11話 出会いと別れ
「バンリさん、髪切ったんですね」
「あ、はい。伸びてきて邪魔だったので……」
案の定、食堂に顔を見せてきた青年、ホークは目をきらきらとさせて話しかけてきた。あと数ヶ月で南の大陸への渡航の路銀、しばらくの生活費を貯めたらいなくなるつもりなのでこれ以上誰かと懇意になるのは避けたい。
ホークは、王都からこの街の警備のために来ている兵士のひとりらしい。この街はツーラ国の主要な名所のひとつであり、警備の人間は昼夜問わず見かける。
1年ごとにここへ派遣されている人間は交代するそうなのだが、ホークは先月ここに来たばかりだ。早く王都に帰ってほしい。それより先に私がここからいなくなる方が早いとは思うけど。
「バンリさんは、お休みの日は何をされて?」
「寝てます。体力がないので休みの日は元気を貯めることに徹底しています。根っからの引きこもりなんです」
外に出る気がないことを完結に伝えると、ホークは「この街には温泉もあって、疲労にいいんですよ」などと言ってくる。
ホークは二十歳前後の金髪の青年である。背は高く、肩幅はがっしりとしていて腕っ節も良さそうだ。さぞもてるのだろうが、長生きしている私から見たらみんな赤ちゃんだ。全人類、恋愛対象外だ。
「ホークさん、バンリはまだまだうぶなおぼこなんだよ。強引に誘わないでおくれ」
おかみさんが笑いながらカウンターの奥から声をかけてくる。私が恥ずかしがっているということにしてくれているらしい。ホークは少し反省した様子でうつむいて「申し訳ない」と呟いた。
「よくあることさ。成人したばかりの独身の兵士をここに警備に送り込んで来るんだが、寂しいんだろうね、すぐにナンパしておつきあいをして、任期が終わったら女の子を王都にお持ち帰りしてしまうんだよ」
へえ〜、とこの街あるあるをおかみさんから聞く。食堂の営業の時間はこの店はそんなに長くない。飲み屋さんは街中にたくさんあるし、アルコールを提供すると揉め事も増えるのであくまでこの宿では宿泊客にも料理だけの食堂らしい。
「バンリは故郷にいいひとでもいるのかい?」
「いやいや、いません」
「そうかい、勿体無いねえ。家事も何でもできて気立てもいいし、何より賢いし」
いやいや……と更に首を振り、食堂のテーブルを拭き上げる。
「まあでも、明日休みだろう?ホークも言ってたけど温泉に行ってみなよ。無料の入浴券もあげるから、ゆっくりしてきていいからね」
温泉、実は大好きです。日本の津々浦々まわりましたし、住み込みで旅館で働いていると温泉はつきものだった。入浴無料、と書かれているその紙を受け取って、私は久々にわずかにテンションを上げた。
◇◇◇
「バンリさん!温泉に興味を持って下さったんですね!!」
迂闊だった。そういえばホークに勧められたのだから遭遇する確率は高いじゃないか。ほかほかした顔をてぬぐいで隠しながら「早くに宿に戻らねばならないので……」と嘯いて挨拶だけをして足早にそこを去ろうとした。
「奇遇です、俺も今、あの宿に手紙を預かったので。一緒に行きましょう!」
本当に?と疑り深くホークの手元を見れば謎の筒がある。それが書簡なのかな。
会話はできるだけ相槌のみでかわしてふたりで宿に向かう。嫌いではないのだが、兎に角人と深く関わりたくないのだ。
「おや、ご一緒かい」
すぐさま玄関でおかみさんに見つかって気まずいのだが、ホークは即、仕事モードになった。
「チィール様に、王都からお手紙を預かっています。ご確認頂けますか」
「はあ、なんだい。税金はちゃんと払ってるし、ここは違法な営業はしてないのに」
やれやれ、とおかみさんは書簡を開く。いつものように飄々とした顔からの、眉根を寄せて深刻そうに見たことがない風に顔を顰め始めた。
「おかみさん、どうしたんですか」
「……この宿に、黒髪の魔力の高い異国の女がいるはず、聖女の可能性があるから王都までつれて来い、とのこと」
背中が急に冷えて、言葉を失う。どうしてバレたんだろうと思ったが、そもそも黒髪自体が珍しいのだ。しかし魔法は使えないということにしているのだが。
「あちゃあ、おかみさん、すいません、こないだ外でおまつりやってたときに火の魔法使っちゃって……花火打ち上げたくて」
二階からシーツなどを抱えて降りてきたのはミクだった。シーツは一旦近くのソファに乗せられた。
「いや、酔ってて、つい……使っちゃって。どうやらあんな高火力の火魔法、普通の人は使えないそうで……」
ミクはいつものように、また何かやらかして気まずいときの顔を見せるのだった。




