18話 聖女の役目
ホークはゆびきりげんまんを恐ろしい約束と思いこんで「絶対に誰にも言いません……」と青白い顔で帰った。申し訳ないと思いつつ、少しおもしろくて寝る前に思わず思い出し笑いをする。
ひとつ、この世界に来て自分が変わったと思うのは、日本でだらだらと逃げるように生活していた私だったが、この世界は知らないことばかりだし、縁のある人もいない。いつもならもう逃げ出しているところかも知れない。誰かが私に興味を持つのは恐ろしいことだった。
(ミク……お姉さんをまだ探す気かな)
もしかしたらもう亡くなっているのでは、とちらりと思った。生きていたとしても王都に連れて行かれて魔力を搾り取られたあと用済みでどこかに捨てられて生活に困ったり……などしてないのだろうか。引退したあとの保障など何かあるのか。また今度、ホークに聞いて見よう、と月明かりが細く差し込む中目を閉じた。
◇◇◇
数日後、非番の日にホークはまたこそこそと窓から私の部屋にやってきた。
「王都の地図や、歴史の本、聖女についての本とか、こういうのでいいんですか?」
「ありがとうございます、読んでみます」
本を受けとり、ぱらぱらと見てみるがだいたいミクと読んだ本と同じようなことが書かれている。何も知らないふりをして遠くに逃げてもよかったのだが、ミクが姉を探すのを手伝ってみてもいい。日本にいるときは、誰か困っている人がいても私じゃなくてもなんとかなるだろう、と距離を置いて様子を見ていてもだいたいなんとかなっていた。しかしこの国ではミクは姉が見つからなければ孤独だろう。誰も頼れる人がいない。
先日からいくつか本を読んで理解したのは、聖女の魔力は王都の聖石に注がれるということ。聖石は、この国の穏やかな天候を守るために使われている。王都を一周する高い外壁が何者の魔法でも壊れないのは聖石の魔力のおかげ。
魔法が使えない人間でも、聖石を使えば王都の壁や天候をコントロールできるらしい。それをコントロールしているのは、長い間この国の王様だということ。
そして、戦があれば聖女は従軍し、その能力は戦場でも頼られることになる、ということ……。
この国の国民であればそれらの事実は誰でも知っていることらしい。聖女は常にどの時期でも存在するわけではないので、壁が薄い時期には隣の国との戦によって大打撃を受けることもあったと書かれている。
(やっぱり、聖女はこの国のための発電機みたいなものなんだ)
「引退された聖女様は、王都に土地と屋敷が与えられて一生働かなくてもいいくらいに財を持てます。なので魔力がなくなってもひどい扱いを受けるということはありません。俺が生まれる前からずっとそうです。元聖女様のお屋敷も見たことありますし」
「そうですか……」
「それに、引退されたあとに王族の方とご結婚された方もいらっしゃいます」
「ありなんですね」
この国の歴史で、聖女が悪い意味で使い捨てにされてないのだったらいいんだけど。
役目が終わったあとに日本に帰った人はいたのかという疑問も湧いてきたが、あちらに居場所がある人だったらまず崖に飛び込んではないだろう。私も帰りたいかと問われれば、身分証明書なしで生きていくことが難しくなった世の中だったので無理に戻る必要はない。この世界は知り合いもいないしこの先数百年は気兼ねなくあちこち回れそうなのだ。
そもそも、戻る方法があるかは知らないが。
「……そういえば、どうしてホークさんはミクがあの手紙の中の記号で助けを求めているのかもと思ったんですか?」
ミクの出立の日にも、元気そうに見えていたはず。
「それは、ミクさんがその前の晩に俺に会いに来たからです。もし、自分に何かあればバンリさんをよろしくと。もしかしたら自分はにげだすこともあるかも、と」
姉を見つけたあと二人で逃げるつもりだったのだろうか。その後私に迷惑がかかるかも、と。私が基本的に人を頼らないのもここ数ヶ月の付き合いというのにミクは理解して、ホークに頼んだのか……。後先考えずに無茶をするのは若者らしい。昔からそんな人を沢山、数え切れないほど見てきた。だからもう、私には誰も救えないのだと情が移るようなことも避けてきた。
ふう、とひとつため息をついてホークの顔を真っ直ぐに見る。
「次のお手紙に何が書かれるか、様子を見てみましょう。特に心配することはないかもしれないし、ミクが聖女の仕事が嫌になって逃げだすこともあるかも知れないし……今はまだわかりません」
「そうですね……。あ、そうだ、バンリさんからもお手紙を書かれませんか?その中にあの暗号のようなのを混ぜてみるとか」
暗号というかただのカタカナなんですけど。しかし単純に見えるカタカナはたしかに模様の中などに混ぜやすかった。ミクと同じようにカタカナを便箋の模様にひっそりと忍ばせることにした。




