第二部 紅蓮
間違いない、焔獣だ!
…どういうことだ? 気配は近いのに姿が見えない!
「おい、何だあれ!?」
周りをキョロキョロしていると相良が突然声を上げた。
視線は空へと向かっていて、見るとそこには何か巨大なものが居た。
立ち竦む俺の視界を塞いでいくそれは、けたたましい地鳴りと土埃を起こして降り立った。
『紅の者、私と勝負しろ!!』
視界が晴れて姿を現したそいつは、今までとはまったく違うタイプの焔獣。
体の白い狼といえば分かりやすいだろうか、今までは甲殻系だったのだがこいつにはそういう鎧はない。
「な、何だこいつ!?」
相良も柳も初めて見る焔獣に驚きと戸惑いを隠せないようだ。
とにかく麗奈が来るまでこいつらを護らないと。
「相良、柳、逃げるぞ!!」
二人を一刻も早くこの場から遠ざけるに腹の底から叫ぶ。
「あ、あぁ!」
「わ、分かった!」
間違ってもこいつらを巻き込むわけにはいかない…。
奴が追ってきているのかどうかなんて分からない。
ただ、この坂を下って少しでもこいつらを危険から遠ざけなければならない。
麗奈みたいにまだ相手の気をうまく把握することができない俺にできるのは、
ひたすら走ってこいつらを逃がすことだけだ。
よし、ここまでくれば……。
「お前ら、頑張って逃げろよ」
「どうした、八神! 逃げねぇと殺られるぞ!!」
突然足を止めた俺が放った一言に、相良が不審がって突っ掛かってくる。
「行くぞ、蒼炎!」
『承知した!』
それを制すように二人の目の前で蒼炎を解放する。
「何だよ、その刀」
「安心しろ、絶対護ってやるから。お前らはそのまま逃げろ、いいな!!」
「おい、八神ー!!」
悪いが説明している時間はないので、それだけ言って地面を蹴り、焔獣のところに戻る。
追い掛けるつもりが無かったのか、こうなることが分かっていたのか、焔獣はさっきの位置に止まっていた。
「くらえぇぇ!」
空から刀を振り下ろし、焔獣目がけて突っ込む。
『ふっ、甘いわ!』
ズドンと音を起てて着地をしたが、躱されてしまった。
「ちっ、やっぱり今までの奴らとはスピードが違う!」
最初に来たときに思ったが、こいつはスピード型の焔獣だ。
『仲間を逃がすか…見上げた正義心だな』
「関係のない奴は巻き込まない…お前に、あいつらを傷付けさせない!」
『面白い! ならばやってみろ!』
二人を逃がし、焔獣の元に舞い戻ったはいいが場所がまずい。
いくらなんでも通学路で闘うわけにはいかない。
なんとかして人気のないところに移動しないと…。
じりじりと間合いを詰めてくる焔獣に気を配りながら、人気のない場所を考える。
…そうだ、あそこなら……。
「はっ!」
『ぬっ!? どこへ行く紅の者!!』
斬りかかってくると思い込んでいる焔獣は、突然あらぬ方向に跳んでいく俺に戸惑っている。
「こっちで勝負だ!!」
『何!? 待てー!!』
よし、追ってきた!
通学路の横にある雑木林を走っている俺は、後ろから来る焔獣に安堵した。
学校に近いとはいえ、この雑木林はだだっ広くて手入れなんか一切されていない、まさに無法地帯。
ここが多少どうなろうが誰も気にしないはずだ。
「…ここらでいいか」
腐った木が何本か倒れている少し広い場所で足を止めた。
習ったばかりの構えで焔獣を迎える。
『墓場選びは終わりか?』
少し後からやってきた焔獣は、身体を震わせて枝葉を落とし、殺気塗れの眼で俺を射抜く。
「あぁ、貴様の墓場選びがな」
『ふん! ――行くぞぉぉ!!』
その巨体からは想像出来ない速度で目の前に迫ってきた。
俺は跳んでそれを躱し、焔獣の横腹に刀を打ち込む。
『ぐっ…』
「よしっ!」
鋭い爪の最初の一撃を上手く切り返せた。
斬ったときにも腕の震えはほとんどなかった。
でも、やっぱこの感触はいけすかないな…。
蒼炎に付いた奴の血といい、肉を斬り裂く感触といい、やはり慣れるもんじゃない。
「こんどはこっちから行くぜ!!」
すかさず地面を蹴り、奴の頭上から思い切り蒼炎を振り下ろす。
『ぬぅ…』
「くっ…」
『ぬぅりゃあぁぁ!!』
「ぐっ!!」
重力を利用した一撃を奴は両手の爪で受け止め、力任せに俺を弾き飛ばす。
『くらえぇぇ!!』
宙を舞う俺を目がけて焔獣が地面を蹴る。
持ち前のスピードですぐさま間合いを詰められ、鋭く尖った爪が再び俺に襲いかかってきた。
「はぁっ!」
蒼炎で迎え撃ちながら、反動を利用して間合いを取って着地した。
『なかなかやるな、紅の者』
「俺を見くびっていたお前の負けだ」
『…よかろう、ここからは本気で相手をしよう』
刀傷に血を滲ませながら、全身に力を込めていく。
それまで無かった禍々しいオーラが全身から沸き上がっている。
『うおぉぉ! 行くぞ!!』
「来い!!」
焔獣が今まで以上のスピードで跳び、鋭い爪が向かってくる。
「くっ…!」
『ぬうぅ…!』
ビュンという空を切る音を発てて襲いくるそれを刀でなんとか受けとめる。
『こっちも食らえ!』
「食らうかー!!」
もう片方の脚が襲ってきたが、今受けている脚を払って上空に躱す。
『ちっ!』
「どおりゃあぁ!」
『ふん!』
空中で体勢を変えながら攻撃を繰り出す。
お互いが攻撃をしては防御するという結構な好戦を披露している。
麗奈の特訓の成果が出たのかな……?
『正直ここまでてこずるとは…ならば、これでどうだ!!』
「うわぁ!?」
突然口を大きく開いたかと思ったら、そこから火の玉を吐き出しやがった。
「せこいぞ!」
『これも私の能力だ!』
次々に飛んでくる火の玉を躱しながら奴に近づく。
「ここだぁ!」
『ふん、甘いわ!』
「くっそぉ!」
『まだまだ…これでどうだ!』
「なっ!」
『食らえぇ!』
俺の攻撃を受けとめている爪の先で大きな口が開かれ、至近距離から火の玉が吐き出される。
「うわあぁぁ!!」
さすがに防ぐこともできず、正面からまともに炎を浴びてしまった。
「がっ…」
そのまま吹き飛ばされ、たいした受け身も取れずに地面に叩きつけられる。
『終わりだ紅! なかなか楽しめたぞ!』
動けない俺に近づいて再び大きな口が銃口のように開いていく。
そこで作られる今までで一番大きな火の玉。
「ちくしょう…動けよ体」
やはり受け身を取れなかったのが影響しているのか、衝撃で身動きができない。
『じゃあな、紅!』
「くっ…」
「うおりゃあぁぁ!!」
『んっ!?』
突然響いた聞きなれた声。
そいつは棒切れを持って突っ込んでくる。
「相良…あのバカ…」
『ふん、仲間を想う故か…』
それまで俺の方に向けていた口をぐるりと回転させる。
「おい…まさかてめぇ…」
『まとめてあの世に送ってやる!』
大きくなった火の玉を何の躊躇もなく二人目がけて吐き出した。
「うわぁ!」
「ぐっ…」
持っていた棒は焼けて無くなり、逃げる術を持たない生身の二人はその場に倒れ込んだ。
「柳…相良…………貴様ぁあぁぁ!!」
その姿を目の当たりにした瞬間、俺の中の何かが一気に熱くなるのを感じた。
“体が熱い…燃えてるみたいだ!”
『真殿!』
激しい怒りの中にいる俺の頭に、蒼炎の感嘆にも、驚愕にも似た声が響いた。
『自分の体を良く見ろ!!』
その言葉に少し理性を取り戻した俺は視線を奴から自分に向けた。
「体が…炎に包まれてる……?」
驚いたことに自分の全身が真っ赤な炎に包まれていた。
しかし、焼かれているような熱さは感じない、ただ――
「…どんどん力が湧いてくる」
『我の力が真殿の中で蠢いているのだ。コントロールさえできるようになればそれも治まる』
体の痛みも和らいでいる、しかも羽みたいに軽い。
『ちっ、目覚めたか!!』
焔獣が再びこちらを見て、火の玉を作り始めた。
「させるかぁぁ!」
『食らえぇ!』
「だりゃあぁぁ!」
『ば、ばかな……ぐわあぁぁ!!』
焔獣を火の玉ごと真っ二つに斬った。
斬られた焔獣は大地を揺るがすような叫びだけを残して砂のようにサラサラと消えていった。
「はぁ…はぁ…」
『お見事であった、真殿』
「はぁ…そうか…でも、もう…立ってられない」
俺を纏っていたものが消えた瞬間、体が鉛のように重くなり、その場に大の字になって寝転ぶ。
『気をコントロールできずに使い果たしたのだ、しばらくは動けぬ』
「あぁ、そうみたいだ」
今は指一本動かすのも嫌なほど体を動かせない。
『ほう、それはいいことを聞いた』
「…っ!」
『もう一体居たのか!』
俺の頭上に焔獣が浮かんでいる。
いつから居た!? あいつに混じって気配が感じられなかったか!!
『安心しろ、一撃でやってやるよ』
「くっ…」
刀を握ろうにも腕に力が入らない。
「ダメか…」
もはや俺に打つ手は無くなってしまった。
『くたばれ!!』
翼を持つそいつが一気に急降下してくる。
「くそ…」
「よそ見してちゃいけないよ…」
『! き、貴様、何者――ぐわあぁぁ!!』
突然俺の視界は影に覆われ、それと同時に焔獣の気配がなくなった。
それはほんの一瞬の出来事で、視界がぼやけている俺には太刀筋すら見ることが出来なかった。
「お前は…一体…何……者…だ…」
薄れゆく意識の中で、なんとか言葉をひねり出した。
しかし、それを言ったところで俺の頭は深い闇に落ちて、相手の言葉を聞くことはできなかった。
いかがでしたでしょうか?
ご意見、ご感想をお待ちしております。
さて、蒼炎の力を目覚めさせることに成功した真。
しかし、二体目の焔獣を倒したのは一体誰なのか…?
それは味方なのか、はたまた敵なのか…?
次話を乞うご期待ください!!