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23話 ホークのかなしみ

 翌朝、目覚めるとバンリさんは隣のベットにいなかった。もしかして一緒にいるのが嫌になって外に出てしまったのだろうか。踏み込んだことを聞いてしまったから。大分王都に近くなったので、ここからなら馬車じゃなくて徒歩を選択したのかも知れない……いやもしや別の人の馬車に?とネガティブなことを考えているうちに、部屋の扉が開けられた。


「あ、ホークさん早起きですね」

「おはようございます!お散歩されてたんですか!?」

 バンリさんこそ早起きだというのに、寝ぼけまなこの俺を早起きと褒めてくれる。両手に何かを抱えているが、それからふんわりと焼けたパンの匂いがする。きっと俺が犬だったら分かりやすく耳や尻尾が反応して見えていただろう。

「あっこれは、朝ごはんです。まだ出発まで時間がありますし今のうちに食べちゃおうと思って。ホークさんの分もありますよ。昨日お代をお支払いしないまま寝てしまいましたし」

「そんな……!ありがとうございます」

 感動に目を潤ませているうちに、バンリさんはこの部屋の小さなテーブルについて先にハムや卵が挟まっている焼けたパンをほおばり始めた。俺もまだ顔も洗ってないというのに、適当にぱっぱと着替えて買ってきてもらった朝食に向かうのだった。この村の宿屋は素泊まりで、朝食も夕食もなく、お腹がすけば村のどこかの店で済ませるスタイルだ。

 実家は王都の商家で裕福な方だった。たまに旅行に出ても出来るだけその土地のいいものを食べてまわる癖が親にはあったので真似をしていたのだがこういう旅路も悪くない。旅というほど遠路ではないのだが。


 王都で俺の実家に泊まりませんかとバンリさんに尋ねても、誤解があってはいけませんから、とスパっと断られた。確かに、兵士に志願して他の土地に行けばそこで彼女を作って帰ってくる者は少なくない。逆に、地方の兵士が王都出身と知れば都会に出たいあまりに色気で迫ってくる若い娘も多い。俺もあの街で何度か言い寄られたことがあったが、ときめくどころか逆に怖くなってしまい、空いた時間は若い女性がいる場所には立ち寄らないようになってしまった。

 その点、バンリさんはこちらに興味があまりない風なので、つれなくされるのは悲しかったがそれでもよかった。自分の容姿のよし悪しは兎も角、末っ子である俺には財産の分与はあまり期待できないというのに王都の商家であるというだけで人が寄ってきた。王都にはもっといろんな仕事があるのにどうして兵士に、と母には泣かれたが、今は近隣の国とは停戦状態で戦に駆り出される可能性は少なかったし、自分で身を立てたかったので、実家のことに興味を持ってくる人にもそう言っているのだが家のことはしつこく聞かれる。

 そんな中でバンリさんが俺に冷たくするのも、稀にやさしくしてくれるのも、別に俺の外見や生まれは何も関与していないのだと分かっているので、ちょっとほっとしている。



「このパン屋さん、ドワーフのご夫婦がされているんですね。石窯も自分で作った特製のものだそうですね」

 バンリさんは朝食の色んなパンに舌鼓を打ちつつ、そんな話題を始める。そういえばこの村は俺も王都への行き来で寄るが、このパンのためだけにここに来る人もいるらしい。住民は千人もいないような小さな村なのだが街道の途中にあるのでそこそこ繁盛している。

「俺が子供のころからあるパン屋さんなんですよ。きっと俺がおじいちゃんになっても残っている気がしますよあのパン屋さんは」

「そんなに長く?」

「ええ、ドワーフのひとたちは……200歳以上のひとも多くいるはずです。エルフ程じゃないけど、俺たちよりは長命ですね」

 ふーん、とバンリさんは興味深そうに相づちを打つ。他人に興味を持たないように努めている風に見えるこのひとが、隠さずに目を輝かせるのは色んな他種族の寿命や文化だった。バンリさんの元の世界、ニホンというところでエルフやドワーフの方々もいないらしいし、魔法も近代では珍しいものになっていると聞いた。代わりに電気や地中から掘った油を使って便利に生活できているらしいが、雷の魔法を思い浮かべてもあれでどうやって?と理解が追いつかなかった。



「この世界の多様さを聞けば聞くほど、なんだか元気になってくる気がします。私は子どものころ、結構好奇心旺盛な性格だったはずなんですが……。長生きしていると、色んなものを失って行ってました。テレビや映画を見たりするのは好きで刺激も多かったんですが」

「てれび……?えいが……?」

 聞いた事のない言葉に俺は首を傾げる。バンリさんはたまに全然知らない文化を当たり前のように口にするのだ。

「えっと、遠くに離れていても演劇などを見ることが出来たりする箱がありまして」

「高位魔法の通信が!?さすがバンリさんですね……!?」

「いえ、違います。みんなそれを見ることが出来るんです。ほとんどの家庭で、そういうのを見る箱や板がふつうにあるんです。大人も子どももお年寄りだって、寝たきりのひとだって使えるんですよ」

「そんなの、この世界より高度な魔法があるのと一緒じゃないですか……」

「ふふ、そうですよね。便利でした。おかげでその箱ができてからはあまり退屈ではなかったです、いつかなつかしくなってしまう可能性もありますね」

 昨日の夜はもう戻らなくていいようなことを言っていたのに。そのいつか、というのがとても遠い日であればいい、と願うばかりだ。

「でもこの世界はそんな箱がなくても、私には刺激が多いし、当分飽きないと思いますよ」

 最近少しづつ笑顔が増えたバンリさんがまた口の端をもちあげるので、単純な俺はつられてにこにことしてしまった。




◇◇◇



 王都へ向かう馬車には途中乗車がひとり増えたが大きめの馬車なので、そんなに窮屈ではない。俺たちが乗っている荷台の後ろは閉じられているが、隙間から外を見ることは可能だ。俺が子供のころにこうして商品を運ぶ荷台に乗せてもらったときも、そうして風景を楽しんだものだった。何かを警戒しているのかと思えば、バンリさんはあの頃の子供だった俺のように楽しそうに過ぎていく風景を眺めている。


(確かに、本当は好奇心の強いひとなんだろうな)


 出会ったころの印象にプラスして、バンリさんのことが少しづつ分かって行くのがうれしいが、寿命の話をよくするのでひとつ気が付いたことがある。

 俺はきっとこのひとと仲良くなって、もし、万が一、ずっと近くに居られることが許されることがあっても、バンリさんより先に死ぬのだ。置いて行ってしまうんだ。


 このひとのつれなさの原因はそういうところにもあるのだ、と気が付いて、無性に悲しくなって泣いてしまいそうだったが、過ぎていく街道を眺めるバンリさんは気が付くことはなかった。




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