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八百比丘尼、異世界で放浪スローライフ  作者: アジ
三章 ソアの国

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45/60

45話 嘘つき合戦

 男性のときのホークがお日様なら、この人は月だな、と思うが月と言っても距離の近い満月だ。ホークは喜怒哀楽が分かりやすく声もはきはきして元気なのだが、この人……ホークの友人カイトは、静かにゆっくり言葉を話してこちらの反応を待ちながら、相づちもいいタイミングで丁寧に打つ。モテそうというか、まあ、モテるだろうこれは。ホークもモテるけど。全然タイプが違うけど、どうしてこんな人と友達になったんだろう。しかも殿下と呼ばれているし……。てことはやっぱりこの国の皇太子じゃないの?



「ソアの国の酒は、ちょっと強めです。ツーラ国の酒は麦でできた炭酸の飲み物が多いでしょう?あと、ウイスキーとかも有名ですが。ソアの酒はこうして牛の乳で割って飲むと女性にも優しく、酔いにくいのでおすすめですよ」

 右隣りに座ったジュドーはまだ酔ってないのに頬を真っ赤にしてこくこくと頷く。ミクは勝手に左隣の椅子に座った。店の人に猫は大丈夫かと聞こうとしたらカイトが「美人な黒猫さんだね。ご相伴願えるかな?」など言うので店員はミクのことをスルーしたし、ミクはカイトしか見えなくなった。そんなミクの更に左に私がいる。

「あっ私はストレートで飲みます」

 私の体は肝臓がすぐに解毒するので、お酒くらいならあまり酔わない。ジュドーと会ったときに使った即効性の毒ならいったん倒れてしまうが、お酒は私の体では命に関わる前に肝臓のほうが勝ってしまうようだった。

「そちらのお嬢さんは?」

 私の左に座っているホークを見ながらカイトが尋ねる。

「あ、俺は……大丈夫です……」

「お酒が苦手なのかな?じゃあ、ぶどうジュースでも作ってもらおうか?」

「あ、はい、じゃあ、それで」

 棒読みのホークの横顔を見ながら、カイトは何やら興味深そうだ。

「決してナンパと思わないで欲しいんだけど、その金の髪のうつくしいお嬢さんは……どこかで僕とお会いしたことが?」

「……いえ」

 カイトの方を見もせずにホークは答える。こんなホークを見るのは初めてだ。真っ青な顔で表情も強張っている。


「姉のカナリーですって、言っちゃえばいいじゃないですか」

「いや、うーん、いや……いいです」

 耳元でコソコソと話すと、ホークはもにょもにょと口ごもる。そんな私達の声は聞こえなかったはずなのに、カイトは「ああ」と何かを思いついたように声を上げた。

「ツーラ国からいらしたそうですが、ホークという男の身内ではありませんか?いえ、友人なのですが姉がいると聞いたことがあります。似ているな、と感じたのですが」

 鋭すぎる。肘でホークを何度も打つと、観念して一瞬うなだれたがカイトの方に顔を向ける。

「そうです。ホークの姉です。探し人がいるのでこの国まで来たんですけど、あなたを頼るようにとこれを託されました」

 ごそごそとカイトの名前入りの通行証を取り出すと、初めて表情が揺れた。営業用の顔、というスマイルだったのに素の顔なのだろう。そんな顔もできるんだ。

「ずっと連絡がなかったもので、忘れられてると思っていましたが……。ちゃんと取っていたんですね。いいでしょう、何でもお力になりますよ」

 また、にこ、ときれいな笑顔になる。普通の人なら騙されるだろうなこの作り笑顔……。

「あの、ヤオノゾミ、という人を探しているんです。この広いソアの国なので探すのは難しいかと思うのですが……黒髪の女性です。多分……四十半ばくらいの方のはずです」

「ヤオノゾミ……?知らないな。申し訳ない」

 カイトは眉をひゅっと顰める。もしこの国で呪いを解いて生きているならひっそりと過ごしているのかも知れないし、何しろソアの国はツーラ国より人口も多く、群島もある。人探しは難しいだろう。黒髪の人間は数人見かけたが、年齢的にも外見も八尾望さんではなかった。


「その人になんの御用が?差し支えなければ教えていただきたい」

「その……おそらくその方が呪いを解く魔導具についてご存知のはずなんです」

 それ以外のことは私達も何もわからない。ふむ、とカイトは長い指で困ったように顎をさすった。

「分かりました。では、明日の夕方またここに来ていただけますか?できれば目立たないように、ひとり……そう、あなたがいい」

 カイトの人差し指は私に向けられた。私!?まあでも脱走とかには私が向いているし、何かあったときのためにはそれがいいかも。死なないし。

「いや、バンリさん、俺が」

「大丈夫ですよ、カナリーさん。カイトさんは殿下……と呼ばれていたという方は立場のある方ですよね?」

「ふふ、そうです。まあ末っ子なので兄がこの国の王になり僕は放蕩息子という感じですが、こうして夜な夜な市政の様子を見るという名目で飲み歩いています」

 そんな楽しそうな生活、羨ましいことで。


 とりあえず、明日の夜、と約束をしたあとに我々は一度王都を出て外に闇のテントを張る。ジュドーとミクは疲れのためかすぐに熟睡していたが、ホークはなかなか眠れない様子で何度も寝返りを打ってため息をついていた。

「カイトさんって、昔からあんな感じなんですか?」

 小声で尋ねると、ホークは仰向けのまま、うつろな目で私の方を見やる。

「まあ、女たらしで……口がうまくて……俺とは真逆ですね。でも、友人や家族、教師には真摯でいいやつなんです。俺が困っていたらすぐに助けてくれたし、俺もカイトに対してはそうありたいと思っていました。それが急に国に帰ると言って、それきりと思ったらこの国の皇太子って。ずっと内緒にしてたんだと思うと」

「ホークさん、ちょっと寂しいんですね」

 こく、とホークは頷く。あちらにも何か事情があるのだろう。身分を隠さないと滞在できない理由が。

「でも、悪いやつではないんです」

「そう……そうですねえ。でも、今日もあの出会い、仕組まれていましたしね。一応覚悟して向かいます明日は」

「え……?!そうなんですか!?」

「だって、タイミング良すぎでしょう。どこかで私達があそこに行くのをわかっていて、トラブルを装って待ち構えて好意的に接して油断させようとしている、かなと」

 そんなに白馬の王子様が都合よく来てくれることはない。長生きなので私はよくわかっている。あれは仕組まれていたはずだ。

「な、なんのために」

「さて……わかりませんが。大丈夫ですよ、私は死にませんし、少し拷問にかけられてもなんとかなりますから、ね。皆さんとここに居て下さい」

 拷問……と呟いたホークは顔はまた血の気が引いてしまい、なかなかこの夜を安眠で過ごすことは難しくなりそうだった。ジュドーの風魔法のおかげでいつでもそよ風があってよかった。



◇◇◇



 言われた時間に酒場に行けば、奥にいた金髪の女性が、くい、と顎で先の方にいけと促してくる。バックヤード的な場所なのだろうと思いつつ扉を開けると、短い通路の先にもう一つ扉がある。その先の部屋には酒場には不似合いな、気品のあるテーブルとソファ、壁の飾り、そして天蓋付きのベッドがあった。カイトの隠れ部屋なのだろう。


「ご足労願い申し訳ない。バンリさん、そこへどうぞ」

 カイトは立ち上がり、ソファを指す。ふかふかなそれに素直に座ると、カイトは正面には座らずに隣に腰掛けた。夜のお店の接客みたいな配置だ。なにかあったら逃げ出そう、とドアの方を見るが、そんな私の視線を遮るようにカイトは隣から顔をのぞき込んできた。

「ヤオノゾミ。という人物と、魔導具についてお教えしたいが……こちらからの質問に答えて頂いてからでもいいですか?」

「はい」

 緊張しつつ返事をすると、カイトは優しい笑みのまま、私の手をそっと左手で握ってきた。中指にある指輪が冷たく感じて、背中に寒気が駆けた。なにかまずくない?長年の経験から危険だ、逃げろと頭の中で警報がなる。ホークの友人だからと少し油断をしていた。コミュニケーションとして手を握ってきたのでなく、逃すまいとしている、これは。


「ホークが行方不明だそうです。ここ一ヶ月、ツーラ国の祭りのあとからだれもホークの姿を見ていない。兵士として派遣された街に探りを入れたら、バンリという女性と一緒だったそうです。あなたですよね」

「そう……ですが。ホークとはあちらの港で別れてそれきりで」

 ていうかこの人ホークの動向をなんで調べてるの!?そして伝令が早すぎる。どうやって……。


「あのカナリーという女性はホークの姉ではないでしょう?似たような人を探して連れてきたんですか?あの通行証はホークから奪ったんですか?……いや、あなたのようなか弱い女性が力づくで奪うのは難しい。きっと、何かに困っているふりをして、あの優しいホークの事だ、簡単に騙されて同情して差し出したんでしょうが……それはいい。ホークはどこです」

「それは……確かに、ホークさんの優しさにつけこんでいるように見えるのは否めません」

 そこは人から見れば私が誑かして連れ回しているようにも見えただろう。しかし私は何度も断っているし、一緒にいるのはホークの意志だ。もう、普通にホークが呪いで女の子になったのを打ち明けるしかない気がする。

「すべてお話ししてもいいのですが、みんなも連れてきても……」

 立ち上がろうとして、ひやりとのどに何かにが当てられたのがわかる。カイトが私の喉にナイフを今にも掻っ切らんばかりに当てている。血が滲む感触があるが、そのくらいの傷なら即完治してしまうだろう。目の前でそれを見せるのは驚かせてしまう、と思ったがいつも感じる傷の塞がるあたたかい感覚がまったくない。え!?私回復しない!?


 闇魔法でこの人の手や足に重力をかけて今は逃げるしかない、と魔力を込めると、カイトの手は一度不自然に下がってナイフも落ちるが、左手で手首は拘束されたままだ。どうしてか分からないけど、魔力が吸い取られる感覚がある。


「僕は王宮でここ数年いろんな謀略に巻き込まれましてね。嘘をつく人はよくわかるんですよ。あなたみたいな人だ」

「あら、私達似た者同士のようですね」

 否定せずに強がって返せば、カイトの形のいい顔のパーツは恐ろしいほどにおだやかになった。

「気が合いますね。さて、女性に手荒なことはしたくありません。ホークのことを正直に話してください」

 カイトの指輪が妖しくひかる。もしかしてこれ、呪いを解く魔導具じゃない?ということは私は普通に死ぬ?こんな半端なゲームオーバーは嫌すぎる。

 しかしカイトはこちらに少しも温情など許しはしない、そういう怖い笑顔を見せていた。




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