生きているのか他人には分からないものだ。私だって、千年以上生きてる女にはとても見えないだろう。


 日本をうろうろしていると、そういえば東北は四十年くらい行ってないな、と足を向ければ意外に昔の知り合いに会うこともある。皆長生きになった。誰かの写真に残っていることもあった。繰り返し写真を見直すことで私の顔を忘れない人もいたのだ。

 この世界には全く知り合いもいないし写真などの証拠も今の所残ることはない。他の国に行くのだって、パスポートも必要ない。暫くは好きに生きても大丈夫だろう。治癒魔法を内緒にしていれば。

 この世界での新たなスローライフの目標を立てることにして、ベッドサイドのランプの火を消す。


 おやすみ、と小さく声をかけてももうミクは眠りについたようだった。夜中にミクが誰かの名前を呼んだように思えたがそれはよく聞き取れなかった。


 


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