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8話 新しい生活

 少なくとも三人いたはずの男たちはみんな姿を消していた。ラズは服は血まみれではあるものの、意識ははっきりとしてて己の身に起きたことを理解できない様子で立ち上がる。

「俺は、背中と腹を斬られたと思ったんだが」

「……はい、隠しておこうと思ったんですが、私がその……治癒魔法を少し使えるみたいで……」

 ぼそぼそと言うと、隣でミクが指先に小さく炎を灯してみせた。

「んで、私は火の魔法が使えるみたい?」

 ラズは飽きれた様子で嘆息した。

「なんで教えてくれなかったんだ」

「いや、昨日夜中に少し練習したらできちゃって。マリナたちが、黒髪の人は魔力が多いとか言うから」

「そうか……」

 ミクが練習していたのを知らなかったので驚いたが、ラズには私の治癒魔法のことも内緒にしていたのだ。そしてあの男たちの会話からして、どうやら私たちをさらうのが目的で襲撃されたらしい。


「ごめんなさい、魔法が使えるの分かったら迷惑かけるかもって思って言わなかったんです。誰か見てた人がいるのかも。ご神木に花が咲いたのも私のせいみたいだし」

 昨日ラズが予言がなどと言っていたから余計に怖くなって言い出せなかった。

「そうか、仕方ないな……。きっと村の誰かに知られてどこからか噂になったのかも知れない。こんな昼間から山賊が出ることはあまりないんだ、うちの村は貧しいから。野菜を盗って逃げるのもそんなに金にならないし」

 ラズは苦笑いして荷車から少しこぼれた作物を拾い上げた。

「とにかく急いで街まで向かったほうがいいな」

 私の治癒魔法が存分に効いたのか、ラズが荷車を引くと先程より軽く動いた。

「ミクさんは怪我は?」

「あ、擦り傷だけ」

 足の僅かな傷に治癒魔法をかけると、ミクは大きな目を見開く。

「え、足すごく軽くなった!疲れも取れるの?治癒魔法って」

「分からないけど、効いたならよかった」

 疲れも取れるなんてことは本には書いてなかったので私の無尽蔵の生命力のせいかも知れない。

 次に何かあったときのために今度は三人それぞれ魔導具をポケットに入れ、漲る体力で足早に街道を駆け抜ける事にした。



◇◇◇



 街に着く前に、ラズには私がヘラからもらった上着などをかけてあげて血まみれの服はリュックに仕舞った。女性ものの上着は羽織るだけしか出来ないが、あの服で街に入れば大騒ぎになるだろう。

 なんとか街について、市場に作物を届けると秤などに手早く掛けられ、この世界のそろばんのような計算機で代金をはじき出される。

「今回はこのくらいかな。いつも助かるよラズさん」

 市場の年配の男が、袋に入った銀貨などをラズに渡す。たくさん持ってきただけあっていつもよりも収入があったらしくラズはいい笑顔だ。

「ラズさんちの野菜は人気だからねえ」

「へへ、どうも」

 ラズは腰につけている鍵付きのポーチに銀貨を入れる。


 荷車を広場に置き、私達を紹介したい宿まで案内してもらうことにした。この街はそこそこ広い。三階建ての家もある。商店街も賑やかだ。フックというこの街は治安も悪くないと聞いた。路地をちらちらと見ても飢えている子供や女の人は今のところ見当たらない。温暖で森の中にも果実などが実りやすい地域なので貧しい家でも飢えずに済んでいるのかも知れない。

「ラズさんちのお野菜人気なんだ。おいしかったもんね」

 ミクが歩きながら料理のことを思い出す。

「ふふ、そうだろう。うちの一家は魔法が使えるのは娘のマリナだけだが、土魔法なんだ。戦いなどに使えるレベルではないんだけど、農業には使えるし作物も大きく美味しく育つ」

 そういやすこーーし使える、とマリナが言っていた。なるほど土魔法。

「おかげでなのか分からないが、うちの家族は病気ひとつしないんだ」

「へえ〜」

 私とミクは思わず声をハモらせる。いろんな魔法があるんだ。



 そうして十分ほどあるいた街の中心に、大きな建物が見えた。

「こんにちは、おかみさんいるかい」

「おや、ラズさん、久しぶり」

 宿の受付にいた初老の男が身を乗り出してラズを見る。続いて奥から還暦前くらいに見える小太りの女性が姿を表した。

「おかみさん、手が足りないと前に言っていただろう。旅の途中の女の子たちが住み込みで働き先を探してるんだけど、どうだい」

 少し気の強そうな顔のそのひとは、私とミクをジロジロと見てまたラズに目を移す。

「今の時期から観光客が増えるからね、ふたりくらいなら暫くは助かるよ。料理、洗濯、掃除。できるかい」

「はい、どれもできます」

 私が返事をするとミクは目を泳がせる。

「料理〜〜は〜〜、そんなに得意ではないけど、掃除や洗濯、あと何でも雑用もやります」

 ふん、と鼻を鳴らしておかみさんは笑う。

「他ならぬラズさんの頼みだ、いいよ、ふたりともうちで働いてもらうよ。あたしの名前はチィール。よろしく頼むよ」

「私は、バンリと申します」

「私はミクです!よろしくお願いします!」

 ふたりで深々と頭を下げる。チィールはついてきな、と私達に声をかけると奥の部屋へと案内する。ラズさんはほっとして見せて、私達に手を振った。村までの帰りは他にも村に用事がある人たちがいたらしく複数人で帰ると言っていたので多分大丈夫だろう。魔導具も少し買い足したらしい。


「ここがあんたたちの部屋だ。狭くて悪いが、棚とかは好きに使ってくれて構わないよ」

 狭いと言われたその部屋は日本で言えば六畳ほどなのでまあまあ。ベッドはふたつ。窓は南についていて日当たりもいい。

「食事は朝昼夜、賄いが出る。その代わりちゃんと働いておくれよ。給料は毎週末に一旦渡すよ」

 荷物を適当にベッドの横の小さい椅子に下ろすと、窓から外を覗いてみた。洗濯物がたくさん干してある裏庭が見えて、その先には商店街の一部もある。

「早速だけど、バンリは晩御飯の準備を手伝ってくれるかい?ミクは食堂の掃除を頼むよ」

 チィールはふくよかな手をパンパンと叩く。



 日雇いや、地方の旅館で住み込みで働いたことも経験はあるので腕がなる。いくらでもやりますとも。

 ミクは今までどんな仕事の経験があるのかは知らないが、少し面倒臭そうな顔を見せて部屋を出た。




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