21話 鴉からの伝言
王都への街道は思ったよりも舗装されているところも多かった。夕方に着いた小さな村に一泊して、明日も別の村に泊まり大体三日ほどで王都には着く。
馬車に乗ったメンバーは、街で見知った人もいた。寄った村の小さな宿屋では、私とホークを同室にいつの間にかされていて、横にいたホークは勝手に照れていたのでとても気まずい。
早めに村に着いたので、夏ということもありまだ外は明るかったが村の食堂とかにも行かずに引きこもることにした。ホークはどこに行ったのか、夜までには戻ります!と元気に走って宿を出ていったままだ。
コツコツ。
ふと、窓の方から何かを叩く音がする。風通しを良くしようと全開にしていたが、ここは二階だ。気のせいかな、と思えばまたコツコツと何者かが窓の近くを叩く音がする。
「誰?」
呼びかけると、窓からバサバサと、黒い塊が入ってきた。声を上げるのを我慢して少し後ずさりすれば、部屋の椅子にちょん、と乗ったのは漆黒の羽の美しい鴉だった。
「カラス…!?迷い込んできたのかな、出さなきゃ……」
手で体をつかむには鴉は少々大きい。暴れられたら困るが、闇魔法の重力をかけるあれを使えば身動きが取れなくなるはずだ。この村に向かう途中でも野犬の群れに少し使ったら全く身動きが取れなかった。「見てるだけなんだな」と唸る犬たちを見ながら一行は不思議そうにしていた。
闇魔法のこれは結構便利そうで、その場を穏便に血を流さずに去ることが出来る、武器によるかもしれないが、弓矢だとしてもそれも地面に落とすことが可能のはず。周囲を何千人にも囲まれたら分からないが……。
闇魔法の詠唱をしようとすると、鴉は鋭いくちばしを開いた。
「あなたに、ミクから伝言があります」
「えっ!?喋った!?」
「はい」
もしかして使い魔……みたいな?ミクがよこしたのだったら手紙以外にも伝達の方法ができたのだ、これは便利では?
「で、ミクの伝言はなんですか?」
「祭りの最終日、城のテラスに夜に姿を現し、そこから飛び降りる予定です。怪我をすると思うので、救護室まで駆けつけて治癒魔法をかけて、一緒に城から逃げて欲しい、とのこと」
「は、はあ……!?」
思っていたより無茶をしようとしていて絶句する。流石に……それはだめでしょう……。そもそも私は救護室に入れてもらえるのか。
疑問を察したように鴉は更に続ける。
「重症のふりをするので、最後に友達に会いたいというから、名乗り出て、と」
「いやいやいや……」
頭を抱えてベッドに座り込んだ。目立たないようにこそこそと行動したいのに、何故派手にやろうとするのか。呆れて脱力しそうだが、ミクにとってはそれが最良の脱出方法なのだろう。いや本当に?本当にそれでいいの?
「バンリ、できますか」
「他の方法は……だめでしょうか……」
「ミクもずっと考えていましたけど、常に見張られています全ての場所に見張りがいる。救護室からは城の裏口に近い。これ以外、今は考えられないのです」
淡々と鴉はいう。この鴉、伝言をそのまま伝える機械的なものではなく、知能が高い……?冷や汗をかきながら、もしや何者かに騙されてはいないかと鴉に問いを続ける。
「あなたが、ミクからの使者だという証拠はありますか」
「証拠、はありません。ですが、ミクは、飛び降りるのを助けてもらうのは二度目だし、いけるっしょ、と言っていました」
ミクが崖から飛び降りた時のことは確かにこの世界の人間は知らないかもしれない。私たちが異世界から来たことは誰にも言ってないはずだ。
「テラスがどのくらいの高さか分からないけど、無茶はしないで、と伝えて下さい」
「はい」
鴉は静かに返答をし、ドアの方をちらりと見た。
「ホークも宜しくお願いします。では」
「えっ」
いつのまにかホークはドアの外で聞き耳を立てていたらしい。鴉に驚きすぎて気が付かなかった。鴉は又窓の方に向かうと、夕暮れの空へと羽ばたいて消えて行った。
ドアは静かに開けられて、顔面蒼白のホークがいる。
「すいません、立ち聞きをするつもりはなかったんですが、聞こえちゃって……誰がいたんですか」
「カラスです」
「え!?カラス!?」
手に持っていた軽食をテーブルに置いてホークは聞き間違いなのかともう一度「え?カラスですか?鳥の?」と聞き直して来た。
◇◇◇
ホークは村で晩御飯を買ってきたらしい。そういえばこの青年は食堂でもいつも二人前くらい食べていたので、たいそうお腹がすいていたことだろう。私の分も買ってきてくれたみたいだが、ほとんどホークの夕食になりそうだ。
まだ温かいものもあるので、ご飯を食べたら説明します、と言うと何かいいたげにしつつぱくぱくとサンドイッチや骨付き肉などを口に運び始めた。私もサンドイッチをもらうことにする。
「で、ミクさんは飛び降りるつもりなんですね。二度目って……前もあったんですかそういうこと」
食べるの早っ!といつも思ってはいるがつっこむのを我慢して、私はまだもぐもぐと咀嚼しながら頷く。
「まあ、ありました」
「テラス結構高いんで……死ぬかもしれませんけど……」
「即死じゃないなら、私が、なんとかできるかと思います」
多分ちゃんと説明しないと、ホークもついてこれないだろう。闇魔法はもう目撃されているのだし、今更だな、と観念して息を吐いた。窓の外、ドアの外にも誰もいないことを確認して、ホークの座る椅子の隣に私も椅子を寄せ、小声になる。
私とミクが崖から落ちて異世界から来たこと。私が治癒魔法が使えること。同じようにこの世界に来たかも知れない姉をミクは探しているが、王都にはいなかったとのこと。
それをホークに簡潔に伝えると、情報量が多かったのか、目を白黒させて何も言葉が出てこない。買ってきた飲み物の筒を傾けて喉を潤すと、ホークは暑さが理由ではないだろう汗をかきながら喉を鳴らした。
「じゃあ、今までこの世界にいた黒髪の魔法使いのひとや、聖女様は、バンリさんたちの世界から来られた、と」
「恐らく……」
「はあ、そうだったのか……。勿論、内緒にしますが……」
この魔法のある世界では多少の不思議な事は受け入れてくれるのだろうと思って話してみたが、それでも異世界から来た人間などのことは詳しくはないのだろう。私はエルフが千年も生きる事のほうが不思議ではあるのだけど。
そうだ、と思い出してひとつ私は付け加えることにした。
「あと、私はホークさんが思うより、大分年上です。この世界のエルフのように、長生きな体質なんです。だから私から見ればホークさんはまだまだ子どもなんです。なのでその……」
好意を向けられても、お応えすることはできません、と言おうとするとホークの方から言葉をさえぎってきた。
「大丈夫です、そんな心は封じ込めています。今日も何も期待しているわけではありませんから!安心して休まれて下さい!!」
焦って言い訳のように早口に言う。本当に、私から見たらホークやミクはこないだ生まれたばかりの子供と変わりないのだ。本当に納得してくれたかは兎も角、上気した頬を見ればきっと少しばかりは下心があったんだろうと予測するがそこはもう触れないことにしてやる。
「信頼していますからね」
そのように言ってやれば、ホークはいい子に深く深く頷くのだった。




