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Sword Master ―紅剣の支配者―  作者: 高柳疾風
第十六章 その夏祭りの日に…
36/46

第一部 夏祭

土龍が仲間に加わって、焔神を倒す宿命を改めて実感した真たち。

蒼炎と闘牙による術の教授も無事に終わり、

真と麗奈は術の修得に向けて修行を重ねる。

これまで焔獣に襲われ続けてきた日常。

今回は、そこから少し離れた物語。

「ヤッチー! レナっち借りるで!!」


「お、おう!?」


外のうだるような暑さに後押しされたように、サウナのようになっている教室。

ストーブが取付けられるならクーラーも取付けやがれと校長室に殴り込みに行きたくなるほど蒸し暑い。

まぁ、それでも闘いから切り離された和やかな一時だったのだが、そんな束の間の平和は山中さんの声で音を立てて崩れていった。

それは俺はまさに帰ろうと席を立つ瞬間だった。

教室の入り口から聞こえた声に驚いて条件反射で返事をしてしまったが、顔をそっちに向けたときには既に誰も居なかった。


「なんだ、今のは?」


「それじゃ、俺たちも準備するか」


「準備って何のだ?」


「何って……お前、今日は何の日だ?」


「今日は……あ、そうか」


すっかり忘れていたが、今日はウチの町内で夏祭りがあるんだった。


「そういうことだ、俺たちも行くぞ。京香が朝から張り切ってるんだよ」


「俺は強制参加か?」


「あいつが麗奈ちゃんを連れてった時点でそれは決定だ」


「はぁ…分かったよ。柳も来るだろ?」


「うん、僕は紫苑さんと行くけど、合流させてもらうよ」


「うし、じゃあ決まりだな。後は帰りながら話すか」


相良が教室を出ようと、足の向きを変えて進んでいく。

麗奈の浴衣姿になんぞ何の興味も湧かないが、宮野さんの浴衣姿は見てみたいな。

やっぱりお高い浴衣を着てくるのだろうか。

制服でも十分魅力的なんだから浴衣の破壊力はこれまた――


「あ、あのっ、八神さん!」


「ん? あぁ、朝霧さん。どうした?」


俺が教室から出てくるのを待っていたのか、一歩足を踏み出した瞬間に声を掛けられた。

もういい加減慣れて欲しいのだが、まだ話すときにうっすら顔が熱を持っているようだ。


「その、きょ…今日のお祭りなんですけど、皆さんは行かれるんですか?」


「うん、いつものメンバーで行くつもりだよ?」


「それなら…あの……その…。わ、私もご一緒して…よ、よろしいですか!?」


少し俯いてもじもじしていたが意を決して口を開く朝霧さん。

よほど覚悟がいるものなのか、彼女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。


「俺は別に構わないけど……」


「俺も構わないぜ」


「僕も」


これぞまさに阿吽の呼吸か。

わざわざ訪ねる手間もなく柳と相良も了承してくれた。


「じゃあ、一緒に行こうか」


「あ、ありがとうございます!」


九十度を超えてるんじゃないかというほど深々と頭を下げられる。

そんなことされたら俺がいじめてるみたいになるから止めて欲しい…。


「それでは私はどこで待っていればいいのでしょうか?」


「六時に学校に向かう坂の前に居てくれたらいいぜ」


あらかじめ山中さんと打ち合せしていたのか、朝霧さんの言葉に相良がすぐに反応した。


「分かりました、ではまた後で」


再びあのお辞儀をされる。

だから止めてくれって…。

パタパタと小走りで去っていく朝霧さんの小さな後姿を見送りながら、俺は心の中で独り呟く。


「さてと、それじゃ俺たちも帰ろうぜ……………って、何ニヤけてるんだよ?」


「いやー、楽しくなりそうだと思ってよ」


「そうだね」


おもむろに振り返ると、ニヤけ面をしている相良と苦笑している柳が居た。


「何だよ、それ」


「まっ、いいじゃねぇか。それよりも帰ろうぜ、のんびりしてると準備する時間がなくなるぜ」


相良に背中を押されて無理矢理歩かされる。

押された背中に汗で濡れた制服が張り付いてきて若干気持ち悪い。

窓から外を眺めると、太陽の奴はまだ快晴の青空の下に居座っていてもうしばらく動きそうもない。


「さっきも言ったが、六時に坂の入り口に集合してくれ。麗奈ちゃんは京香が連れてくるから心配するな」


「誰も何も心配などしていない」


「ほぉー」


帰りの坂道を器用に後ろ向きで下っている相良のアホな問い掛けにため息混じりで答える。

まだ何か言いたそうだったが、視線を準備が進んでいる祭りの方に向けて拒否し、夕暮れ間近の空を見ながら、賑やかに準備に追われている町に向かって歩を進める。


「あ…そうだ、相良」


「んー?」


「“ヤッチー”って何だ?」


「……………今頃かよ…」


ふっと運んでいた足を止め、想いのことを口にした。

ため息混じりに答えた相良は呆れた顔で俺を見て、両手を広げて肩をすくめて見せた。






「ふぅ、到着っと」


あれから帰ってすぐに準備をして、集合場所に向けて家を出た。

さすがに自転車で来るわけにもいかないから歩いて来たのだが、思ってたよりも早く着いてしまったようでまだ誰も来ていなかった。


「たまにはこういうのもいいよな」


電柱にもたれて日没が近くなった空を見上げる。

もう祭りが始まっているのか、太鼓の音が小さく聞こえてくる。


『ふむ、闘いばかりでは気が滅入ってしまうからな』


頭に組んだ左腕から低い声が聞こえる。


「あぁ、今日は何事もなく終わりたいな」


『何かあったら我が知らせる。真殿は存分に祭りを楽しんでくだされ』


「ありがとう、蒼炎」


蒼炎の言う通り、最近は戦い続きだったから少し精神的に疲れている、ずっと緊張しっ放しだったし。

今日は蒼炎の言葉に甘えて思いっきり羽を伸ばすことにしよう。


「おっ、早かったな八神」


「まぁな……………って、何だその浴衣は?」


カランコロンと下駄の音を響かせて相良が歩いて来たのはいいのだが、その浴衣たるや個性の象徴のようになっている。

真っ白な生地にピンクのラインが走り、足元の辺りには花火をあしらった模様が三つぐらい書いてある。


「いいだろ? 花火模様なんざ今日にぴったりじゃねぇか」


くるりと回って浴衣のよさを全面アピールしてくる相良。


「って言うか、お前こそ何だ。今日は祭りだぜ?」


「しょうがないだろ、浴衣なんて持ってないんだから…」


相良の言う通り今日は祭りなのだが、俺は至っていつも通りの格好、つまり普通に私服を着てきた。

確かに小学生の頃には浴衣を着て祭りに行っていたような気はするが、それ以降は私服で行っていた。

別に金がないっていうわけじゃないんだが、何か面倒だと思ったんだろうな。


「じゃあ、正月に着てるやつで来いよ」


「あんなもんで来たら完全に浮くだろうが!」


相良の言っているのは、俺が正月に神社の手伝いで着ている袴のことだろう。

あんなの着て外に出たらみんなの視線を独占してしまう。


「それにな――」


「すいません、ちょっと遅れました!」


相良に何か言い返してやろうとしたところで、朝霧さんの声が掛かった。


「朝霧さん。いや、俺たちも今来たとこだから」


「そうですか、浴衣を探してたら遅くなってしまって…」


肩で息をしながら、巾着袋からハンカチを取り出して汗を拭っている彼女の浴衣は、赤色の生地に黄色の花柄という何とも可愛らしいもので、朝霧さんの性格がよく出ていると思った。

やっぱり小さいな、この人。

制服を着ているから高校生だと言えるけど、今の姿をパッと見せられたら中学生だ。

俺と並んで歩いても絶対に兄妹に間違えられるな。


「八神さんは私服なんですね」


「あぁ、浴衣を持ってないからな」


「そうなんですか? 残念です。相良さんは……すごいですね」


俺の姿を見て苦笑する朝霧さん。

しかし、その後すぐに相良の方を見て驚いたような、どこか呆れたような声を出した。


「すごいだろ? 俺の一張羅だぜ」


くるっと一回転して再び全身を見せ付ける相良、おめでたい奴め。


「おーおー、アホが回ってるで」


「ちっ、何だよ京香。お前も対して変わんねぇだろ」


「わぁ、山中さん。きれいです」


二人が俺の背後に居るであろう人物に向かって感想を漏らしている。

俺もその方向に首を回すと、薄い黄色の生地にオレンジ色の花火をあしらった浴衣を着ている山中さんが仁王立ちしていた。

浴衣を着て少し落ち着いた雰囲気になるのかと思いきや、この人の場合はそれも逆効果みたいだ。


「あれ、山中さん。麗奈は?」


「ふっふっふ…ちゃーんと連れて来とるで。見よ! これがニューレナっちや!!」


ババーンという音が聞こえてもいいようなオーバーアクションで、傍にあった電柱に向かって手を広げた。

すると――


「おぉ…」


「わぁ…」


電柱の影からゆっくりと浴衣を身に纏った麗奈が出てきた。

長い髪を頭の横で短くまとめ、薄いピンク色に流水のような紫色の柄が付いている浴衣を着ていて、その姿はいつもの麗奈からはとてもじゃないが想像できない程に優雅なものだった。


「ふっふーん、どや? ウチのセンスはバッチリやろ」


相良と朝霧さんの口から漏れた感嘆の声を聞いて、得意気に胸を張る山中さん。

俺か? 俺は……………不覚にもちょっと綺麗だと思ってしまったよ。


「ヤッチーも気に入ったやろ?」


「えっ……あ、あぁ」


覗き込むように俺の顔を見てきた山中さんに驚いて、ただ頷いてしまった。


「よかったな、レナっち。ヤッチーも気に入ったみたいやで」


「べ、別にあいつのために着てるんじゃないんだから!」


「えー、ホンマにー? 買いに行った時に“これは真が着そうな色”とか“こんなの着たら真に笑われる”とか言っとったやん」


「そ、そんなこと言ってないわよ! 何で私があんな奴を気にして浴衣を選ばなくちゃならないのよ!?」


山中さんのツッコミに顔を真っ赤にさせて声を上げる麗奈。

ってか、ひどい言いようじゃないか?

ちょっと傷つくぜ。


「それにしてもヤッチーは浴衣やないんか」


「ん? あぁ…無くてな、浴衣」


「はぁ…祭りやっちゅうのにこの男はまったく……」


「そんなに呆れられてもなぁ…」


麗奈をからかって遊んでいた山中さんが俺に話を振ってきたと思ったらこれだ。

ため息を吐きながら、両手を広げて肩をすくめてみせる山中さん。


「あ、家が神社やったらアレ持ってるやろ、アレ!」


「袴か?」


「そうそれ! それ着てきいや!!」


「発想が相良と一緒だな」


ビシッと俺を指差して物凄い得意げな顔をしていた山中さんだが、俺がつっこむと瞬く間に顔が固まって明らかにへこんでいった。


「うそや…そこのアホと発想が同じやなんて……」


「おいこら、何でそんなにへこんでるんだよ!」


「はぁ…ウチの人生って一体……」


「てんめぇ、そこまで言うか!?」


悲哀の目で天を仰いでいる彼女に、こめかみに怒りマークを貼りつけた獣がじりじりと近づいていく。


「なんや、やんのかいな!?」


「おぉ、やってやるよ!」


ゆっくりと近づいていく相良を鋭い目つきで見ている山中さん。

おーい、相良。彼女は空手の達人だぞー、また日の丸弁当ができるんじゃないのか?


「おや、何やら面白いことになってるね」


相良も山中さんも拳を握ってゆっくりと構えている。

相良はまったくの素人だからやっぱり隙だらけ。

で、山中さんはさすが隙がない。

ぼんやりとそんなことを考えながら一触即発な二人を見ていたら、後ろから少し笑いを含んだ声が聞こえた。


「すいません、少し遅くなりました」


「いやいや、あれを見ていたから全然退屈しなかっ――」


「ふわぁー…宮野さん。すごく素敵ですー」


「やるわね…紫苑」


「ほーー」


声の主はもちろん柳、そして宮野さんも一緒だ。

二人を見ようと振り返り、その姿を網膜に写した瞬間に俺は絶句。

朝霧さんを筆頭に麗奈と山中さんが宮野さんの浴衣姿に見惚れて、ため息を吐いていた。

膝まである長い髪をさらりと風に棚引かせている彼女の浴衣は、紺の生地に控えめながらも色とりどりの花が描かれていて、派手過ぎない黄色の帯が綺麗に結ばれていた。


「へぇ…」


「おぉ…」


「「ふんっ!!」」


「「うぐぼああぁ!!」」


当然ながら自分達の周りに居る女性とは格が違うその艶やかな姿を、口を閉じることも忘れて見ている俺と相良。

しかし、余程俺たちが間抜け面をしていたのか、はたまた何か別の原因があるのか、腹に女性が放ったとは思えない衝撃。

完全に油断していたから腹に力を入れる暇などもちろんなく、顔と同じようにゆるみきった腹に激痛が走る。


「「あ…あぁ……」」


情けなくも同じ呻き声を上げて崩れていく俺と相良。


「さっ、アホはほっといて祭りに行こか」


「そうね、行きましょう。ほら、優奈も」


「えっ…あっ、はい」


俺たちを心配そうに見つめていた朝霧さんも、麗奈に背中を押されて渋々ながら歩いていく。

今更ながら説明しておこう。

実は、朝霧さんを見ると散々不機嫌になっていた麗奈だが、ここのところはそうでもない。

今も自分から触れにいったりと、なんか仲良しになったみたいだ。

おかげで麗奈の不機嫌メータはここのところ落ち着いていて、普通の修行が出来ている。

…が、今は別の理由で不機嫌に……。


「なぁ、八神…」


「なんだ?」


「女って怖ぇな…」


「同感だな…」


空手の達人に剣道の達人。

自分が武道を嗜んでいるからといって手加減するわけでもなく全力で打ち込んできた二人。

しかも、相手は全くの素人だというのに…。

腹を押さえて地面に突っ伏つしている俺たちの隣を、湿り気を帯びた風が通り過ぎて行った。






「おぉー、思っとったより盛り上がっとんなぁ!」


祭りが行われている道の入り口で山中さんが歓声を上げた。

確かに今年の祭りは去年よりも人が多いような気がする。

まぁ、去年は家族で見に来て妹の世話でそれどころじゃなかったんだけど…。


「よっしゃ、まずは祭りの時の名物、りんご飴を買いに行くで!」


山中さんを先頭にして、ずんずんと祭り街道を突き進んでいく。

麗奈と朝霧さんは山中さんの隣に陣取っていて、宮野さんは柳の隣に居る。

俺と相良はというと、さっき殴られた所を擦りながら最後尾をトボトボと歩いている。

うぅ…まだズキズキする…。


「相良、財布の用意な」


「おう、今出すぜ……………って、なにぃ!!」


おぉ、ノリツッコミ!


「何で俺がお前の財布係になってるんだよ!?」


「何や? さっきので許してもらったつもりか? 女の恨みは怖いんやで、今からあんたはウチの財布係や!」


「な、なにぃ!?」


「あっはは、ざまぁねぇな相良!」


「いいアイデアね、こっちもそうしましょう」


山中さんにしてやられている相良を笑っていると、胸を貫くような鋭い言葉が俺に届いた。


「というわけで真、私と優奈の分払っといて」


「なん――!」


「はいよ! 二つで三百円ね!!」


今まさに反論しようという時に、屋台のおっちゃんが景気のいい声とともにりんご飴を差し出してきた。


「ありがと」


「あ、おい!」


「デート代ぐらい男が持て、ボウズ!」


「はぁー…俺の財布が痩せていく……」


りんご飴を受け取ってご満悦の麗奈。

俺は満面の笑みで手を出してくるおっちゃんに、ため息を吐きながら渋々お金を渡した。


「ほな、次はあんたの番やな! おっちゃん、りんご飴一つ!」


「はいよ、百五十円だ!」


「じゃ、秀馬、よろしく」


山中さんはりんご飴を受け取るとすたすたと足を進め、麗奈たちと合流していた。


「ちっくしょう、親父! 釣りはいらねぇぜ!!」


「まいどあり!」


叩きつけるようにお金を出している相良。

ってこら、普通にお釣りがねぇじゃねぇか!


「おっ、お面やお面!」


「げっ…」


山中さんがお面を売っている屋台の前で立ち止まり、物色しはじめた。

当然の如く、麗奈も一緒に選び始める。


「ほな、ウチはこれ!」


「私はこれ」


二人が遠慮なくお面を選んでいく中、朝霧さんだけがお面を手に取ることを躊躇っている。

頼む、朝霧さん! あなただけが頼み綱だ!!


「優奈にはこれが似合うんじゃないかしら…どう、キョウ?」


「おっ、ええやん。それにしよ」


ノーーーーー!!

俺の心の叫びも虚しく、麗奈と山中さんが朝霧さんの分まで決めていく。


「ほら、紫苑も。早く選ばないと」


「あ、いえ、私は…」


抗議の声は聞き入れてもらえず麗奈に腕を引っ張られて、ゆうに百個は並べられたお面の前に出される宮野さん。

その顔は妹に袖を引かれる姉のような苦笑を浮かべていた。


「やれやれ、大変だね。二人とも」


「まったくだぜ、これじゃ俺が遊べねぇっての!」


「お前はまだいいよ…俺なんて二人分だぜ?」


相良が宮野さんに合うお面を選ぶ三人を見ながら愚痴をこぼしている。

俺はというと強制的に二人の面倒を見ることになったのだから、もはやため息しか出ない。


「こんなんどうかな?」


「やっぱり紫苑には…」


「こっちもよくないですか?」


麗奈たちは屋台に置いてあるお面を、とっかえひっかえ宮野さんの顔に近付けては三人であれやこれやと言い合っていた。

当の宮野さんはというと、特に何をすることもなくただされるがままになっていたが、三人をやさしく見ている辺りは、やっぱり一番大人なんだろうなと思う。


「よっしゃ、これでどうや!?」


山中さんの元気な声が辺りに響き渡る。

どうやら宮野さんのお面が決まったみたいだ。


「おばちゃん、こんだけちょうだい! じゃ、金は任したで、男陣!!」


そう言って屋台から離れ、各々が自分のお面を後ろ手に持つ。

支払いを指名された俺たちは、お面代しめて千六百円をニッコニコしながら手を出しているおばちゃんに手渡して、今日何度目かも分からないため息を吐いた。


「ほら、みんな早くこっち来て!」


少し離れたところに居る女性陣が、これまた笑顔で俺たちを待っていた。


「それじゃ…せーの!!」


山中さんの声を合図にして、四人が一斉に隠していたお面を取り出して装着する。


「どや!? 似合いすぎてて声も出ぇへんか!?」


「ぷっははは! た、確かによく似合ってるぜ、京香!!」


「な、なんやねん秀馬!? おかめは縁起物なんやで、バカにすんな!」


いやいや、相良が笑うのも無理はないだろう。

いくら縁起物と言ってもここでそれを選ぶとは!

しかもそれが浴衣とあまりにミスマッチでそれがさらに笑いを誘う。


「あっははは!」


相良がまだ腹を抱えて笑っている。

やべ、こっちまで釣られそうだ。


「ははは―――――」


「ふん!」


「―――――うぐぼぁあぁ!!」


「あーあ…」


笑う門には福来たるっ言うけど……………なぁ?

自分が笑われたことにご立腹なさったおかめさんは瞬速で敵を撃破、そいつは再び地面と頬を擦れ合わせることになった。


「真」


「八神さん」


相良の方にばかり視線を向けていたからか声のするほうに顔を向けると、腕を組んだ宇宙人と胸の前で手を組んでいる犬が俺を凝視していた。

ちなみに宇宙人は……よくあるあれだ。

犬に見つめられるのは可愛くて結構なんだが、宇宙人に凝視されるのはちょい怖い。


「おぉ、似合ってるな」


「そう」


「ありがとうございます」


麗奈はあっさりと朝霧さんはホッとしたような返事を返した。

相良のことがあるから下手な返事はできない…麗奈の破壊力は山中さんより上だろうからな。

にしても、お面かぶって“似合ってる”ってのもなぁ…。


「相馬さん、いかがでしょう?」


「うん、とてもよく似合ってるよ……………今すぐ抱き締めたいほどだよ」


「あ…ありがとうございます」


麗奈の後ろに居た宮野さんと柳はまた上品な世界を作ってるし。

珍しくも宮野さんの顔が赤いが………………柳め、何を言ったんだ?


「ほな準備もできたことやし、祭りを楽しむでー!」


相良を殴ってすっきりしたのか、山中さんが腕を上げて再び屋台道を闊歩していく。

かくして、既に財布に大ダメージを受けている俺と相良のことなんざ知ったこっちゃないって感じで、俺たちの夏祭りは開戦の狼煙を上げた。




………………………


…………………


…………


……



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