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20話 人間なんですから

 ミクから三通目の手紙が届いた日は、昔の日本の夏のような暑さだった。昔は昔で暑いと思っていたが、近年の酷暑を思えばかなり涼しかったなと、うちわだけでしのいだ夏を思い出す。

 この世界では安価で買える風魔法の魔導具がある。電気を使わない扇風機のようなもので、空中で薄いプロペラを回しながら作動した人間のまわりに風を吹かせてくれる。これ日本にも欲しい、トイレでも外でもついてきてくれる。一週間ほど作動して切れる前に、魔導具のお店で風魔法をチャージしてもらわなければならない。銅貨20枚程。熱中症になるよりはいい。



 ミクからの手紙の二通目はコルセットがキツすぎなど、何かパーティーに参加したときのことが書かれていた。また便箋の模様に混じってカタカナで「ヤハリ、イナイ」と書かれている。

 そして本日届いたほうの三通目は夏の料理のこと。そうめんが食べたい、豆腐が食べたい、と故郷を懐かしむようなことが書いてある。お豆腐なら作れるけど、この暑さで王都まで届けるのは難しいだろう。

 そして今回の模様に混じったカタカナには「キテ」とシンプルに二文字。


「来て、と書いてあるけど……王都に?」

「王都の夏祭りにではないでしょうか」

私の疑問に、ホークがどこからか持ってきたチラシを広げてきた。 


 王都にて、王国の記念祭。八月八日。今から十日後だ。


「毎年この時期にあるんです。この大陸の、小さな国を統一してツーラ国とした記念祭です。この日は陛下も聖女様も、遠目ではありますがお姿を見せてくださいます」

 そこに来てほしいということは、会いたいということなのだろうか?いや、会うだけではないだろうけど。ミクが珍しく何か要望していると言うことは何かやらかそうとしている?


「おかみさんに話せばお休みはいただけるんじゃないですか」

「そう……だけど……」

 もし、ミクが何かしでかす気であれば、もうここには戻れないだろう。何度も夜逃げのようなことを繰り返しては来たが、胸が痛まないわけではない。私のような素性のわからない人間を雇って身近に置いてくれるようないいひとたちなのだから、迷惑をかけてしまうのは本意ではない。夜逃げのように消えたあと、手紙や電話で後で連絡できる人にはしていたが、それは通信が容易になった近代になってからの話だ。この世界では手紙も無事に届けてもらえるかは分からない。


「……おかみさんに、戻らない可能性があると、伝えてから行きます。ミクが心配だから様子を見に行きたいけど、何があるか分からないから」

「俺も行ってもいいですか?毎年行っていたしみんな王都に行くのでこの街は人員が少なくても済みますし、休みを取れます」

「いえ、大丈夫です。ひとりで行ってきます」

 馬車で数日かかる、と聞いたので早めに予約すれば乗り合って連れて行ってもらえるだろう。断られるとわかっていただろうに、ホークは叱られた犬用にしゅんとして見せる。

「お気持ちは嬉しいんですが、ミクもたくさんの人を巻き込みたいわけじゃないと思います。同郷のよしみなので私はほっとけないし、ミクも私しか頼れないんでしょう」

「何かあったら相談するって、約束して下さったじゃないですか……」

「相談はしましたが、頼るとは言ってませんよね」

「あ……」

 ゆびきりげんまんをしたときの言葉を思い出したのか、ホークは更にしょげた顔で俯く。きっとこの人は、体躯も恵まれているし武術にも自信があるからこそ兵士になったのだろう。人に頼られて感謝されることに慣れているはずだ。私とは真逆で。

 ただ長生きなだけで無力で、頼られることに恐れて逃げ回って生きている私のことを深く知ればわかりやすい好意も霧散してしまうことだろう。

「大丈夫です、無茶はしませんから」

 上辺ばかりに聞こえるだろうその言葉に、ホークは納得してない顔で一応とばかりな返事をした。



 三日後、おかみさんに一応王都に行くがもし戻らなければ荷物はすべて捨ててほしいと伝えて旅の準備をした。そろそろこの宿の人たちとも仲良くなってきた風だったので、久しぶりにこの宿にまた戻りたいなどと珍しく思えた。

 行商の大きな馬車に数人乗せてもらえるとのことで身支度をする。大きめのリュックには簡単に着替えと、財布に全財産。小物は少し。無駄遣いせずにお給金はほとんど貯金していたから思っていたよりは貯まっている。宿代は余裕である。


 

 馬車の待ち合わせ場所まで行くと、商人と、母子で王都に向かう者、老婆、そして私と……。

「バンリさん!やはり、女性ばかりで向かうのは心配だからと俺もついていくことにしました!」

 商人の中年男性も、積荷が心配だからね、と、横から言う。もう決めてしまったことなら仕方がないが、ホークはこちらが何を言ってもあまりブレーキが効かないことはなんとなく分かってきた。


「ほっとけなかったんです。バンリさんも、ミクさんのことがほっとけないんですよね、心配なんでしょう?俺もただただ、心配なんです。見返りは求めてませんからそこは安心して下さい。困ってる人を見たら手を貸したくなるじゃないですか、人間なんですから」

 ごく当たり前のこと、という風にホークは言う。その当たり前のことから私はずっとずっと、逃げてきたのだ。

 この世界で私が珍しく人に関わろうと思えたのは、私と変わらないくらい長生きしているひとや、魔法の存在があるからだ。ずっと自分を化け物と思いながら逃げていたが、ここでは人間なのだと思い出させてくれた。

「そうですね、人間なんですから……」

 当たり前のことを、どのくらいかぶりに思い出して目頭が熱くなった。


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