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Sword Master ―紅剣の支配者―  作者: 高柳疾風
第十九章 真の出生
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第二部 旅立

俺を見ていた双眼が澄み渡る空に向けられ、


「…私は斬神界を去りこの人間界に降り立った。もともと人間に興味があってね、よく散歩に来ていたのだ。」


蒼天を捉えていた視線がゆっくりと下がり、再び俺の視線と衝突した。


「実を言うと八神神社には数度足を運んだことがある。あそこはいい場所だ、斬神界で疲れた体を癒してくれる。その日もいつものようにそこに訪れ、私は御神木の陰で風によって奏でられる若葉たちの大合唱を聞いていた。…その時だ、"いい天気ですね"と巫女さんに声を掛けられたのだ」


二十年前にウチに居た巫女、…まさか母さんか?


「そうだ。私が気付かぬうちに、真の母親となる姫香さんが後ろに立っていた。その声に驚いて振り向いた私には更に衝撃が走ったよ。なんて美しく清らかな人なんだろうとね…」


少し俯き加減で下を向き、ゆっくりと眼を閉じていく親父。

きっと瞼の裏にはそのときの情景が鮮明に流れているんだろうな。


「それからだ。私は人間界に頻繁に出向いて姫香さんと親睦を深めていった。…そして、いつしか私の中で姫香さんの存在が大きくなっていき、もはや姫香さんの顔が頭から離れなくなってしまっていた」


少し頬を朱らめて鼻の下を伸ばして完全にニヤケている。

あー、気持ち悪い。


「姫香さんに心を奪われたのですね」


「そういうことになるな…」


春先のそよ風のように滑らかで柔らかく空気を振るわせた宮野さん。

親父は閉じていた眼をスッと開けてニヤケ面全開のまま宮野さんを見る。

親父はそのまま首を回して俺の方に顔を向け、


「神である私が人間に恋心を持つなど、本来ならば許されるものではない」


親父の顔に少しずつ真剣さが戻ってきて、


「悩んだ挙句、私はその当時に創っていた土龍にことの一端を託して斬神界を去ることにした……」


「で、めでたく母さんと結婚して、俺の親父になったと」


「そうなんだよー。いやぁ、ほんと姫香さんに受け入れてもらった時は嬉しかったなー!」


このクソ親父…。

今の今まで自分の過去を多少は真剣に語っていたというのに、"そんなものあったっけ?"ぐらいの勢いで一気に顔を崩しやがった。

お陰で聞いてるこっちは肩透かしをくらったみたいに一気に拍子抜けしてしまって、真剣に聞いていた時間を返してもらいたいぐらいだ。


「ほんと…」


片手を頭に当てて思い出話しに華を咲かせまくっていた親父の顔がまた真剣なものに戻った。

その視線を地に這わせ、


「…人間として暮らしている間、とても幸せだった。姫香さんと一緒に過ごし、お父さんとも仲良くさせてもらって……そして――」


不意に優しい眼が俺を捕まえ、


「真、琴音という宝物ができた」


あ――…。


俺が小さい頃に見た、すべてを包み込んでくれるような温かな笑顔がそこにあった。


「もし、私が人間としてもっと生きていたらもっとすばらしい思い出ができていただろうな……」


少し俯き加減で顔を伏せる。笑顔ではあるが悲しみが滲んでいる。


「……なぁ、親父。教えてくれよ、あの日…何が起こったのか……何で親父が今ここにこうして居るのか…」


人間としての親父が死んだ日、自分でも思い出すのが嫌なのは分かっている。

でも、知りたい…真実を、本当に起こったことを……。


「…私が人間としての生涯を終えた日のことか……確かにあの日、私は招かざる客によって斬られ倒れた」


親父が泉の近くを歩きながら話す。

そして、ちょうど倒れたところにしゃがみこみ、そっと地面をなぜた。


「それは俺も覚えてる……あの日、確かに八神隼人は死んだ…」


「だが、私は神…人間の形さえ失ったがそれで死ぬことはない」


「どういうことだ……?」


「つまり何らかの方法で咄嗟に人間という器を脱いで、身を隠したってことじゃない?」


親父の言葉に困惑している俺に、柳がそっと補足してくれた。

親父は優等生を一瞥し、


「そうだ、もともと私は仮に作った人間の体に入っていたに過ぎない。力こそ封印していたが、抜け出すことぐらいすぐにできる」


「それじゃ…死んだ後ずっとここに居たって言うのかよ……」


「……あぁ、そうだ」


「…何で……何で今まで会いに来なかったんだよ!」


駄目だと分かっていたが、自分でも荒ぶる心を抑えることができなかった。


「俺も母さんも琴音も寂しかったんだぞ!? 母さんなんか、親父が死んでから一ヵ月くらい名前を聞く度に泣いてたし、琴音だって友達に親父のことを聞かれた時は泣いて帰って来てたんだからな!!」


ずかずかと親父に近づきながら、それに比例するように声が大きくなっている。

親父は俺に視線を合わせたまま一切動かず、俺が近づいてくるのを待っているようにすら見える。


「俺だって!! 俺だって……」


親父の目の前に立って思い切り睨みたかった。

でも、気付いたら俺は地面に視線を彷徨わせていて、視界が淀んで見えた。


「すまなかったな。だが、封印を解くためにはここを離れるわけにはいかなかったんだ…」


「……………」


俺の頭にポンと手を置き、幼い日にそうされたようにクシャクシャと撫でられる。

それがあまりにも優しくて、温かくて、溢れ出す雫を抑えることができない。

晴れ渡る空に似合わない、大粒の水滴が雑草の海に流れ込んでいく。


「…くしてくれよ……」


「ん?」


もう顔を伝わるものを止めたりしない。

きっと顔が歪んでいるだろうけど関係ない。

あの時に聞いた、あの言葉を思い切りぶつけるんだ。


「…強く……してくれるんだろ? 俺たちを…」


「あぁ、お前たちには焔神を葬ってもらいたい。だが、まだまだお前たちは力を出せていない。私がその頂まで導いてやる」


視線だけは強固にして親父に向け、俺の頭に直接語りかけてきた言葉を発する。

親父はどこまでも優しい眼で俺を見つめ返し、乗せたままの手をまた動かす。


「だったら……頼むぞ、流刃宰! 俺たちの力、全て引きずり出してくれ!!」


少しずつ視界が戻ってきた。

頭に当てられた手を退けて、親父に向かって拳を突き出す。


「あぁ」


親父は"にっ"と笑って、


「任せておけ、生かさず殺さずしてお前たちの力を一滴も残さず表に出してやる!」


親父が作った拳がコツンと俺の拳とぶつかる。


「他の皆もそれでよいな?」


俺と数秒だけ微笑みあった親父は他の皆に眼をくれる。

俺はそれに合わせて見ることはなかったが…。

分かってる…みんな同じ気持ちだ。

同じ宿命に向かって突き進んでいるんだ、迷うはずもない。


「では、これから斬神界へと向かう」


「いいのかよ、親父。戻ったら大変なことになるんじゃないのか?」


両手を下げて俺たち全員を見ながら話す親父に俺は少し戸惑う。

二十年も前に出て行った自分の世界に今更戻るっていうのはいささか事件が起こりそうな匂いがする。


「まぁ、なんとかするさ。修行するにはあそこに戻るしかないからな」


顔を緩め、楽観視した感情を剥き出しにしてくれる。

俺の心配がまた増えた気がするんだが、それは放っておいて、親父がこう言うんだからまぁいいか。

曲がりなりにも"神"なわけだし。


「相良…」


一人で納得して、重要な案件を思い出した。

中学時代からの悪友、相良に眼を移す。


「どのくらい掛かるのかは分からない。けど、絶対強くなって帰ってくる。その時までお前には俺たちが居ない言い訳をお願いしたい」


これまでの話を理解しているのかも怪しい悪友の眼を真っ直ぐに見つめた。


「あぁ、任せろ。だから――」


ゆっくりと近付いて俺の肩を力強く掴む相良。

鼻先がくっつくのではないかと思うほど顔を近付け、


「必ず京子を助け出してくれ!!」


唾が飛ぶのもお構いなしに叫ぶ。

その眼には自分が助けられない不甲斐無さと信頼する仲間なら必ずやり遂げてくれるという期待が混じっている。


「あぁ、必ずだ」


短く、けれど適確な言葉で返す。


「じゃ、頼んだぞ」


相良の肩を掴み期待を込めた視線を向ける。

数秒間そのままで居た俺たちはどちらからともなく手を元の位置に戻した。

そして、俺は意を決して親父と対峙する。


「それじゃ、親父。頼むわ」


「よし…」


俺の眼から発する熱を確実に受け取った親父はゆっくりと手を横に伸ばす。


ジ………ジ…ジ……


電磁波が干渉し合っているような音が小さく辺りに木霊する。

それに呼応するように親父の掌の少し先が光だし、そこにあった空間が捻じれていく。


「これは…」


どこかで見た。

そう、鏡彗や灼幽、風羅がこっちに来たときと同じだ。

空間を捻じ曲げ、そこに異界への扉を作る。


そうこうしている間にも空間が歪み、今度は横に広がっていく。

焔界四天王が現れた時とは格段に大きさが違う、十数人は軽く入れるくらいの扉が開いた。

これが神の力なのかと驚いている暇はあまりないようで、涼しい顔をしている親父がそこに足を踏み入れて待っていた。


「さぁ、行こう」


「えぇ」


「うん」


「はい」


俺の声に三者三様の返事を返してくれた仲間たち。

親父に誘われるまま、順に扉の向こうに足を置く。

どんな異次元かと思ったが、意外と普通の道で、俺たちが普段生活している道路と変わらないものだった。


「では、行こうか」


全員が扉の中に入ったのを確認した真剣な親父はゆっくりと視線を次元の奥にやる。


「じゃあな」


いつもの帰り道で、いつも使うこの言葉。

少し重みが掛かっているかもしれないけど、絶対帰ってくるんだから大丈夫。

そう言い聞かせて相良に発した言葉。

それと同時に勝手に閉まる扉。

俺たちはその扉が閉まりきるまで相良を見続け、あいつもこっちに視線を向けていた。

大丈夫だ、ほんのちょっと距離が遠くなるだけさ。

次に会うときには一回りも二回りも大きくなってるから。

お前も成長しておいてくれよ、特に頭の方をな。


「行きましょ」


閉じた扉を見ていて数秒で麗奈の声が異界へ続く通路に響き渡り、俺たちは親父の背中を追って行った。






「ふー、はーい。ただいまー」


荒れ果てた大地に佇む宮殿に入ってすぐのところで、一仕事終えた風羅が声を出した。

それは焔界に静かに存在し、そこかしこに居る荒れ狂った焔獣はまるでそこが自分たちが入ってはいけない場所だと遺伝子レベルで組み込まれているかのように近付くことすらしない。

そこはこの世界を統べる神――焔神が居る場所、そしてその神を守護する焔界四天王が居る場所。

大理石のように輝く石で造られた宮殿。

入り口から入ってすぐ目の前には大きな階段が有り、周りを見渡せば天井まで続く柱が数本立っている。

風羅を出迎えたのは碧色の長髪を棚引かせている鏡彗。

まるで風羅が帰ってくる時間を知っていたかのように佇み、


「やぁ、おかえり、風羅」


と腕を腰に当てて微笑みかけ、


「お仕事ご苦労様」


彼女の手と肩にある、人間界に行く前には持っていなかったものを一瞥する。

それを見て一層口元を釣り上げる鏡彗。

その眼は風羅の双眼を捉え、闇よりも深く黒い視線がぶつかる。


「まったく、探すのに少し手間取っちゃったわよ。それに、他の奴らも一緒にさらっちゃえば良かったんじゃないの?」


ドサリと音がしそうな程乱暴に手に持つものを下ろす風羅。

しかし、それでも彼女は眼を覚まさない。

それどころか、武器からも何の声も出てこない。

鏡彗はその様子を視線だけで追い、


「あまり乱暴に扱わないでおくれよ、風羅。こちらは大切なゲストなんだから。彼らをこちらに呼ぶための……ね。それに、我々の計画を遂行するための重要なピースなんだ」


「こんな程度じゃ別に壊れやしないでしょ」


少し強めの視線と声を放たれた風羅だが、そんなことは一切気にしている様子はない。

鏡彗も別段更に声を荒げるわけでもなく、軽く肩をすくめて見せただけだった。

それも一瞬で腰に手を当てて踵を返し、


「それじゃ、こっちに運んでくれるかい? 壊れない程度に頼むよ?」


「えー、私自分の部屋に戻りたいんだけど――」


風羅の言葉を最後まで聞くことなく鏡彗は素早く振り返り、


「風羅。運んで……くれるかい?」


「―ッ! わ、分かったわよ…!」


真っ直ぐな視線を風羅に向ける。

顔は微笑みを作っているがそんな鏡彗に風羅は何かを感じ取ったのか、一筋の汗を頬に伝わせて自分がさらってきたものを再び抱え、さっさと踵を返して歩いている鏡彗の後を追う。

カツン…カツン…と歩いている足音が反響する中、一切の隙を見せない鏡彗と不満そうな顔をしながらもその後をしっかりと付いていく風羅。

二人の足音は次第に小さくなり、宮殿の中に潜む闇の中に消えていった。


いかがでしたか?

ご意見・ご感想をお待ちしております!!


さて、遂に姿を現した謎の声の主。

それは真が幼き頃に灼幽に殺された父親であり斬神界の神でもある、流刃宰だった。

焔神を倒すため斬神界での修行に挑む仲間たち。

そして、神による過酷な修行の幕が上がる!!

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