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15話 故郷の味

 ミクの出立の日は、晴れだった。みんなに見送られて、立派な馬車に乗り込み手を降ってミクは王都へと向かった。

 日本でも、何か戦があるとこうして見送ったな、と頭の中に浮かぶいろんな記憶がいくつも掠める。見送った人たちと再会することは殆どなかった。


 この日は宿はお休みにしたかったらしいのだが、聖女が働いた宿として客が増えてしまったのでその日は満室。私もミクを見送ったあとは食堂の方が大忙しだった。いつも無駄に話しかけてくるホークも、逆に何かお手伝いしましょうか!?とみんなの食器を下げてくれたりもした。




 やっと食堂を閉店してまかないを食べていると、身内のような顔でホークは向かいに座ってきた。


「閉店ですよ」

「おかみさんが、まかない食べていいと言ってましたから」

 ホークは、おかみさんがもりもりとよそってきた今日のまかないをテーブルの真ん中に置いてご機嫌だ。

「ミクさんがいなくなると、寂しくなりますね」

「……そうですね」

「仲良かったんでしょう?」

「多分」

 多分?とホークは不思議そうに首を傾げる。最早、仲良しの定義は私には分からない。ミクは休みの日はこの街でできた友だちと遊んでいたし、私自身のことに踏み込んで聞いてきたこともあまりない。本音もミクが王都に行く事になってやっと聞けた気がした。本音が聞けなかったのはそもそも私だって内緒にしてることだらけだし、仕方がないのだ。


 ホークは骨付き肉をほおばる手を止め、端正な顔に寂しさを浮かべる。

「バンリさんは、俺だけじゃなくて、誰とも仲良くなる気がないでしょう。人付き合いが苦手なんじゃなくて、しないように、と皆を遠ざけている。でも、ミクさんだけは気を許しているものだと」

 人付き合いを避けていることは図星というか、明らかにそう見えるように振舞っているので言われ慣れている。

「こんなに、故郷から離れたことなかったから……確かに、ミクの存在は有難かったかもしれません。ひとり旅は慣れていたのに、ここは故郷から遠すぎて」

「バンリさんたちの出身地はここからとても遠いんですよね。お恥ずかしながら、俺はこの国のごく周辺しか知らなくて」

 ホークは前に聞いてもいない個人情報をやたらとこちらに与えてきたことがあるが、生まれも育ちもこの国、地方の商人の出ではあるが五男で親から相続するものも少なく、自分で身を立てねばと王都の兵士に志願したらしい。末っ子で、甘やかされて育ち遠出も殆ど経験がないとのこと。なので、私やミクのふんわりとした故郷の話などを聞くととても興味深そうにしていた。

「俺ももし、この国からひとりで出ていくことになったらきっと心細くて話し相手が欲しくなるから、ミクさんもバンリさんがいてきっと嬉しかったでしょう。今一番寂しいのはミクさんかも知れませんね」

「そうですね、ミクこそ……大丈夫って言ってましたが、本当は寂しいはずです。私もまだ実感がないけど、だんだん寂しくなってくるのかも」

 別れという経験は、もう数えられないほどあったが口に出すのはなんとなく怖かった。きっとここでも私はミクやこのホークも、宿のおかみさんたちも置き去りにして長生きしてしまうのだろう。




「そういや、東の国のアリゼとは今停戦状態ですが……あちらの国には山奥にエルフがいます。エルフは長生きすれば千年近く生きることもあるそうで、人間と仲良くなると寿命が違って寂しいから仲良くなりたくないって、何かの本に書いてあったなあ」

「千年も!?」

 驚き声を上げると、ホークは咀嚼しながら頷く。

「人間の十倍生きることもあるらしいですよ。流石に千歳ともなると、結構なお年寄りだとは思いますけど。俺も一度、旅のエルフに会った事ありますが、そのひとは三百歳くらいでしたね。俺より少し上くらいにしか見えなかったのに」

「へええ……」

 そういえば映画や漫画、ゲームなどに暇つぶしに手を出すことはあったが、地球で生活をしていて実際に会った事はないので架空の存在と思っていた。長命種という認識だけあったが、実際にこの世界には存在があるのだ。

「そんなに長生きして、暇だな、とか思ったりしないんでしょうか?」

「さあ、どうでしょう。それを言ったら、猫や犬だって俺たちを見て中々歳を取らないなあとか疑問に思ってることあるのかもしれませんね」

 他の生き物との寿命の差を言えば確かにそれはそうなのだが、私にはそもそも寿命という概念がもうなくなっている気がする。


「なーんとなく、エルフのひとのやさしいのに人間に距離を取るところ、バンリさんに似てるな~とか思っちゃいました」

 特に深い意味はないのだろうが、ホークは次々にテーブルの上の料理を胃に入れながらそう言うのだった。




「今日は珍しく長話をしてるじゃない」

おかみさんがもうひとつ皿を持ってきながら言う。それに乗っているのは真っ白いおまんじゅうだ。

「これは、バンリの故郷のデザートを教えてもらったからね。作ってみたよ。餡子って中々おいしいじゃないか。太りそうだけど」

 まるまると太った腹を叩きながらおかみさんは笑った。そう、和菓子が好きなので先日餡子を作ってみたのだが、宿の皆には大好評だった。とりあえずおまんじゅうを作ったりはしたが、おはぎにもそのうちチャレンジしたい。お米がどこかにないものだろうか。

「いただきます」

 ひとつおまんじゅうをいただいて、ちょっと皮の感じは違うがこれはこれでありだな、と味わう。パンの上にこの餡子とバターを乗せるのもいいかな、と日本で流行っていた色んなアレンジを頭に浮かべた。

「餡子が入ってるデザート、久しぶりだなあ!王都にはあるんですよ。アイスクリームにそえても合うし」

 王都に?と思ったが、黒髪の魔法使いがたびたび王都に呼ばれるのであれば、きっと出身は日本なのだろう。誰かが故郷の味を再現したことがあるのか。

「いいねえ、王都にもあるおしゃれなデザート、うちのメニューに加えたいね。バンリがうちで働いている間に、色々教えておくれよ」

 一緒のテーブルについたおかみさんが、三つ目のおまんじゅうをかじりながら言う。お世話になっているのだし、きっとこの世界のあちこちにちょっとづつ日本のレシピがあるのだろうから私が教えても問題はないだろう。




 ――ミクにも食べさせてやりたかったな、と思い出し、確かに思っていたよりもあの子に情が湧いていたのだと今更ながら自覚するのだった。


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