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Sword Master ―紅剣の支配者―  作者: 高柳疾風
第十八章 風と共に
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第一部 朝練

己の未熟さを思い知った灼幽との初対決。

それは同時に焔界四天王との力の差を見せつけられる結果となった。


これまでよりも一層厳しい修行が必要と感じる真たち。

しかし、それを嘲笑うかのように暗い影が忍び寄り――。

夏真っ只中、昼間はカンカン照りの太陽が地面に日光照射という攻撃を繰り返し、そこに行き交う人たちは体中から水分を噴き出す。

夜になれば涼しくなるのかと思いきや、昼間に地面に貯められた熱が放出されて蒸し暑い時間となる。

そんな夏の夜、この街で一番高い山の頂上でそれは起きた…。


何もないところに、ジッ…ジッ……と小さい音を立てながら横に伸びていく雷。

そして、二メートル程伸びたそれは、そこにあるはずの空間が捻じ曲げて扉が開くように上下に分かれて移動した。


「ふぅー、やっと出られたわ」


優に人が通れる程の隙間ができたときに現れたそいつは、真夏だというのに頭に布を被っていて、腕や脚などに鎧を纏っている。


「ここが…人間界……」


割れた空間から見える光景。

夜も更けた時間に見えるのはほとんど電気が消えて暗くなってる街。

眼に映るのはネオン街の照明だけ。


「さて、私の探し物は何処かしら…?」


おでこに水平に手を当て、キョロキョロと辺りを見回す。

そして、二、三度首を往復させて手を降ろし、暗闇が覆う街に向かって足を踏み出した。

去ったあとには静寂がその場を包み込み、辺りに生えている雑草が湿り気を帯びた風に揺れていた。






『あいつは――…』






「はっ! はっ! はっ!!」


「…珍しいわね。あんたが朝に稽古をするなんて」


「はっ! はっ! ふーっ、おはよう、麗奈」


陽が昇る少し前、俺はいつも麗奈が朝に木刀を振っている場所で同じように素振りをしていた。

奴に…、灼幽に勝つためには今までの修行じゃ足りないと思ったからだ。

もちろん他の焔界四天王の連中も灼幽と同じかあるいはそれ以上の腕の持ち主だろうから、そいつらを倒すためにもまだまだ強くならなければいけない。


「おはよう。…やっぱり昨日のあれが悔しかったから?」


「まぁな」


素振りを一旦止め、麗奈と視線を合わせる。

麗奈はちょっと聞きにくかったのだろう、顔を伏せ気味にしていた。

もちろん答える俺もそうだ。


「そう…。私も…あのとき、正直"斬られる"って思ったわ」


「麗奈でもか?」


「えぇ、奴が狙いを真から私に変えたとき、これまで感じたことのない程巨大で、邪悪な気圧を感じた。きっと鏡彗や他の四天王も同じぐらいの気を持ってるはず…」


「そうだな…」


二人して地面に視線を向けている。

麗奈ですらそんな風に感じる奴ら、俺が今ここに居るのはホントに奴の気まぐれなんじゃないかと思える。

そう思うと、自然と木刀を握っていた手に力が込められ、言いようのない怒りが溢れてくる。


「真、感情に流されてはダメよ。それでは大切なものを見失うわ」


「…すまん。けど――」


「分かってる。お父さんの仇ですものね。奴のこと、心の底から憎むのも分かる。でも、あんたまで斬られたらお父さんも浮かばれないわ」


顔を伏せ、地面に眼を向けたままの俺。

そんな俺に向けて諭すように話す麗奈。


「じゃあ、今日からは朝にも稽古をつけてあげる。とりあえず素振り五百回の後に組手をするわよ」


「分かった。頼むよ、麗奈」




……………

………




「…499…500!」


「はーっ、終わったー!!」


一振り一振りに力を込めて五百回の素振り。

既に腕がパンパンだ。

麗奈はこれの倍、千回もやっていたのか、しかも毎日。

改めて麗奈の強さを思い知らされた。

これじゃ、帰宅後の修行しかしていなかった俺と麗奈の差は開いていくばかりだな。

灼幽と、いや四天王と焔神ぶった斬るためにはやっぱ今までの修行じゃだめだ。


「それじゃあ、真。組手をするわよ!」


「ふーっ。よっしゃ、来い!」


「あ! お兄ちゃん、麗奈お姉ちゃん、おはよー!!」


「あぁ、おはよう」


「おはよう、琴音ちゃん」


俺と麗奈が互いに向き合い、いつも刀を構えるように木刀を構えて今まさに地面を蹴ろうという瞬間に琴音が顔を出した。

相変わらず朝から元気一杯なのはいいことだが、ちょっと疲れている俺にはその大きな声が頭に響いてちょい辛い。


「二人とも何してんの?」


「今から組手をするのよ」


「組手?」


「んー、木刀で本当の試合みたいに闘うの」


「へぇー」


興味津々に麗奈の話を聞く琴音。

大きな瞳を輝かせて麗奈を見るそのようすは本当の姉妹みたいに見える。


「よし、麗奈、やろうぜ」


「えぇ。……行くわよ!」


「来い!!」


再び木刀を構え、麗奈の言葉を合図に地面を蹴る。

いつもの修行では蒼炎の力を借りているので地面を蹴ったらかなりの距離を跳ぶことができるのだが、今手に握っているのはただの木刀。

地面を蹴っても、木刀を振り下ろしても自分の筋力以上の力は発揮できない。


「はっ!」


「ほっ!!」


若干の不慣れはあるが、なんとか麗奈の攻撃を防ぎながら攻撃を繰り出す。

蒼炎と闘牙がぶつかるときの金属音ではなく、カンカンという音が周りに響く。


「よし、段々慣れてきたぜ!」


麗奈の繰り出す攻撃のスピードにようやく目が慣れてきた。

こうなれば防御することも攻撃することも容易い。


「それじゃ、もうちょっと速くするわよ!?」


「へっ? うわっ!!?」


まるで待っていたかのように突然スピードが上がった。

くそっ、麗奈の奴、やっぱり手加減してやがったな。

麗奈の力がこの程度な訳がないと思っていたが、やはり俺に合わせていた。

二方向からの攻撃が同時に来るような錯覚を覚える速さ。


「くっ! だっ!」


さっきまでのスピードにようやく慣れた俺は当然ながら今のスピードに対しては防戦一方だ。

攻める隙を見つけられず、徐々に後退りしてしまう。


「ふっ! はぁっ!!」


「よっ! とっ! ――へぶっ!!」


なんとか受けながら反撃の隙を狙っていたのだが、それよりも先に麗奈の攻撃を防御する腕がついていかなくなってしまった。

素早く振られた木刀が俺の脇腹にクリーンヒットする。


「ふー、はい、ここまでね」


俺が崩れていくのを見て麗奈が攻撃を止め、額から吹き出ている汗をタオルで拭き取る。


「麗奈お姉ちゃん、つよーい!」


「真も大分強くなったのよ?」


縁側で眺めていた琴音の隣に腰を下ろした麗奈は楽しそうに談笑している。

俺はというとしばらく激痛が走る脇腹を押さえて悶えていたが、ようやく起き上れるほどに回復した。


「あー、痛ってぇ…」


ジンジンする脇腹を押さえて麗奈の隣に腰掛ける。


「まだまだね」


「もうちょっといけると思ったんだけどな……」


麗奈から受け取ったタオルで俺も汗を拭う。

朝とは言え暑いこの季節に思い切り動いたから既にシャツがびしょ濡れだ。


「お兄ちゃん、よわーい!」


「うるせぇ!」


「まぁまぁ、二人ともびしょ濡れじゃない。お風呂に入ってらっしゃい」


じゃれあう俺と琴音の会話にふわりと入り込んだ母さん。

朝ご飯が出来たのかエプロンを脱いでいた。


「そうだな、じゃあ入ってくるか」


「ちょっと、真。レディーファーストよ」


「はっ、お前相手に何がレディーファーストだ」


「なんですってー!」


さっさと風呂場に向かおうとする俺の腕を麗奈が結構強めに掴んできた。

レディーファーストと言われても麗奈相手にそんなことをするつもりなど一切ない。


「まぁまぁ、それじゃあ二人で入ってきたら?」


「な、何言ってんだよ、母さん!!?」


「そ、そそそそうですよ、そ、そんなはしたないこと!!」


俺たちが我先に風呂に行こうとしている様子を見て母さんからさらりと放たれる爆弾。

その威力は絶大で、俺と麗奈の頭の中は一気にパニックに陥る。

麗奈の顔が完熟トマトのように真っ赤になっているが、きっと俺も負けない程に赤い顔をしているに違いない。


「だって、二人とも先に入りたいんでしょ? だったら二人一緒に入ってしまえば一石二鳥――」


「よーし、麗奈、じゃんけんで決めようぜ!?」


「い、いいわよ! じゃーんけーん…ぽん!!」


「あー、負けた! じゃあ、麗奈先に入ってこいよ!!」


「分かったわ!」


追撃を噛まそうとする母さんを躱すために全力でじゃんけんをしてやった。

あのまま母さんの流れに乗っかっていたらきっと延々いじられていただろう。

俺が勢いで始めたじゃんけんは見事に俺の負け。

麗奈は朝の修行の疲れもなんのそのといった様子で全速力で風呂場に向かっていった。


「あらあら、二人で入ればいいのに」


「勘弁してくれ、母さん」


「私は麗奈ちゃん、大歓迎なんだけどなぁ」


「だーかーらー――」


「ねーねー、お兄ちゃんと麗奈お姉ちゃんが一緒にお風呂に入ったら何かいいことあるのー?」


「琴音は黙ってなさい…」


その場に残った俺に屈託のない笑顔を見せる母さん。

優しいその顔にはまっている瞳の奥にはいたずらっ子の光が見える。

しかも、危うく琴音まで参加しそうだったので、俺はその口を軽く塞いでこれ以上の心労を未然に防いでいた。



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