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Sword Master ―紅剣の支配者―  作者: 高柳疾風
第十八章 風と共に
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第二部 風羅

「さっ、始めましょうか」


響き渡る麗奈の声。

午後のまだ陽が高い時間帯、その時間は全員で集まっての修行だ。

今日はちゃんと全員居る。

相良はお目付役として見学に来ている。

まぁ、ようするに暇なんだろうな、この後皆で遊びに行く予定もしてたし、それまでやることがないんだろう。


「皆も感じたと思うけど、昨日襲ってきた灼幽を始め、今の私たちでは焔界四天王に全く歯が立たない。昨日奴に牙を向けられた私も、正直殺されると思ったわ。だから、今日からの修行はいつもより厳しくしようと思うの。実際、私と真は朝にも修行してたわ」


「はーっ、朝からかいな。すごい気合いやな」


「私も驚いたわ。朝起きたらもう真が軒先で素振りをしてたんだもん」


「ヤッチー、よっぽど昨日のことが悔しかったんやな。……………ん? レナっち、今、何て言うた?」


「だから、私が朝起きたらもう真が――…あっ!!」


「あーぁ…」


言っちまいやがった……。


「どーゆーことだー、八神ー!!!!!」


「うわっ!!」


「どーゆーこっちゃー、レナっちー!」


「きゃっ!!」


俺も予想だにしていなかった麗奈の言葉。

まさに口が滑ったというんだろう。

これまで知られていなかった麗奈の住処がとうとう明かされてしまった。

そんで、当然のことだが他の奴らは食い付いてくるわけで、

特に相良と山中さんコンビが黙っちゃいないわけで…。

相良は俺の胸ぐらを、山中さんは麗奈の肩を掴みにかかってきた。

しかも、相良の後ろには柳、山中さんの後ろには宮野さんが付いている。

その顔に満面の笑みを浮かべながら…。


「お、落ち着け相良!!」


「キ、キョウも落ち着いて! た、確かに一緒に住んでるけど――」


「麗奈ちゃんと一つ屋根の下なんて羨ましいぞ、八神ー!!」


「ということは既にレナっちとヤッチーはそういう仲やねんなー!!」


「そ、そういう仲って何よ!? 私と真の間には何もないわよ!!」


「そうだ、お前らが考えてるような展開は一切ない!!」


これでもかというほど顔を近づけてくる相良を頑張って引き剥がしたいが、火事場の馬鹿力と言わんばかりの圧力が俺に襲いかかる。

山中さんに押さえられている麗奈も必死に逃れようとしているが、剣道の達人ともあろう麗奈も空手の達人である山中さんには歯がたたないのか体を揺さぶるだけ。

思わず蒼炎を解放してこの場を逃げ去りたいが、用意周到な宮野さんがいつの間にかいつもの防壁を築いていて、俺たちは文字通り籠の鳥になってしまった。

もうこうなったらみんなにあれやこれやとこれまでの経緯を聞きまくられる運命が待っている。

どこからかというともちろん麗奈が転校してきたときからで、俺と麗奈はうまく躱すこともできずに根掘り葉掘りみんなが満足するまで搾り取られることになった。






「さ、さぁ、今度こそ修行を始めるわよ…」


朝にしっかりセットした髪の毛を若干乱された麗奈が力なく言葉を紡ぐ。

麗奈の一言から始まった"同棲問題"は結局一時間程続き、俺たちは修行前に精神的に疲労困憊になっている。


「おっけー、やる気漲っとるでー!!」


腕捲りしている山中さんを始め、俺と麗奈以外は体力精神力ともに全然消費しておらず、むしろ楽しい話が聞けたことで更にモチベーションが上がっていた。

みんな自分の武器を解放して麗奈が次に出す言葉を待っている。

俺はというと、蒼炎を解放してはいるものの既にそれを地面に刺して杖代わりにしていて、もはや構える元気も残っていない。


「紫苑は柳君と、キョウは私と組手をしましょう。真は……少し休んでなさい」


「へーい」


他の皆が宮野さんの作った雷壁の中でペアを組んでいく。

休みをゲットした俺は隅っこにいる相良の隣に腰を下ろして見物することにした。


「まったく羨ましいぜ」


「もういいだろ…」


相良はまだ言い足りないのか俺が座った瞬間に声を掛けてきたが、俺はもう答える気力など完全に失せているので適当に流すことにした。

目の前では薙刀と槍、刀と大鎌が向き合い、今にも組手が始まりそうだった。

隣ででかい欠伸をしている相良は感じていないだろうが、柳、宮野さん、麗奈、山中さんの気がこの空間に充満している。

じいちゃんが鳥居に貼り付けたお札で張っている結界のお陰で焔獣がここに寄り付かないのはいいんだけど、これだけの気を外に出しているっていうのは若干の不安を覚えるね。


「はっ!」


「はいっ!!」


薙刀と槍の攻防。

リーチが長いもの同士の闘いは刀を武器としている俺から見たらすごく新鮮に見える。

先に付いている刃物での突きや斬り、そして柄の方を使っての払い。

そこからの流れるような突き。

一連の流れで攻撃しているのもすごいけど、それを完璧に見切って防御しているのもすごい。

今、柳や宮野さんと闘ったら勝てるんだろうかという疑問すら湧いてくる。

とは言っても、二人は攻撃の術を持っていない。

そういう意味では俺の方が上ということになるだろうが果たして実際やったらどうだろね。


しかしまぁ、二人とも爽やかに組手をしてる。

それはもう夏の暑さが突き刺さる陽の下で全身運動をしているというのに、そこには爽やかな風が巻き起こっていて二人の流す汗がさながら真珠に見えるくらいだ。

しかも二人とも笑顔で組手をしているし、その足捌きといったらまるでダンスをしているようだ。

まっ、俺とは雲泥の差ということさ。


「はぁっ!」


「おりゃっ!!」


対してこっちは刀と大鎌の対決。

山中さんの持つ鎌は彼女の身長程の長さの柄に、直線で考えたら柄の長さと同じ程じゃないかという美しい曲線を描く刃が付いている。

そんなものを普通の刃物店で買おうものならその重さのあまりに持ち上げることすらままならないだろう。

ましてやそれを振り回すなんざもってのほかだな。

ところが山中さんはまるで自分の腕の延長のようにそれをブンブンと振り回している。

まっ、それこそが彼女が選ばれた人間である証拠なんだが、客観的に見ると違和感ありありなのは言うまでもない。

そんな武器を自分の腰までぐらいの刀で相手しているのは麗奈。

山中さんが繰り出す攻撃を受け流し、彼女の懐に潜り込んで反撃している。

それを柄で受け止める山中さん。

柳と宮野さんの爽やかな戦闘とはまた違う、気の知れた友達同士でお互い武術の達人で自分の実力を思う存分ぶつけている。






「はぁ…はぁ…。ふーっ、一息入れましょうか」


「はぁ…はぁ…。せやな」


「じゃあ、僕たちも」


「そうですね」


柳と宮野さん、麗奈と山中さんが組手を始めて三十分程経った。

麗奈の言葉で組手は終了される。

それまで雷壁の中に響き渡っていた金属音が鳴り止み、修行場は再び笹が擦れ合う微かな囁きに溢れる。

四人が戻ってくると同時に宮野さんが術を解き、俺が背もたれに使っていた壁も消失した。

それまで完全にリラックスして修行の様子を見ていたのに、たった今から背筋を使うことを強制される。


「休憩の後は真と柳君が交代してね。私と紫苑、真とキョウがペアになって組手をするから」


山中さんの隣で座っている麗奈が次の予定を発表した。

どうやら俺は山中さんと闘うことになるようだ。

今まで何度か山中さんと組手をしたことはあったが、正直大鎌は闘いにくい。

刃が曲線でどうやって受け止めたらいいのか分からないし、刀よりもリーチが長いからまだ麗奈みたいに上手く懐に潜り込めない。

あのでかい鎌の威圧感が無意識に俺の逃走本能を掻き立てているのだろうか。

ふとそんなことが頭を過ぎるが、結局のところ組手をやることでしか解決されないというところに落ち着く。


「柳と宮野さんは全然疲れているように見えないな」


「そう? これでも結構疲れてるんだよ?」


「私もです」


爽やかに組手をしていたこの二人は額に汗を滲ませてはいるものの。

あそこで天を仰いでいる麗奈や山中さん程に疲れているようすは見せない。

なんか、あっちとこっちで修行の次元が違うような気さえしてくる。

いや、もしかしたら宮野さんの術があれば可能なのかも…。

または彼らの天性か…。


天性の才だったら是非それを俺にお裾分けしてもらいたい。

俺にはそんな春風を誘うような晴れやかな笑顔は作れないからな。

できてもせいぜい春風に舞い上がる桜吹雪に目を細める程度さ。


今は気温が一番高くなる頃か、太陽のやつが俺たちに向けて容赦ない太陽光線を突き刺しやがる。

宮野さんの雷壁に太陽熱を遮断する機能が付かないだろうか。

それだったら眩しい日差しの中で涼しく修行ができるってもんだ。

組手の中で炎天下に放置された氷のように短時間で溶けていく気力ももう少し長持ちするはずだ。

俺が休憩中の皆を見ながら思考を巡らせていると、


「そろそろ再開するわよ」


「おっしゃ」


蒼炎を解放して一番に立ち上がる。

俺の相手は山中さんだったな。

さてどうやって闘おうか…。


「それじゃあ――」






『みーつけたー!』






「んっ!?」


突然降り注いだここに誰のものでもない声。

声が発せられた上流にみんなの視線が集中する。

と同時に巻き起こる強い風。

俺たちが巻き上がる埃に目を伏せている間に声の主が舞い降りたのだろう。

笹の葉が潰される音が聞こえた。


『やっと見つけたー。もうすっごく探しちゃったじゃない』


風翠翼ぐらいの高い声。

しかも真夏だというのに暑さを感じないのか頭から布を被っている。

そして、必要最小限とも言いたげなちょっとした部位の鎧。


「あなた…焔界四天王……!!?」


『はーい、大正解でーす』


マジか。

暑さにやられた幻覚と幻聴だったら今すぐに消え失せてもらいたい。

まだ脱水症状を起こす方がましなんじゃないのかね。

しかし、鏡彗、灼幽と対峙したときにも感じた肌がピリピリする感覚がそれを全力で否定しやがった。


「全然気配を感じなかった…」


『探し物をするのにそんなバシバシ気を出すわけないでしょ。ちゃんと隠してましたー』


麗奈の寝る子も黙りそうな睨みにも全く動じることなく、まるで遊んでいるような返事しかしない。

その間にも麗奈は闘牙を解放してゆっくりと構えている。

もちろん俺たちも構えている。

麗奈の合図で一斉に襲いかかってやるさ。


『さーてと、私も暇じゃないのよねー。さっさと終わらせないと』


割と整えられたその顔に付いている翠色の瞳が品定めをするように俺たち一人一人を見据えていく。

まるでこちらの力をスキャンされているかのようなゆっくりとした所作でじっくりと見られて何もされていないのに少し足がすくんだ。


『それじゃ、あなた。ちょっと私に付き合ってちょうだい』


「え? ウチ…?」


奴が俺たちを一通り見まわして指先を向けたのは山中さん。

そして、ゆっくりと足を進めてくる。


「させないわ! みんな!!」


地面をしっかりと踏みしめるように二歩目が踏み出されたときに麗奈が動いた。

みんなへの指示と同時に奴に闘牙を振り下ろす。

当然俺たちもそれに続く、仲間を連れ去られてたまるかってんだ。


『あら、あなたたち仲がいいのね…』


強者の余裕とも言うべきか。

敵は自分の武器を出すこともせず、歩く速度を落とすこともせずに足を運んでくる。


麗奈が全力で振り下ろした攻撃はさらりと躱された。

その後に俺、柳、宮野さんが続いたがどの攻撃も舞い落ちてくる葉を躱すように流れる動作で躱される。

その足捌きは鏡彗とも灼幽とも違う。

鏡彗を"柔"、灼幽を"剛"とすればこいつはまさしく"流"。

風がそこにある物体の周りを逆らうことなく流れていくように、こいつも俺たちの攻撃の流れに決して逆らうことなくただありのままに受け流している。


『さぁ、行きましょうか』


「えっ? ――ぐっ…!!」


残り二歩というところまで迫った奴は、そこから一気に距離を詰めて山中さんを気絶させた。

そのときの動作はまさに突風。

春一番も生易しいと思えるほどの直線的な風が俺たちの攻撃を阻んだ。


「キョウ!!」


探し物とは山中さんだったのか。

彼女と相棒の大鎌が奴の手に握られている。


『それじゃ、まーたねー! あ、私は風羅(ふうら)っていうの。覚えておいてねー!』


「キョウ! キョウ!!」


麗奈の声も虚しく、風羅に抱えられた山中さんの姿はどんどん小さくなっていく。

簡単に自己紹介を済ませやがった奴は、鏡彗たちと同じように空間に亀裂を作り、異界への扉を開いて入っていった。


「キョーーーーーウ!!!!!」


ご近所さんにまで聞こえそうな麗奈の声。

その声は実を結ばずに空を切り、静寂の中に響き渡った。


「くっ――…!!」


闘牙を地面に突き立ててた麗奈からは俺が灼幽にやられたときと同じように、怒りに燃える姿が見えた。


「麗奈…」






『真よ――…』






「ん!? 誰だ!!?」


麗奈の姿に自分を重ねていたところにどこかで聞いた声が俺の頭に響きだした。


いかがでしたか?

ご意見・ご感想をお待ちしております!


さて、焔界四天王の一人、風羅に連れ去られた山中京香。

その歴然たる力の差にどこにもぶつけようのない怒りに燃える麗奈。

そんな中で真の頭に響くのはあの声――。

この声の持ち主は果たして何者なのか…?

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