第一部 修行
無事に斬神界での修行が認められた真たち。
果たして流刃宰による修行とはどのようなものなのか。
修行の幕が上がる第二十一章です!
「全員着替えたな」
虎鐡に案内された部屋に入り、中にあった服装に着替えてまた部屋の外に集合した。
俺たち一人一人に与えられたのは八畳程の部屋。
畳が敷き詰められた部屋には布団と小さな机。
部屋の大きさの割に大きな窓からは親父たちが住んでいる屋敷が見えた。
その布団の上に置かれていたのは綺麗に畳まれた道着と袴。
いつサイズを測ったのかと思えるほど着た時の感覚がしっくりきた。
いつも神社で着ているときの着方で着てみたが、道着の着方ってこれで合ってるんだろうか。
「それじゃ、行くぞ」
迫力の籠った目で話す虎鐡。
俺たちをゆっくりと見回した後、その速度のまま修行場に向かって足を進めていく。
その後を静かに付いていく俺たち。
綺麗に清掃された廊下を進んでいく中、俺たちはもちろん虎鐡も言葉を発しない。
ただ、移動しているこの集団に流れているのは、とてつもなく重々しい空気。
時折耳に入ってくるのは木製の廊下が軋む音と誰かの足音。
間もなく始まる俺たちの力を引き出すための修行。
親父――斬神界の神、流刃宰による修行は果たしてどんなものなんだろうか…。
虎鐡のあの力の籠った目を見れば、それが過酷なものであることはすぐに分かる。
麗奈の指導の元、いつも皆でやっていた修行が如何に甘いものだったのかを痛感することになるのかもしれない。
自分が持っている武器の力を全て引き出すためならどんな辛い修行でも耐え抜いて見せるという覚悟は麗奈も、柳も、宮野さんも同じ。
そして、山中さんを助け出し、焔神を滅してやる。
「さぁ、着いたぞ」
虎鐡が頑丈に閉じられた大きな扉の前でこちらに向き直る。
「ここがお前たちが今から使う修行場――鳳凰の間だ」
固く閉じられた扉を軽く叩き、
「ここは神しか入れない場所だ。他の者のことを一切気にせずに修行に励むがよい。――…それじゃ、入るぞ」
「あれ? その扉、取っ手がないんだな」
扉の方を向いた虎鐡の手が向かう先を見ていた俺は思わず言葉を発していた。
虎鐡の小さな指先が向かう先には何もなく、よく見たら鍵穴すらない。
しかし、目の前のこの大きな扉はただ固く閉じられている。
「この扉は神の言霊で開く仕掛けになっている。神しか入れないのはその所以だ」
虎鐡は扉の方を向いたまま俺に返事し、ゆっくりと手の平を扉にかざした。
そしてボソッと、すぐ後ろにいる俺たちが何て言ったのか聞き取れないくらいの小さな声で何かを言った。
「おっ」
フワッと響いた俺の声。
虎鐡がさっき言っていた言霊を発したのだろう。
その小さな手の平と扉の間が光で満たされ、重々しく閉じていた扉がゆっくりと開いていく。
徐々に開かれていく扉の隙間から見えてくるのは、とてつもなく広い空間。
ウチの家が何個かすっぽりと入ってしまうのではないかと思えるほど広い。
外から見たときには少し大きな部屋程度としか思っていなかったのだが、隙間から見えてくるその空間はどこまでも続いているようで視線の行き着く先が見えなかった。
しかも、目に映るのは広大な砂地で、ところどころに岩が張り出している。
広さといい、環境といい、木で造られた屋敷からは到底想像できない場所だ。
「ここは流刃宰様によって造られた異空間だ。さっきの言霊はその扉を開くためのもの。昔は私もここで修行をしてもらったものだ」
「そうなのか?」
扉が半分ほど開いたところで虎鐡が説明してくれた。
「あぁ、流刃宰様との修行は確かに過酷なものだったが、それも今となってはいい思い出だ」
扉の奥を見つめたまま返ってきた虎鐡の言葉。
顔が見えないけど言葉が少し柔らかくなっているから、きっと少し頬の筋肉が緩んだ表情をしているんだろうな。
「さぁ、入るぞ。すでに流刃宰様がお待ちになっているはずだ」
再び緊張感のある声に戻る虎鐡。
鳳凰の間の大きな扉が完全に開かれ、虎鐡がその中に足を踏み入れる。
俺たちは虎鐡に付いていくように、その大きな口に飲み込まれていった。
周りを見回しても、そこにあるのは砂で覆われた広大な領域。
所々に岩が突き出ているが、植物らしきものは一切見えない。
「あっ、扉が…」
ふと漏れた麗奈の声。
鳳凰の間の扉が、まるで俺たちが全員この空間に入ったのを察知したかのように静かに閉じ始めていた。
ゆっくりと、静かに閉じていく扉。そして、徐々に見えなくなっていく屋敷。
この扉が完全に閉じられたら、いよいよ俺たちの修行が始まる。
一週間という長いようで短い期間、どこまで俺たちは強くなれるのか。
そもそも俺たちに与えられた武器たちの全力っていうのがどれほどのものなのか。
全てがこれから襲いかかってくる斬神界の神――流刃宰の修行で明らかになる。
「来たな。我が武器に選ばれし者たちよ」
扉が完全に閉じられた瞬間に聞こえた虎鐡とはまた違う重みが乗った声。
虎鐡を含め、俺たち全員が声のした方に眼を向けると、腕を組んで険しい顔をしている親父が静かに佇んでいた。
俺たちは親父の元に足を進め、横一列に整列した。
「それでは、これから各々の武器の力の全てを引き出すための修行を行う。お前たちに許された滞在期間は一週間、この間になんとしても習得してもらいたい」
腕を組んだまま俺たち一人一人とゆっくり視線を合わせて話す親父。
「親父、どんな修行なんだ?」
俺の言葉に、親父は少し眉を上げ、
「今から私と虎鐡でお前たちそれぞれ専用の部屋を作る。その中ではある者が待っている。そいつを倒すことができれば、お前たちは自分の武器の力を己のものにできたことになるだろう」
「ある者って…?」
「行けば分かる。――…虎鐡、始めようか」
「分かりました」
親父が虎鐡を呼び、俺たちに背を向けて広大な砂地を歩き出した。
どこまで行くのかと思ったが、それはほんの十数歩で終わり、親父と虎鐡は向かい合った。
「虎鐡、手を――」
「はい…」
俺たちにギリギリ聞こえる声。
虎鐡が両腕をゆっくりと持ち上げ、親父に手の甲を向けるようにして差し出す。
親父はそれに自分の両手を重ね、二人とも静かに目を閉じる。
すると、その重ねられた手が光りだした。
白く輝く眩しい光。思わず目を覆ってしまいそうになるその光に対して、これから起こることを見届けようと必死に目を凝らす。
初めは小さかった光が、徐々に大きく広がり、それは光の球となって二人の間で浮いている。
依然として目を閉じている二人、俺たちが見守る中、浮かび上がった光の球は親父と虎鐡をすっぽり覆ってしまうほど大きくなって二人の頭上にある。
「行くぞ、虎鐡!」
「はい!!」
親父の声とともに、それまで閉じられていた目がカッと開かれ、その声に反応した虎鐡も目を見開いた。
そして、同時に地面に向かって勢いよく手を下ろし、そのまま何もない砂地を叩いた。
「「はあぁぁっ!!」」
地面に向かって叫ぶ二人、そして、それまで頭上で浮いていた巨大な光の球が、二人の腕で作られた輪の中に吸い寄せられ、そのまま地面に沈んでいった。
「うおっ、何だ!?」
光の球が完全に地面の中に消えた瞬間に、それまで静寂を保っていた足元が突然揺れ始めた。
立ってバランスを取るのがやっとという程の揺れの中、砂地から現れたのは屋敷でもよく見かけた引き戸。
それが四枚、親父と虎鐡を囲んで、線で結んだら丁度正方形になるようにして並んでいる。
しかも引き戸の上には、"紅"、"碧"、"光"、"翠"という文字が浮かんでいて、俺たちが入るべき扉を示していた。
「ふぅ…、完了だ。ありがとう、虎鐡」
「いえ」
足元の揺れが収まり、親父が目を開けてゆっくりと立ち上がった。
ほんの数秒後には虎鐡も立ち上がる。
「後継者たちよ! 見ての通り、修行場への扉は開かれた。各々自分の印が付いたところに入るがよい!」
全員の頭に響いた親父の声。
俺たちはお互いを一瞥してから足を進め、自分が入るべき扉の前に立った。
静かに佇む黒い木製の引き戸。
この引き戸に手を掛ければ、その時点から修行が始まる。
蒼炎の力の全てを自分のものにするための修行。
辛く厳しい闘いになることは百も承知だ。
でも、これを乗り越えなければ、山中さんを救うことも、焔神を滅することもできない。
人間界を救うためには、この修行を必ず成功させなければならない。
「行こうか、皆」
自分の修行場を背に、皆の方へ振り返る。
皆も俺の声に反応して、こちらを向いてくれた。
「今度会う時には必ず強くなっていような!」
「えぇ!」
「もちろん!」
「もちろんですわ!」
皆の力強い視線。
短い言葉の中に埋め込まれた、揺るぎない覚悟。
もはや俺たちの間に言葉など必要ない。
まさに一致団結していると感じた瞬間だった。
「それじゃ、一週間後にまた会おう!!」
気持ちを高めあった俺たちは、クルリと踵を返して自らに割り当てられた引き戸を開いた。
眩しい光に包まれていたその空間に、なんの躊躇いもなく足を踏み入れる。
「…眩しい――」
目を開けているのがやっとという空間で、ゆっくりとだが足を前に持っていく。
「ん、何か見えてきた…」
数歩歩いたところで、ようやく目が慣れてきたのか、周りが見え始めて立ち止まる。
さっきまで居た広大な砂地とは打って変わって、火山地域かとも思えるような岩だらけの場所。
所々にある岩の裂け目からは、時折炎が噴きあがっている。
「これが蒼炎の修行場…」
明らかに変わった空間に戸惑いを覚え、キョロキョロと周りを見渡していたが、
「――何か来る…?」
俺の視界が届く範囲のはるか遠くから何かが近づいてくる。
焔獣や焔鬼刃、焔界四天王とは全くことなる気。
恐怖心は芽生えてこない、だが、今の俺とは比べ物にならないほど巨大な気の塊がここに向かって物凄い速度で迫っている。
「何だ…? 炎……?」
迫りくる気の方に目を凝らしていると、何か紅いものがこちらに向かっていた。
ゆらゆらと揺れているそれはまさに炎。
そして、ここまであと少しというところで、それは天高く跳ね上がり勢いよく俺の前に着地した。
「くっ…」
あまりに強烈な風と岩屑に思わず目を腕で覆ってしまった。
そして、風が収まったのを見計らってゆっくりと腕を外していく。
足先から見えてきたのは俺が着ているものと同じ衣装、片手に炎が纏った刀を持ち、空いている片手は腰に当てられている。
細くも太くもない体型、そしてその顔は――
「えっ――…」
毎朝、鏡で見ているものだった。
もう一人の俺。
そいつが刀を手に俺の前に立ちはだかっている。
「これが倒すべき相手…?」
「そうだ」
目の前の俺が声を出した。
「今、お前の目の前に居るのは蒼炎の力を全て出すことができるお前自身。この俺を倒すことが即ちお前が蒼炎の力を手に入れることになる」
「なるほど、そういうことか…」
ということは、今頃、皆ももう一人の自分とご対面しているわけか。
「修行期間は一週間。段階的に修行のレベルを上げていく。こっちは別にお前を殺すつもりなんてないが、お前が油断したら――…死ぬぜ?」
首筋に一筋、冷や汗が流れた。
「それじゃあ、始めようか! 蒼炎を構えな!!」
言われるままに、蒼炎を持って構える。
不敵な笑みを浮かべているもう一人の俺もゆっくりとした動作で同じように構えている。
「まずは、小手調べだ……行くぜ!!」
「はぁっ!!」
二人が同時に地面を蹴り、相手に向かって刀を振り下ろしていった。
こうして俺の、俺たちの過酷な修行は幕を開けたのだった。
いかがでしたか?
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さて、流刃宰による修行は、
武器の力の全てを引き出した自分自身と闘うことだった。
果たして自分自身を打ち破り、
新たな力を手に入れることができるのか!?
次話をお楽しみに!!