24話 王都にて
王都に我々がついたのは祭りの二日前だったが、もう前夜祭は開始していた。出店と人混みに圧倒されながら、私はホークの実家の近くに宿を取った。この時期なので満室のはずだったがホークが知り合いとのことで口を聞いてくれたらしい。前から思っていたが実家が強い……。
「何かあったら、いつでも俺の家に飛び込んできてください!友達が祭りのために王都に来てる、と家族には言っていますので!」
宿の前まで送ってくれたホークはそのように言い、宿から見える実家を指差したがそこから見ても分かる見事な大きさである。どう見ても宿より大きい。よ、四階建て……?実家が太いゆえにこの心が広く温厚な性格は作られたのだろうか。ホークは実家の大きさを自慢するでもなく、では!と元気に去っていった。あんな大きな家の出だったらもっと違う仕事もあっただろうに、と思わないでもないがホークなりに考えての人生なのだろう。
「さて……」
宿に入ると荷物をおろし、ホークにもらった王都の地図を開く。広い、あまりにも広い。しかし今回用があるのは王城の周囲だけ。最後に少し陛下と聖女が顔を見せてくれるはずのテラスは、城下町に続く広場の真上にあるはず。弓矢の届きにくいような高い距離にあるはずなので、普通に落ちれば即死のはずなのだが、闇魔法の逆で光の魔法には体を軽くする術もあるらしいのでそれをうまく使うつもりなのだろうか?あれからあの喋る鴉は姿を現さない。具体的な計画を知りたいんだけど、手紙は基本的には検閲されるし長い文章でカタカナを書けば何かを伝えようとしているのはばればれだろうから連絡が取れない。
地図を見つつ、お城の裏口から続く路地へと散歩してみるか、と宿を出る。無茶な計画を突然立てて巻き込もうとするミクには正直呆れもあるが、肉親への深い情は譲れないものだとは理解できる。もう私には遠い遠い存在だが、家族を見捨てられるような人はそういないだろう。
家族どころか、友人だってほとんど作らずに生きてきたのでこんなに人と関わろうとしたのはどのくらい振りかは分からないが、乗りかかった舟から降りようとは思えない。
いろんな種族の寿命や魔法の存在は逃げながら生きていた私には嬉しい情報だ。闇魔法もあれから少し使えるものも増えたし、何より私の魔力はどうやら無尽蔵だ。刃物や飛び道具も強い重力を与えて地面に叩き落とすこともできるし、それが複数でも難しくはない。それと便利だな、と思った闇魔法のひとつに、闇気配を遮断できるというものがある。その魔法を使えば姿も消えて足音や声も誰にも聞こえないとのこと。
できるだけ穏便に済ませたい私にはぴったりの魔法だ。闇魔法が誰かを呪うような恐ろしいものではなく本当に良かった。闇魔法、という言葉のイメージはなんとなく悪いふうに思えていたが、基本的には攻撃力よりは静かに何かを行うものが多い。
、ツーラ国の王城は当たり前に大きい。中に入れば普通に迷ってしまうだろう。城壁もかなり高いので乗り越えることはできない。何度も戦を経験したであろうその城壁は、上に兵器を乗せられる作りに見える。
ここから城の裏口に行くとすればかなり時間がかかるが、闇魔法で気配を消せば静かに逃げることは可能だろう。ただ、気配が消えるというだけで攻撃が当たらないというわけではない。大勢に囲まれて魔法や雨のような弓矢が降りそぞげばどうなるかは分からないのだ。気配がなくなるだけで、存在はあるので人や物には当たり前にぶつかる。前夜祭で盛り上がる街の中で使ってみたが、透明人間のようになった私は全然人には見えてはないが人ごみの中で何度もぶつかっては色んな人に不思議そうにされたのだ。うまく使わないとあまり意味がない。
(ここから先に行くのは……ちょっと怪しそうだし)
この王都は、城を中心に丸く広がっている。正面の方が城下町が賑わっており、店などが多い。飲み屋や宿などもあり、ちょっといかがわしい店も見かけたので夜でも灯りが絶えることはない。
城の裏口から続く路地は民家が多く、夜は人通りが少ないあたりもある。この城から逃げたところで、王都自体も高い城壁に囲まれているし門番は各所にいる。そこからどう逃げるのかが問題だが、王都の中に長く潜んでいるのも難しいだろう。空を飛ぶ魔法は今のところ私には使えそうになかった。変装して出て行くのはありだとは思う。ウィッグなどを使って黒髪を隠せばいけるかもしれない?
(もしかしたらミクには王都からの脱出計画がもう少し細かくあるのかも知れないけど、連絡手段がないからなあ……)
ミクがテラスからどうやってか落ちる→大怪我をして、友達に会いたいというので私が名乗り出る→治癒魔法で治療して裏口から脱出する。
という流れのはずだが、救護室にはもちろん人がいるだろうし皆の目の前で使うのは無理だろう。死なない程度まで回復させるというのも加減が分からないし……。
うんうんと悩みながら城の狭い裏口のあたりをうろうろしていると、もう闇に染まる空を一匹の鴉が飛んでいるのが見えた。
「また逃げてるじゃないか、あのカラス」
「いや、どうせ戻ってくるって……一昨日もそうだっただろ」
「でも戻らなかったら俺たちが大目玉だろ」
「そりゃそうだが、脱出は何度もしては戻ってきてるって聞いたぞ」
城の裏門のあたりで見張りの兵士たちがひそひそと話している。鴉ってあの鴉なのだろうか?喋る鴉。
鴉の行き先を追うと、民家の合間にあるほんの小さな休憩所のようなところで鴉は井戸の屋根に留まった。
誰にも見つからないように、と物陰にしゃがんでから術を解くと、鴉の前に姿を現してやる。鴉の足をよく見れば、何かが光っている。ホークが耳につけている、魔力を感知する魔道具と同じようだった。
「バンリ、よく来ましたね」
「あなた、こないだの……」
「そう、私の名前は、サクラです。覚えておいてください」
「サクラ……うん」
日本人のような名前だ。ということは、ここに来た誰か……ミクか、それより前にいた聖女がつけたのだろうか。
「あとで、宿に来ます。どの部屋か分かりやすく窓を開けておいて、そこに目印をつけておいてください」
「目印……じゃあ、私の白いハンカチとかを干しておきます」
「分かりました、では、また。一旦戻らないと……」
サクラは慌てて城の方にまた飛び立った。ここから宿屋まで、結構な距離があったので早めに戻らないといけない。気配を消す魔法を途中まで使い、音楽や店の呼び込みの声が聞こえてくると路地で魔法を解く。足早に宿に入ろうとすると、私服のホークが心配そうにうろうろとしていた。鴉が来るのであれば丁度よかった、とついでに部屋まで来てもらうことにした。




