62話 闇の中へ
本当に、私達以外の物音がない。この発掘場の魔獣……いや、鼠や虫もどこに行ってしまったのだろう。疑問に思いつつ、うつらうつらとテントに背を預けたまま船を漕ぐ。先程テントの中を覗いたら皆も一応寝ているようだった。このテントも私自身にも、ゴーレムたちにも気配を遮断する闇魔法をかけている。一応魔獣が来ても見つからないはず……。
どれだけ時間が経ったのか、目を覚まして懐中時計を取り出して時刻を見れば深夜二時くらいのようだった。光魔法の小さな明かりはこの広い最奥の部屋をぼんやりと照らしているが、ほとんど闇だ。
(みんなもまだ寝てるよね……)
テントの中を覗くとみんなおとなしく寝ている。ほっとしてまたテントの周りを見る。なんの音もない。奥には闇があるだけ……のはずだが、闇……?これは普通の闇だろうか?異変に気がついて、私は思わず口を手のひらで覆う。闇が移動している。これは知ってる。闇魔法のゲートだ。私がやるときのように、これを使う人はゲートを移動しながら様子を伺うことができる。
(私達を、探している……!?)
闇魔法で気配が消えているので相手には生き物として認識されないとわかっているのに、恐怖で息を詰めてしまう。そのゲートはあまりにも大きかった。もしあのゲートが私達の誰かに触れれば存在は認識される。静かにテントの中に入り、皆を揺さぶった。
「皆さん、起きてください。闇魔法のゲートが何かを探しています。ここを、離れないと。嫌な予感がします」
小声で伝えると、皆も察して起き上がる。
「まだ、見つかってないと思います。あんな大きなゲート、私でも出せません。あれに魔獣たちは吸い込まれたのでは……?元々ここにいたはずの大きな魔獣が上の階層にいたのはあのゲートには入れる大きさじゃなかったものの逃げるしかなかったのかも知れません」
ぼそぼそと言う私の声を聞きながら、カイトがテントから顔を出して顔色を変える。
「発掘場から退避しましょう。もう少し欲しかったけど仕方がない。何かおかしなことが起きている。そして僕は魔力が回復していない。回復していたとしても、もしあのゲートの中に引きずり込まれればどうなるか、どこに行くか、全く見当が付きません」
早口に言うカイトに続いて、みんなも身支度をする。もっと掘り進めたかったけど、大きな魔石も見つかったし最低限は入手できたはずだ。一旦ここは引かないといけない。相手が何者かわからない上、魔力の尽きない私でも出せないようなゲートを出して操っている。あの大きさ、もしかしてこの世界に私達を導いたあの崖のゲートの主なのだろうか。
まだ気が付かれてないことを確認しながら、上の階へと小走りに急ぐ。目的が分からないけど、様子をうかがうだけであればあんなに大きくゲートを広げなくていいからあちらに連れて行かれる可能性がある。それはこの世界のどこかなのか、元の世界なのか、はたまた違う世界なのか。
ゲートがこちらに気が付かず追いかけて来てないことを確認しながら、私達は数階上まで駆けた。
「なんなんだよあれ……」
「分からない、僕も初めて見るがバンリさんのやつとは大きさが違い過ぎる。どんな化物がゲートを出しているんだか」
まだ疲れがとれないカイトが息を切らせながら言う。おそらく魔獣がいないだろうことは幸いだった。しかし、あれはどこまで追跡が出来るのだろうか。
「カイトさん、休憩所はあれに見つかる可能性がありますか?」
「まああるでしょう。しかし、隅々までこの発掘場を探すとなるとあれも数日かけることになる。ただ、魔獣がいないことを鑑みるとすでにあのゲートの主は僕達よりここを知り尽くしている可能性もあります。安全とは言えない」
たしかに昨日今日現れたと言うわけではないのか……。でも私達も一日で戻れる訳ではない。
「私が闇魔法のテントを出して、更に気配遮断を全員にかけて休憩するしかないですね。休憩所以外のところで」
「……仕方がないな。広めの発掘跡の部屋などでそうしましょう」
カイトは今にも眠ってしまいそうな目を何度も瞬かせる。よほど疲弊しているのだろう。声にも覇気がない。無理はさせられない。数時間一人で土魔法を細かくコントロールしながら掘り進めていたのだ。
◇◇◇
提案の通り、所々にテントを張りながら私達は外を目指した。幸い、あのゲートは追いかけては来なかった。ゴーレムたちは連れ回しているうちに魔力が尽きたのか元の魔導具の形に戻った。カイトの魔力を注げばまた使えるそうだが、今はいざというときのために魔力を温存しておきたい。
途中の虎のようなあの大きな魔獣は何故か私達の気配遮断は効かなかった。が、もしかして、と思い私がゲートを出してみると耳と尻尾を怯えの形に畳んで伏せた。やはり、このゲートに恐怖を覚えるようなことが何かあったのだ。
数日かけてなんとか早足に最初の階層に戻ることが出来、最初の扉が見えて私達は安堵した。やっと戻れる。
「帰りも詠唱が必要なので、少々お待ちを」
カイトがぶつぶつと長い詠唱を唱えている間、私達はどれだけ気を抜いていたのだろうか。
──よく考えれば、相手もそうするだろう。確実に私達が来る場所で待つだろう。そんな当たり前のことに、疲労のあまり誰も気がついていなかったのだ。
「さあ、これで通れます。僕が最後に出るので皆さん先に……」
振り向いたカイトは絶句した。
「うしろ!!」
一斉に振り向けば、そこにはあのゲートがある。ミクは発掘場の扉に飛び込むと先に外に出た。ピジョンも急ぎそれにつづく。しかしジュドーは何故か動けない。いや、何かに引っ張られている。
「嫌、なに、これ」
抵抗しようとしても、足が動いていない。闇魔法で動けなくされているのだ。そしてぐいと背後に引っ張られる。私とホークが手を掴んでも、びくともしないどころか私達まで引きずられかけている。もうジュドーの体はほとんど闇の中に吸い込まれて、このままでは私達もこの中に入ることになる。
「だめだ、ふたりとも手を離せ!!」
カイトは下から土魔法の壁を出して私達の手を無理やり引き剥がした。ジュドーは「おかあさん」とか細い声で呼んだあと、ゲートの中に消えた。
その奥から実に苦しそうな掠れた声で「これ以上はもう」と聞こえる。シュン、とそれは消えた。最初からそこには何もなかったかのように、ゲートもジュドーも消えてしまったのだった……。




