52話 レッスンの始まり
夜が明けて農園から王都に戻るともう夕方だった。それでも明日からは王宮の訓練場に通わなければならないらしい。気が重い。何より私は学校というところに通ったことがない。読み書きや計算、裁縫や料理は、何百年も昔に尼寺などに住み込んだところで教えてもらった。
本が買いやすい時代になれば自分で勉強をしたり、テレビの教育番組を見て学んだりもしたけど。不安で仕方がない……。
「では、最初に魔法の基礎から。あなた達はなんとなくで魔法を使っているので」
そろそろ顔を見飽きたカイト殿下に放り込まれたソアの兵団の修練場は、恐ろしく広かった。ミクによると、ツーラ国とは規模が違うそうで。戦争になったら確実にツーラ国が負けると言っていたくらい。
「皆さんいろんな魔法が使えますが、コントロールの仕方から勉強していただきます。その後に使う術の増やし方を学ぶコースへ」
では、と簡単に説明して、ホークを引きずってカイトはどこかへ去って行った。そして私達はこの広い修練場から、奥の部屋へと移動することになった。
私とミクとジュドーは、とりあえず座学かららしい。
私達は会議室ほどの広さの中にある長机に並んで座らせられる。そして目の前にいるのは黒髪の三十代前半くらいの女性だった。ちょっとだらしない風な格好で、髪の毛は癖毛でくしゃくしゃだ。
「はじめまして〜。今日からお世話になります。タカノアオイと申します。私も十数年前にこの世界に来た日本人です〜」
おお、やはり日本人なんだ。
「アオイ先生はツーラ国の王都で呪いにかかったりしなかったの?」
ミクは机の上に乗っておすわりしながらアオイ先生に質問する。
「あ〜確かに私もツーラ国に最初着きましたが、黒髪の女の人は魔力が高いという噂を聞いた山賊にさらわれてこの国に売られてですね、あはは。その後国王陛下に助けられてその恩義でここで働かせてもらってます〜」
おっとりした喋り方なのに過酷なことを言っている……。この国に売られることになるんだ……。そっちのほうが簡単にここまで来れたのかな、と思わないでもないけど、そうしたらホークやジュドーには出会えてない。
「さて。今日は特別にテキストを作ってきたんですよ〜。魔力の放出についてですね〜」
私達に配られた教科書は、そこそこ分厚い。辞書とまではいかないけど……。100頁以上は軽くある。
「皆さんの魔法の適性は殿下からお聞きしていますが、私はバンリさんと同じ闇ですね〜。それと土ですが、土の人はこの中にはいないみたいですねえ」
先にカイトに渡されたらしいメモ数枚を見ながらアオイ先生は私達を見渡す。
「授業は午前中のみ、と言われていますが、帰ってから予習、復習も大事ですよ。では、始めます〜」
アオイ先生は日本で見たことのあるような移動できる黒板的な何かを引っ張り出してきた。そこでふよふよと、チョークを浮かせて文字を書く。
「これは光魔法でも、闇魔法でも、なんなら風魔法でも応用で魔力をそんなに消費せずに出来ることです〜。明日までにできるようになりましょう〜」
ほのぼのした言い方で、アオイ先生もふんわりした笑顔だ。
「これなら簡単そうですね!」
ジュドーもほっとして肩の力を抜くがそれは大きな間違いだった。
◇◇◇
「つ、疲れた!」
屋敷に戻るなり、ミクは私の肩からソファに飛び乗った。そのまま体の力を抜いて横たわり、無言になる。私も気疲れで何も喋る気にならない。
「スパルタでしたね……」
ジュドーもスパルタという言葉知ってるんだ……と思いつつ、私もソファで体を弛緩させて目を閉じる。眠たくはないがもう何もしたくない。
あれから私達はチョークを何本もバキバキと折り、砕き、教室の床を真っ白にしていった。帰る直前になんとか黒板をコツコツと叩けるくらいまではできたがすらすら文字を書くのは不可能だった。
皆さん魔力はバズーカ砲みたいですが、針を通す感じ位の放出を学んでくださいね〜と難しいことを言われ、旅の途中バズーカ砲的な魔力を出しまくっていた私達には難易度が高かった。この屋敷には庭があるので
あとで木の枝で練習してみよう……。
「皆さん先に帰っちゃってたんですね!お昼ご飯買ってきましたが食べますか!?ハンバーガーというものがありましたよ!!」
元気に屋敷に戻ってきたホークは無邪気だ。ホークはまあ体格は変わり、力自体は弱くはなっているけど体を動かすことは苦手ではないらしいので楽しそうな様子だ。
「なんか、あんたってさあ〜体育の時間を遊びと思ってた系のこどもだったんでしょ……わかるわ」
「え!?みんなはそうじゃないんですか!?運動の時間楽しみでしたけど!」
陽のオーラを眩しいほど出してホークはミクを見るが、猫の尻尾は不機嫌な揺れ方を見せている。
「ハンバーガー、あったかいうちに食べたほうが美味しいらしいですよ……」
みんなが元気がないので小声になりつつ、ホークはハンバーガーを食べ始める。ミクの分も食べていいと言われて遠慮なくふたつ目をたいらげたあとに「ちょっと体力つけるために走ってきます!」とまた飛び出して行った。そういやそういうひとなんだった……と私は宿屋で働いていたときの元気すぎるホークの姿を思い出していた。
私達も復習をしなくては……。のろのろと起き上がり、昼寝しているミクとジュドーを置いて私は庭に出ることにした。




