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2話 気分転換くらいのもの

 千年以上昔のことだった。

 たしか、十七歳の頃だった親がどこからか持ち帰った珍しいお刺身を食べてから病気もせず、怪我もすぐ治り、年を取らなくなった。親兄弟は死に、ひとつのところにとどまることが出来なくなり旅をしながら目立たぬように生きてきた。どうやら人魚の肉だったと知ったのは人間の寿命より大分長く生きてからだった。


 八尾万里、という名前も偽名だ。昔は他の名前があったが何度も変えながら生きていた。


 無駄に長い長い人生の中で死を望んだこともあったが現代の日本は飽きることのない刺激に満ちていて、それはそれで、と時代の変化を楽しく享受していたのだった。


 怪我は怖くない。とても痛いけど。だから崖から落ちようとする他人を助けるのも怖くはなかったのだが別に力が強いわけでもなし、もみくちゃになつてふたりとも転落して……。



 そうしてこの有様だ。


「長く生きていて、どこか異次元に飛んで行ったひとや宇宙から来た生き物に出会ったこともあったけど、まさか自分が……」

 ひとりごちながら、ベッドから降りると小さな窓から外を見る。

 たしかに海は近くにはなさそうだ。山に囲まれている。パッと見、近所に家もない。見たことのない鳥が空を飛んでいるしまだ昼間だが白い月?がふたつ空に浮かんでいる。地球じゃない……?


 そもそもが千年以上も根無し草としてあちこちうろうろと生きてきたので、私は生きる場所はどこだろうがいいのだが、このまだ目を覚まさない女性はきっと驚く事だろう。私にはかつてない刺激でもあるし気分転換みたいな、少しわくわく感もある。

「バンリさん、歩ける?」

 開けっ放しだったドアからマリナが尋ねる。こくりと頷くと私は隣の部屋へと移動した。



◇◇◇



 マリナは、この家の次女らしい。長女はもう隣町に嫁に行き、少し下の長男のカーターは父親の畑の手伝いをしていたが慌てて戻ってきた。カーターは見た感じ、十二歳くらいだろうか?


「良かったわ、目を覚まして。お医者様も呼んだんだけど、寝ているだけだと言ってて……」

 母親のヘラはスープとパンを用意しながら私の方をチラチラと見ている。


「顔色もいいし、食欲もあるならバンリさんは大丈夫そうね」

「はい、ありがとうございます」


 長年不思議なのだったが、不老不死ではあるがお腹は減る。私のように人魚の肉を食べた人は他にもいたらしいが、絶食して命を断ったこともあると聞いた。日本のあちこちに人魚伝説はあったが、近代日本に近づいていく中でその伝説は忘れ去られて行くようだった。おそらく私のように増える人間にまぎれて生活している者はいるはずなのだが。


「いただきます」

 喉に流したスープは具もあまりなく、薄味。パンも固い。それでも無いよりはマシだった。

(最近の日本の料理は味が濃い目だったのよね)

 何百年も昔の食事を薄っすらと思い出した。



「もう一人の方は、バンリさんのお友達?」

 母親のヘラはテーブルの向かいに座り、こちらを見る。

 なんと説明したものか、異世界から来たなんて言っても信じてもらえないよね。



「それが、あの人が崖から落ちそうなところを助けようとしたらいつの間にかあそこにいたみたいで……」

「崖?あの森に?」

 ヘラは驚き首を傾げる。

「誘拐にでもあったのかしら……。山賊も出るから。なんにしろ、無事でよかったわ」


 テーブルの隣でマリナとその弟のカーターはうんうんと頷く。いいひとたちなのだろうな、と、顔を見て分かる。

 長年生きてきて特殊能力というわけではないが、嘘をつく人はなんとなく判別ができるようになった。


 さて、これからどうするか……。あの女の人が起きないことには遠出も悩ましいところだった。



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