13話 あの崖にあったのは?
「バンリと会った、あの崖、別に私、死にに行ったんじゃないんだ。バンリはあの崖の下、見なかった?真っ黒い渦があったの。海の渦じゃない、変な……気持ち悪い渦」
昔覗いた時にはそんなものがあったのかは分からなかったが、あの日確かに黒い海に落ちて行ったと思っていたのだ。あれは海ではなかった?
「あの崖、死体がほとんど上がらないって聞くじゃない?もしかして、海に落ちてないのかもって、思ったの」
「もしかして、皆、ここに?来ているとか……ですか……?」
ミクは頷く。
「黒髪の人間は、魔力が多いって言うでしょ?でも、いないんだよ。この世界、黒髪の人が元からいる国がない。この街で出来た友達に色んな本を借りたり、他の国の事聞いたの。この国は赤毛と金髪が多い。東の国もそんな感じで、たまに茶、青、銀髪。南の国だってそう。黒髪のひとがレアなのは多分、ここに飛んできちゃった日本人だと思う」
「そ、そんな……」
「それに、おかしいじゃん。ここに来たときから、なんでか言語が理解できる。だれかの魔法でそうなっているのかも?もしかして、あの崖って魔力があるひとを呼び寄せてるのかも?なんて」
ここ最近、明るく笑顔が多かったミクがそんなにこの世界のことを調べているとは思わなかった。あえて私に言わずに調べていたのだろう。
「で、聖女は光・闇・治癒、どれかを使えるひとが選ばれる。能力の方向じゃなくって、魔力が強いからみたいだね」
「そうなんだ……闇も……」
国に報告が必要、と聞いたのは戦争などのために使われるのだろうと予測していたがそれだけではないらしい。なにかに、魔力が必要なのだ。前の聖女が魔力が尽きて引退したとホークが言っていたが、戦時中でなければ魔力が尽きる程治癒魔法を使うことがあるのだろうか?
ハっと気が付いて、ミクの目を見る。
「じゃ、じゃあ、ミクが王都に行くのは危険じゃないですか!?」
何に利用されるのか分からないのに、どうして自ら魔力が多い事をアピールして王都に向かおうとしているのか。私の問いにもミクは恐れることはないという風に、まっすぐな目でこちらの顔を覗く。
「私、お姉ちゃんを探しているの。あの崖に向かってからいなくなった、お姉ちゃんを。多分ここにいる」
そう言えば、家を出て帰ってこない姉がいると言っていた。そのひとがここに?あの日も姉を探しに崖に来ていたのだろうか。あの日、早まらないで、と止める私を押しのけて邪魔しないで、とミクは崖に向かった。そういえば靴は揃えられてなかった。それでも、確実にあそこから飛び降りようとしているのは明らかだったのだ。
「そんなわけで、バンリの治癒魔法のこと言ったら私が行けなくなる可能性あるから、内緒にさせてもらったよ。大丈夫、なんか私も魔力結構あるし!やばくなったら逃げるための策もある!」
いつものミクのパワーのある笑顔に戻って、にひひ、と子供っぽく歯を見せる。厄介ごとにはかかわらないようにするのが私のポリシーなのだが、もしそこにミクの姉がいなかった場合や今後の利用のされ方を思うと、恐ろしくてたまらない。
魔法のない世界でも、どの時代でも人間を利用した残酷な事が起きるのだ。血の気の引いた私の表情を見なかったふりをして、ミクは又荷物のまとめ作業に戻った。どうやって引き留めようか、その背中を見ながら今は言葉が浮かばなかった。




