6話 旅立ちの前
出立を前にした夜、ミクはベッドに寝転んでランプの薄明かりの中、黙々と魔法の本を読んでいた。この部屋には他にも本がある。本当はこの部屋はあの姉弟のもののはずで私達のために貸してくれている。今あの子達は両親と一緒のベッドで寝ているようだ。
「なんで私達……、この世界の文字、読めるのかな」
ミクが疑問を口にしつつ、この世界の情報を頭に入れていく。私も隣で他の本を読んでみたが、子供向けのそれらには分かりやすく色んなことが書いてあった。
この世界は三つの大陸に分かれているらしい。先日見せてもらった地図にあったのはこの国がある大陸だけ。この国にいれば治癒魔法を使える人間は国に報告が必要と言われたが、その理由も分かった。ツーラ国は東の隣の大国アリゼと険悪な状態で、過去何度も戦争を繰り返している。歴史の本を見ると、存在がレアだという治癒魔法の使い手は必ず従軍しているのだ。
(それは嫌だな……)
もうひとつの大陸の事はあまり詳しく書かれた本はここにはないが、ツーラ国との戦の話は書かれてはない。ツーラの南方の国ソア。貿易の本にはソアから鉄や銅などを輸入していると書かれている。貿易を友好的にしていると言うことはアリゼの方に行くよりは安全なのだろうか。地図にも全貌は書かれてない。
南方はこの土地より温暖らしいので冬に食べ物に困ることもあまりなさそうだ。
長く生きてきて、何度も戦に巻き込まれたが人間の愚かさを見るのはもう飽き飽きだ。目立たないところで極力私に興味のない人たちのいるところでひっそりと暮らしたい。時代にもよるが、意外にも田舎よりも都会のほうが目立たず生活できた。田舎は他人に良くも悪くも干渉してきやすい。
(ソアに行ってみるか)
途中に平和でそこそこ人の多い街があればそこに暫く潜んでもいい。田舎だろうが都会だろうが、どのみちひとところに十年と居られないのでまた転々とすることにはなるが。
「バンリさんは、なんであの崖にいたの?」
急にミクに尋ねられて心臓が跳ねた。
「え、いや観光……です」
「観光で、夕方に、夕日も見えないあの崖に?」
「……はい」
「ふふ、観光なんて、そんなはずないよね……」
ミクはそれ以上もう尋ねてこなかった。確かに観光ではなかったが、あそこに訪れた理由はどうしても言いたくない。
「まあいいや、私は異世界に来てみたかったのが成功したんだし。でも、バンリさんは私を助けようとして巻き込まれちゃったんだよね?ごめんね」
「まあ、それは、いいんです。私もどうせ居場所はなかったから」
「そうなんだ」
私のように人魚の肉を食べ不老になった後、孤独に耐えられずに自ら命を断った人もいたようだったが私にはそれは出来なかった。土地を変えながらだらだらと生きていた。それなりに時代の変化も楽しめるタイプだったが年を取らない事を訝しまれては困るので長年留まれる居場所はない。日本に戻れても戻れなくても、どちらでもいいのだ。
そういえば、黒髪の人は魔力が強いと聞いたがどこに多く住んでいるのだろうか?もし珍しい髪の色であれば都会であっても目立つだろう。この家にある僅かな量の本ではそれは分からなかった。
気がつけば、ミクは本を読みながら寝落ちしている。荷物も何もなくこの世界に来た私達だが、魔法の本と歴史の本は譲ってもらえる事になった。これと数日の保存食を頂いて明日の朝旅立つ。




