12話 ミクの秘密
「こうして、こうやって」
夕方、広場に向かうとミクは暗くなってきた空に片手をかざした。ぶつぶつと長めの詠唱を唱えて行くと手のひらにじりじりと何かがくすぶって行く。
この街へ来るときに火の魔法を使っていたが、最近は夜に暖炉に火をつけたりとか、そのくらいのライターを使うくらいの火力のものしか見せてもらっていなかったのだ。
「豪火球!」
ミクが叫ぶと、右手に集められた炎は空に高く打ち上がった。真夏に日本で見る花火のように、ドン、と大きな音を立てて広がった。
「こないだのお祭りのときのやつ……火薬じゃなかったんだねえ」
「花火作るのお金かかるって言われたからさあ」
呆れる周囲の目線をよそに、ミクは魔力を消費したはずだというのにまだ何発でも打てるような雰囲気で手のひらに炎を集めている。
「いや、すごいですよ。王都の魔法兵士団でもこんなに大きな火球は作れる人はあまりいないし、これを放てば魔力は途端に枯渇してしまうでしょう、ふつうなら。なるほど黒髪のひとが魔力が多いとは聞いていましたが、確かに聖女の可能性はありますね。火の魔法以外にも才があると見えますよ」
ホークが興奮気味にまくし立てるとミクは分かりやすく喜色を浮かべる。いつのまにか周囲には、顔なじみになってきた街の人々が集まってきている。ミクはこの街に来てからは最初に見せた暗い顔はどこに行ったのやらという感じで、人当たりもいいし宿の常連以外にも友人らしき者もいた。私は挨拶をする相手がいるくらいで、懇意にしている人間はいない。
「ミクちゃんさすがだね!」
「いやあ、なんかやると俺は思っていたよ」
「うちもこないだ焚火に火をつけてもらってさあ」
口々に、街の人々はミクの魔法を誉めそやす。どうもどうも、とミクはご機嫌だ。
「じゃあ、新しく出来るようになったのももうひとつ見せちゃいますか」
今度は人差し指を天に向ける。暗闇にポウ、と光が灯った。火の魔法のアレンジかな?と思えば、その光の球はふわふわと頭上に浮かび、やがて大きくなっていく。まるで昼間のように周囲を照らして行き、口笛などでにぎやかしていた住民も呆気にとられた。
「光魔法だ……」
私の隣にいたホークは顔に汗を流しながらぽつりと零した。
◇◇◇
「火の魔法と光の魔法は違う。ミクさんは知ってて光属性の魔法にチャレンジして、できてしまったんですね」
宿に戻り、ホーク、おかみさん、ミクとそして私の四人でテーブルを囲む。
「もらった本に書いてあったから、どれも試したの。出来たのは火と光だけだった。火の魔法は単純に何かを燃やすのとか爆発。光の魔法は、アンデット系に効果があるのとか、水の浄化とかでしょ?呪いとかにも効果ありって書いてあった」
「そうです」
「で、これを使える人間はほとんどいないってね」
「……そう、だから、王都へ……。陛下に報告しに行かないといけない。国を救う聖女なのかもしれないです。チィールさんへの書簡には、三日後に王都から迎えが来ると書いてあったので、それまでに身支度をお願いします」
ホークはいつも食事に来る時の幼さを残した顔ではなく、畏れを浮かべてミクをじっと見やった。国に報告の義務があるという、光・闇・治癒魔法。私が治癒魔法を使えると知っているのは、この場にはミクだけだが、ミクはそれをホークに伝えようとはしなかった。
「いいね、私都会にも興味あったんだ。王様のところだったらもっと楽に生活できるのかな?」
「聖女様であれば、国のためにしていただくことはありますが……。毎日の労働があるわけではありませんね」
「じゃあ、決まりだね」
ミクが満面の笑みを見せると、おかみさんは大げさな程に溜息をつく。
「急だねえ」
「でも、ここも私はあんまり役に立ってなかったし」
「そんなことはないよ、あんたのおかげで常連さんも増えたんだから」
おかみさんが寂しい、という理由ではなかったが、確かに看板娘のように客が寄ってきていたのは分かるのだ。さぞ残念であろう、根暗な私だけ残るのだから。
「前に滞在された聖女様は、光魔法ではなく治癒魔法の使い手でしたが、いまは魔力が尽きて引退されたところなのです。なので次の聖女様がどこからかいらっしゃる時期なのでは、と王都では噂になっていたんです」
ホークの話に出てきた治癒魔法の使い手も、黒髪のひとだったのだろうか?ミクはいいタイミングで来ちゃったなあ~と軽く笑って見せた。
◇◇◇
深夜、早く寝なくてはいけないのにミクは増えてしまった荷物を片付けるので忙しそうだった。私は物欲も薄いので荷物は少ないが、ミクは可愛いものを見るとつい買ってしまったり、服も毎週ひとつ増えて行っていた。貯金する気があるのかないのか、もともと浪費癖が強いのか。傍から見ていて不思議だったが、今日の会話でひとつ、気が付いたことがある。
「ミク、もしかして、最初から王都に行くつもりだったんですか」
荷物を詰める手を止めて、ミクはこちらを向いた。
「あは、分かっちゃった?いやあさあ、やっぱここ、週休一日で朝五時起きはきついって」
苦笑いするが、多分これは嘘なのだろう。滅多に他人に踏み込むことはしない私なのだが、ミクのこの先を不安に思い、つい、お節介の気持ちが湧いて来てしまった。
「……ここで働く前から、決めてたんじゃないですか?」
「ん……。まあ」
久しぶりに、ミクの顔に影が落ちた。笑顔を消してベッドに腰かけると腕を組んで何かを思案している。
「バンリももうお別れだから、私の秘密、教えるよ」
念のため、窓の外、ベッドの外に何も気配がないことを確認して、ミクは小声で語り始めた。




