17話 ゆびきりげんまん
黒猫のマスコットを握りしめながら、私は一旦とぼけることを試みる。
「気のせいじゃないですか?いま糸くずを引っ張ったから…動いてるように見えたんですよきっと」
どんな長い糸くずなんだ、と思いながら言い訳をするが、当たり前にホークは納得する様子はない。
「いえ、動いていましたし、少し魔力を感じました。俺は魔法はからっきしですが、兵士は魔力感知の魔導具を持たせられています」
いつもの少年のような幼さを消して、ホークは静かに近づいてくる。いつもホークの耳につけている地味な黒のイヤリングはほんのり青く光っている。あれか……。
やはりこれも国に報告が必要になるのだろう。深く長く嘆息して、私はもううつむいた顔を上げることはできなかった。
大丈夫、もう慣れている。何度も、まずいと思ったら勤め先にも下宿先にも何も言わず、財布だけ持ってほとんど着の身着のままで逃げ出したこともあったんだから。
「……内緒には、出来ませんよね」
「時と場合によります。俺は国に殉じたいというほどの強い気持ちはありませんから」
ホークが兵士になったのは、給与の面が大きいと以前言っていた。体力があり腕に覚えがある男性なら出世の可能性も入れれば平民の出であったとしても、家族は食うに困らないと。
「バンリさんが、もしこの国の民に害をなすような存在であれば、家族や親類を思えばここで見逃すことはできませんが……そうではないんですよね?」
「まさか!」
慌てて否定するが、それを信じさせる材料はここにはない。私はホークの知らない異国から来た謎の多い女なのだから。
「……あの、この話は一旦置きます。こんな夜中にここに来たのは、バンリさんに確認したいことがあったからなんです、その後で先程の魔法のことは改めてお尋ねします」
「なんですか……?」
「ミクさんからの手紙です、いまお持ちですか」
「部屋に、あります」
あの手紙のことをこんな夜中に聞きに来なければいけないようなこと、何かあっただろうか。今の魔法を目撃したことより優先しなければならないような事が。
そっと部屋に通すと、ホークを小さなテーブルで待たせる。いつもミクがおやつとかを広げてはしゃいでいた場所だ。
「手紙、これですけど……昼前に寄られたときに、おかみさんからホークさんも見せてもらいませんでしたか?」
「そう、見ましたがその時に気になったことがあったんです。人に聞かれたらよくないのかも、と思ったのでこの時間に人目を忍んで会いに来ました」
テーブルに広げた一枚の便箋を見て、ホークさんは唸った。もしや、日本語の部分を怪しまれている。
「あの、そこは母国の言葉で、心配しないでって書いてあるだけなんです。信じてもらえないかも知れないけど」
「いえ、そこじゃありません。この便箋、ミクさんが飾り枠のようにたくさん花や模様を描いていますが、ここだけ灰色で気になって。何か特別な記号ですか?ただの×のマークかなと思ったけど……なんか違うかも、て。派手な色の中に灰色が不自然にみっつだけあるから」
確かに、周囲をデコった風にきらきらといろんな花やマークを散りばめてある手紙だが一部静かに薄い灰色の部分がある。
「……あ!?」
みっつ、その記号のようなものを確認して私は夜中だというのに声を上げそうになって手のひらでくちを覆った。
イ ナ イ
カタカナで灰色で、シンプルに書いてある。この三文字だけなら、この世界の人が見ても文字とは認識出来ないだろう。
ミクは王都に姉がいると思って単身で乗り込んだのだ。その姉がいない、といなかったということなのだろう。そしてそれをそのまま手紙に書けないからには姉がいないということを他人に知られてはまずいのだ。
「何が書いてあったんですか?助けを求めているんですか?」
「いえ、まだ、助けは求めてない……と思います。今のところは」
ホークは悪い人間ではない。世間知らずでまだ精神的に幼く、人を騙せるような風には見えない。まだ世の中を知らないのに正義感だけとても強い。
だからこそ、もし黒髪の魔法使いを王都に集めている理由が国民に知られてはならないものであれば彼も無事ではいられないだろう。
「まだ、ホークさんには言えません。もしかしたらご迷惑がかかってしまうかも知れないので。でも私が何か行動を起こすときにはホークさんには必ず相談します。ですから……私の魔法のことやこの手紙に記号が書いてあったことは内緒にしていだけますか」
「分かりました。約束ですよ、バンリさん」
私はつい、日本にいたときの癖で小指を差し出した。
「?なんですかこれ」
「あ、そうか、ここではこんなのしませんね。母国では子供の頃から誰でもやる……ゆびきりげんまんです。小指を絡めて約束する……契約というか……」
どう説明したものかと悩んでいれば、ホークは少し照れて小指を差し出す。
「では、バンリさんの故郷の方法で、お約束します。今はまだ内緒にします」
「ありがとうございます。では……ゆびきりげんまん嘘ついたら針千本飲〜ます」
おなじみのリズムで指を絡ませて揺らし、解くとホークは一気に顔色を悪くする。
「今の、どういう意味ですか」
「嘘ついたら、拳で一万回殴ったあとに針を千本飲んでもらうという罰があります」
本当にしている人を見たことはないがそう伝えれば、ホークは泣きそうに顔を歪めた。
そのうち本当にスローライフになるのでタイトルはそのままですがミステリーですねいまのところ




