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Sword Master ―紅剣の支配者―  作者: 高柳疾風
第十二章 麗奈の異変、異界の変動
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第一部 宿敵

新しく加わった朝霧さん。

それをおもちゃを見つけた子供のように楽しむ山中さん。

真の周りがさらに楽しくなってきた。


それと同時に襲ってきた不完全な焔獣…。

果たして焔界では何が起こっているのか!?

「……暑い」


額の汗を拭いながら、思わずそんなことを言ってしまう。

梅雨が明けて今は七月、頭上では太陽が憂さ晴らしかとも思えるほど、灼熱の光線を地表に向けて降り注がせている。

当然のように俺たちの通学路も地獄と化しており、自転車を押す手も重くなっていくばかりである。


「ちょっと真、しゃきっとしなさい」


「暑いもんは暑いんだよ」


「“心頭滅却すれば火もまた涼し”よ」


「そんなことができるならもっと俺はできる人間になってるよ」


気のコントロールもうまくなってるよ。

しかし、上はカッターシャツ一枚しか着てないというのに、すでに絞れそうなほど汗をかいている。

背中に当たる日光が、貼り付いているそれに出来た大きなシミを突き刺し、俺の湿度が上がっていく。


「それにしても麗奈は汗をかかないな」


自転車を漕いでいないのが大きいかもしれないが、俺と同じようにこの坂を上っているのに制服は濡れてないし、顔や腕からも汗が滴っていない。

あいつの周りだけ涼しい風が来ているのかと思えるほどだ。


「そうね、よほどの運動をしないかぎりは汗なんてかかないわね」


「そういう体質なのか?」


「昔からだし、そうなのかも知れないわね」


「ふーん」


体質か…じゃあ俺の汗っかきもどっちかに似たのかな、母さんか………親父か。

どっちかって言うと、親父に似ていて欲しいかな。別に母さんが嫌いっていうわけじゃなくて、親父と似てるところがもうちょっと欲しいだけだ。

今なんて目だけだし。


「おっす、今日も暑いな」


「おっす」


いつものように相良と山中さんがやってきた。

鞄を肩に掛けて、シャツをパタパタと動かして少しでも風を送りこもうとしている相良。

で、山中さんは歩きながら寝ている。

この人も汗をかいてないな…。

てか何で寝ながら歩けるんだ?

どっかにセンサーでも付いてんのか…?


「あれ、柳はまだか?」


「そういえば見てないなぁ、先に行ってるんじゃないか?」


「あー、何かと忙しいからな、あいつ」


今は生徒会で体育祭に向けて調整が行われているらしく、柳が仕切っている所為もあって忙しいらしい。

……あれ、山中さんも生徒会のメンバーなんじゃ…?

今相良の隣で寝ている山中さんに視線を移す。


「お、おはようございます」


「ん? …あぁ、おはよう」


後ろから聞こえてきた声に振り返ると、そこには朝霧さんが居た。

きちんと真ん中分けにされた髪が、風を受けて弾んでいる。


「今日もお昼、ご一緒しても構いませんか?」


「あぁ、構わないよ」


「ありがとうございます、それでは先に行きますね」


そう言うと、みんなに会釈をしてから朝霧さんは校舎に向かって走っていった。

よく走れるな…俺なんか今走ったら多分最初の授業の半分くらいは汗の処理に追われるぜ。

事後報告になるが、朝霧さんとはほとんど毎日のように一緒に昼飯を食べている。

たまにクラスの友達と食べているようなのだが、最低でも週に三回は俺たちと一緒に居るからほとんど毎日と言ってもいいだろう。


「……ふん」


あぁ、またか。

最初に朝霧さんを見たときから、会う度に麗奈が不機嫌になっている。

俺には原因がまったく分からないのだが、これによって修業のレベルが一気に上がるから勘弁してほしい。


「レナっちも相変わらずやなぁ」


「山中さん、起きたか」


「アホ、最初から起きとるっちゅうねん」


さっきまで歩きながら寝るという妙技を披露してくれていた山中さんが、目を爛々と輝かせて麗奈を見ていた。


「別に、私はいつもと変わらないわ」


「ほー、そうか。それやったらええけどなぁ」


山中さんの言葉に、ぶっきら棒に答える麗奈。

そんな麗奈を尻目にチラリと俺の方に視線を向けてきた山中さん。


……何だ?


「まっ、学校行くまでにその不機嫌な顔をなんとかせなあかんな」


「べ、別に不機嫌になんてなってないわよ!」


「はいはい、ほら行くで」


「ちょ、ちょっとキョウ!」


山中さんは麗奈の背中を押して、先に校舎に入っていってしまった。


「何なんだ、一体?」


「まぁ、気にすんな。俺たちも早く行こうぜ」


相良に促され、俺たちも自分たちの教室に入っていった。






「あー、腹減ったー」


そう言いながら、力なく屋上に出る扉を開ける相良。


「今日は一段と暑いなぁ」


山中さんがそれに続き、みんなで屋上に出るといつも通りの配置に着いた。

ちなみに宮野さんもこの頃一緒に食べることが多くなった。

そして、これは相良情報なのだが、最近よく柳と宮野さんが一緒に居るらしい。

やっぱ付き合ってんのかな…柳は誰に対しても"彼女"って言葉を使うから紛らわしいんだよなー。


「さぁ、食おう食おう!」


相良のこの台詞を合図にして、俺たちは昼食をとりはじめる。

ここでいつも話すのは本当に取り留めもない会話。相良のアホな話に山中さんがツッコミを入れる、それの繰り返しで俺たちの昼食時間はとても楽しいものになる。


「ふぅ、ごちそうさま」


「あ、あの…八神さん」


自分の弁当をしまっていると、朝霧さんが声を掛けてきた。


「あ、明日…なんですけど……その、食後のデザートとか…作ってきても、いい…ですか?」


「……へ?」


「……………!」


一瞬、俺たち全員が凍り付き、時が止まったような錯覚を覚えた。

もちろん俺たちが静止したのは朝霧さんの所為ではなく麗奈だ。

それまで隠していた黒いオーラがすでに俺たちを包み込んでいる。


「あ、いえ! そんな…ただお菓子を作るのが好きなので試食とかしてもらえたらって思って…。皆さんの分も作りますので、その…」


「んー、じゃあお願いしようかな」


顔を赤くしてワタワタと慌てる朝霧さんは見ていておもしろいのだが、それでは話が進まないので少し強引に話を進めさせてもらう。

俺の隣からギリギリと音が聞こえるが聞こえないフリをすることにして、なんとか平静を装う。


「そうやな、ウチも賛成や」


「俺も」


山中さんと相良も俺に同調してくれ、柳たちは何も言わないが微笑んでいるところを見るといいってことだろう。


「ありがとうございます、では明日頑張りますね」


朝霧さんは顔を赤くしながらも、みんなに頭を下げていった。


「少し早いけど今日はもう戻ろうか」


朝霧さんが頭を下げ終わるのを見計らって、声を上げたのは柳。


「そうだな、暑くなってきたし、そろそろ別の場所にしたほうがいいかもな」


「じゃあ、中庭の木のしたとかどうだ?」


相良が意気揚揚と俺に提案してきた。


「涼しいのか?」


「少なくともここよりはな」


確かに、壊れた床暖房のように暑くなっているコンクリートよりはそちらの方がいいか。


「じゃあ、明日からはそこで食べようか」


みんなを見回しても、特に反対意見は出なかったので、そういうことにしよう。


「それじゃ、戻るか」


いい加減、尻が火傷しそうだ。




………………

…………

……


「それじゃ、また」


あいつの言葉を合図にみんなが自分の教室に戻っていく。

私もそのつもりだった……けど、さっきのことが頭から離れず、気付いたらあの女を追い掛けていた。


「ちょっと…」


私の呼び掛けに、そいつはピタリと足を止めてこちらに振り返る。


「水城さん? 何かご用ですか?」


「ここで話すのもなんだから、場所を変えるわよ」


半ば強引ではあるが、他人も見ているので、なるべく人気がない、校舎の裏に移動した。


「朝霧さん…。どういうつもり?」


「どういうつもりとは?」


「明日、デザートを作ってくるって言ってたわね」


「あぁ、それですか。私はお菓子を作るのが好きなんです。それで試食をしてもらいたいと思って」


朝霧さんはあくまで坦々と、事務的に答えていく。

私の視線に一歩も引くことなく、真っすぐに見つめ返している。


「それにね、水城さん――」


彼女の瞳に、力がこもった気がした。


「私は…八神さんが好きなんです」


「なっ……!」


「好きな人には尽くしたいんです」


私の瞳を真っすぐに見つめて言ってくる。

私よりも十センチ程小さな体、幼い顔にはめられた大きな瞳、そこから放たれる太い視線が私を貫いている。

その顔には一切迷いがなく、こっちが気圧されてしまうほどだった。


「水城さんは、どうなんですか?」


「…どうって?」


自分でも分かるほどに暗く、怖い声を出していた。


「八神さんのこと、好きなんですか?」


「なっ、誰があんな奴!」


「じゃあ、私が八神さんの隣をもらいます」


「そ、それはダメ!!」


咄嗟に私の口が動いた。

正に条件反射、自分の意思とは関係なく勝手に言葉が出ていた。

しかも、何でこの言葉が出てきたのか、自分でも分からない。


「なぜですか?」


「それは……」


口を開けても次に続く言葉が出てこない。

言いたいことは一杯あるはずなのに、体が言うことを聞いてくれない。


「とにかくダメなものはダメなの!」


「イヤです、私は八神さんの隣に居たいんです!」


彼女の声も次第に大きく、荒くなってきた。


「真のこと、何にも知らないくせに!」


「これから知っていきます! それに、あなたは八神さんのことを知ってるんですか!?」


「わ、私は……」


あれ、どうしてだろう。体が、口が、固まってしまった。


「う、うるさいうるさい! とにかくダメ!!」


「ダメじゃないです!」


「……………」


「……………」


誰も居ない校舎の裏、大人しくて絶対負けないと思っていた相手に気圧されて私はただ彼女の眼を見ることしか出来なくなっていた。

そして、私たちはそのまま次の授業開始まで睨み合い続けていた。


………………

…………

……




「ふぁー、よく寝た」


カバンを持って、頭をボリボリと掻きながら相良がいつものようにやってきた。


「お前、午後の授業全部寝てたろ」


「まぁ、そんなことは気にせずに帰ろうぜ」


俺の肩をバシバシと叩きながら、相良は陽気に歩きだした。

こいつ…先生に当てられてるのに寝てて気付かないくらい爆睡してやがったしな。

しかも、イビキまでかきやがって…。


「あれ? 京香、何やってんだ?」


「なぁ、レナっち来てへん?」


俺たちの教室の入り口で、山中さんがキョロキョロと辺りを見回していた。


「麗奈ちゃん? いや、来てないぜ」


「そうか」


「麗奈がどうかした?」


堪らず二人の会話に割って入った俺。


「いやな、終わったと同時に出ていったから、もしかしたらこっちに来てるかなぁ思て」


「うーん、先に帰ったかなぁ」


「まぁ、別に用事があるわけやないし、構わへんねやけど…ちょっと気になってな」


そう言うと、山中さんは少し考えるような仕草をして


「ずっと何か考えてるっちゅうか、悩んでるっちゅうか…そんな感じや」


「ふーん」


なんかよく分からないが、とにかく会ったら聞いてみよう。


「まっ、思い過しやと思うんやけどな……さっ、帰ろ帰ろ」


山中さんは、今の空気を吹き飛ばすように苦笑いを浮かべて歩きだした。

柳は生徒会の仕事があるからと一緒には帰れなかった。

山中さんは今のイベントの運営には参加してないから忙しくないらしい。

ってことで、帰りは俺と相良と山中さんのスリーショット。

この面子だと絶対麗奈のことでからかわれると思っていたが、以外にも相良と山中さんが真面目に部活の話をしていた。

どうも夏休みに合宿があるらしい。


「じゃあな」


「またな」


「また明日」


そして、いつものように坂の入り口で別れる。


「ふぅ…それにしても麗奈の奴、どうしたんだ?」


自転車を漕ぎながら、さっきの山中さんとの会話を思い出す。


「悩みねぇ…」


あいつが悩んでいるところがいまいち想像できないが、山中さんの言うことが間違ってるとも思えない。


「うーん、何かやったかなぁ……………おっ?」


記憶を引っ掻き回して原因を考えていたら、歩いている麗奈を見つけた。


「よっ、珍しいな先に帰るとは」


「……………」


麗奈は一瞬俺に視線を向けたが、すぐに戻して少し足を早めた。


「お、おい!」


突然のことで驚いたが、山中さんの言う通り、どうも麗奈が変だ。


「ちょっと待てって! どうしたんだよ!?」


「……ついてくるな!」


「なっ……あっ、おい!」


俺を一喝したと思ったら、麗奈は闘牙を解放して去ってしまった。


「何だ、一体?」


自分で何をした覚えもない俺は、その場に立ち尽くしてしまった。


『一体どうしたのだ、麗奈殿は』


「さぁ、さっぱり分からん」


原因が分からないのでどうしようもない。


「ひとまず帰るか…」


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