第二部 仲間
「ほれ、鞄貸せ」
「あら、分かってるじゃない」
俺が伸ばした手に当たり前のように鞄を渡し、自転車の後ろに回り込む麗奈。
「お前の考えてることぐらい分かるっての。それとな、二人乗りするのは坂の入り口までだからな」
「何でよ?」
それまで上機嫌だった麗奈が一気に不機嫌になったのが分かる。
「生活指導の先生に見つかったら面倒くさいだろうが」
「…分かったわよ、ケチ」
口を尖らせていたが、とりあえず納得したようで自転車の後ろに跨った。
「それじゃ、行くぞ」
ペダルに足を置き、学校に向かって漕ぎだす。
……俺、もしかしてずっとこれやんのかな?
ふとそんなことが頭を過ったが、考えても疲れるだけなので忘れることにしよう。
「ほれ、降りろ」
坂の入り口で自転車を止める。
「ふん、分かったわよ」
「…やっぱ不機嫌になってやがんな……」
鞄なんぞ持つ気配すら見せず、ただ淡々と坂を登っていく麗奈。
その背中を見て一度肩をすくめてから俺は自転車を押して後を付いていく。
「まったくとんだお嬢様だな…」
そんなことを言いながらふっと空を見上げる。
透き通った青空に散り始めた桜の花びらが舞い、爽やかな朝を演出してくれている。
「…自分が殺したみたい……か」
今朝の麗奈との会話がふと脳裏に蘇る。
「…あーあ、思い出しちまった」
ついさっき蒼炎に話した、幼き頃の最悪な思い出が再び頭を巡る。
「けっ、気分が悪い」
見上げりゃ分かる気持ちいい朝とは逆に、俺の心が曇っていく。
「おはよう、八神」
その所為で俯き掛けた俺の肩をポンと叩いて柳が顔を出した。
今日の天気に負けない爽やかオーラを発しているこいつがいやに眩しくて、一瞬言葉を失っていた。
「ん? どうかした?」
「いんや、何も…」
「そう? あれ、なんで鞄が二つ?」
「あー、あれだよ、あれ」
アゴでクイッと前を歩く奴の背中を指す。
「あぁ、水城さんのか。…ふふっ、ずいぶんと仲がいいんだね」
「どこをどう見たらそうなるんだよ?」
「だって、自分の荷物を他人に預けるなんて、その人を信頼していないとできないじゃない」
「ふーん、そんなもんかねぇ」
俺をまっすぐに見つめながらそう言われ、思わず納得してしまった自分が居た。
「おーっす、八神、柳!」
「おぉ、相良」
「おはよう」
後ろから聞こえたハイテンションな声に振りかえると、元気に肩から鞄を下げている相良が居た。
「あれ、八神、何で鞄が二つあるんだ?」
「あぁ、あいつのだ」
俺たちの会話に何の反応も示さず、ただ学校に向かって闊歩している麗奈の背中を指差す。
「何ぃ! 八神、いつの間に麗奈ちゃんとそんな仲になったんだ!?」
「別にお前が考えているようなことにはなってねぇっての!」
「嘘つけ! じゃあなんでお前が麗奈ちゃんの鞄を持ってんだ!?」
俺につっかかってくる相良を遠ざけようと奴の肩をグイッと後方に押しやる。
てか、朝からそんなにでかい声を出すんじゃねぇ、頭に響くぜ。
俺がそんなことを考えていると――
「ちょっと、うるさいわよ。私は真に鞄を持たせることに決めてるの。分かったら静かにしてちょうだい」
前を歩いていた麗奈がクルッと振り返り、不機嫌な顔全開で俺たちに向かって言い放った。
そして、ポカンとしている俺たちを残して、何もなかったかのようにまた前を向いて歩きだす。
「…おい、なんでお前が選ばれたんだ?」
「そんなもんこっちが聞きたい」
静かになった相良が俺につぶやく。
俺はそんなことにまともに答える気もなく適当に流した。
「やっぱり仲良しだね」
「俺は執事になった気分だけどな」
柳の言葉も適当に聞き流し、ちょうど学校に着いたので駐輪所に向かう。
鞄を二つ持って戻ってきた俺を相良の嬉しそうな声が出迎えた。
「じゃあ、お昼に迎えに行くね!」
「なんの話だ?」
「お昼を一緒に食べましょうって話しよ。たまには違う人と食べるのもいいと思ってね」
「さっ、もうそろそろ予鈴が鳴るよ。早く教室に向かおう」
真面目な柳の言葉に、俺たちはそれぞれの教室に向かって足を進める。
気分ルンルンな相良は俺の席で緩んだ顔を見せつけやがる。
「よかったな、相良」
「あぁ、でも今日はまだ八神と柳も入れて四人で食うんだけどな」
「え、俺たちも一緒なのか?」
「水城さんがね、僕と八神も一緒ならいいってさ」
てっきり二人で食べるんだとばかり思っていた俺に柳が説明してくれた。
「てことだ。八神、柳、うまくやってくれよ?」
「気が向いたらな」
「考えておくよ」
意気揚々と自分の席に戻っていく相良を見送って授業の準備をする。
「八神はずいぶんと水城さんに信用されているようだね」
「そうか? 俺にはそうも思えんがな」
「そのうち分かるよ」
「そんなもんかね」
柳の不思議と説得力のある言葉を受けながら一時間目の先生が来るのを待っていた。
そして、相良念願の昼休み。
「おっしゃあ、行くぜ!!」
昼飯なのか、コンビニの袋を振り回さんばかりの勢いで相良が教室から出ていく。
「さてと、俺たちも行くか」
「うん」
俺と柳はそれぞれお弁当を持って屋上に向かう。
「しかし、わざわざ屋上で飯を食わなくても――」
「こら秀真、何しに来た!?」
「うるせぇ、お前に用はねぇ!」
俺が愚痴っていると相良に噛みついている女子の声が聞こえた。
「あぁ、あれは山中さんだね」
柳がさっと説明してくれる。
「山中さんは生徒会のメンバーでね、何でも相良の幼なじみらしいよ?」
「へぇー」
あいつに幼なじみが居たとは知らなかった。
何で最初行ったとき会わなかったんだろ?
「それは山中さんがたまたま教室に居なかっただけじゃない?」
「うお! 心読まれた!?」
柳が俺の考えてることを見事に的中させたので思わずビビッた。
「八神は顔に出すぎだよ、何考えてるのかすぐに分かる」
「そうか、下手なことはできないな」
柳の凄さを再認識して、後ろの騒ぎ声を聞きながら屋上に向かった。
で、屋上に全員集合したのはいいのだが
「おい、相良、眉間の皺をどうにかしろ」
「本当なら舞い上がるほど上機嫌なんだがな」
地べたに直接座っている相良の機嫌がすこぶる悪い。
まぁ、原因は察しがつくが…
「お、あんたが八神か? 話はよう聞いてるで!」
関西弁の活発少女が俺に食い付いた。
「あたしは山中京香! 秀真とは中学からの腐れ縁や、よろしゅうな!?」
薄茶色のショートカットがよく似合っていて、麗奈ぐらいの細身の人だ。
さっと手を出して、握手を求められる。
「よろしく、麗奈と仲いいの?」
差し出された手を握り返して、こちらから質問する。
「うん、レナっちが転校してきてからずっと仲がええねん!」
“なっ”と、麗奈の方を向く。
「最初に話し掛けてくれたのがキョウだったから、何かと話してるうちに仲良くなったのよ」
手に持った弁当を膝に置いて、麗奈が口を開いた。
「へぇ、そうなのか」
正直、麗奈にこんな活発な友達がいるとは思わなかった。
「おい相良、まだ皺が残ってるぞ?」
何もかもが納得できないような顔で俺を睨んでいる。
「うるせぇ、この配置に納得できるか!?」
やっぱり不機嫌な理由はそれか。
屋上に来て真っ先に座った相良の周りに俺たちが座っていったのだが、俺の右隣に柳、左隣に麗奈、そして対面に相良、その右隣に山中さん、って感じになってる。
「何でこうなったんだ?」
「あんたがレナっちにイタズラせんようにウチが監視しとんねん」
相良の隣で山中さんがニヤリと口を歪めている。
「それにな、レナっちには八神がおるやろ!」
「は?」
突然指を差されて目を丸くする俺。
「何でお前にそんなことが分かるんだよ!?」
相良が負けじと反論している。
「ホンマに観察力がないなぁ、弁当をよう見てみい!」
山中さんの言葉に、みんなが俺たちの弁当に注目した。
「な゛っ!」
「あっ…」
「おや?」
「げっ!」
山中さんの言葉でやっと俺も麗奈の弁当に目を向けて思わず声を上げてしまった。
「二人とも弁当の中身が一緒や、これを見て偶然と思うんか!?」
山中さんの問い掛けが聞こえていないのか、相良は固まっている。
「レナっちも隅に置けへんなぁ、さっそく彼氏作るとは」
「なっ、誰がこんな奴を!」
したり顔の山中さんに麗奈が突っ掛かる。
麗奈は恥ずかしいのか知らんが顔が赤くしている。
「お弁当が一緒なのは真のお母さんが作ってくれたからよ! ……あっ」
…言っちまいやがった。
「ほほう、親公認かいな。これはますます秀真が入る隙間が無いなぁ」
山中さんの目が怪しく光っている。新たなイジリ要素を見つけて喜んでいるようだ。
ここは俺がなんとかせねば。
「じ、実はだな――」
ちょっとばかり大きな声を出してみんなの意識を集める。
「ウチの母さんが麗奈を気に入ってな、えーっと…そ、その勢いで弁当を作ったんだ!」
「そ、そうよ! だから、中身が一緒でも別に不思議じゃないでしょ?」
麗奈も慌てて俺に同調する。物凄い適当な言い訳だがダブルスマイルなんとか誤魔化したい。
「ふーーん」
笑顔で固まっている俺たちをジト目で見ていた山中さんだったが
「まっ、そういうことにしといたるわ」
どうも納得してないようだが、手を引いてくれた。
俺と麗奈は分かりやすく安堵のため息を吐く。
「おーい、秀真ぁ。起きてるかぁ?」
どうやら今度はさっきから固まったままの相良をイジることにしたようだ。
山中さんが手を振ったりしているがまったく反応しない。
かなりのショックを受けたようだ。
「こーらー、しゅーまー。可愛い幼なじみが声掛けとんねんぞー」
耳元で話し掛けられているのだが無反応を貫く相良。
「しゃあないなぁ――」
少し離れて空気を胸一杯に吸い込む山中さん。
「起きんかい、アホー!」
「うおおぉぉ!?」
耳元で叫ばれたことでようやく相良が目覚めたようだ。
「何すんだ、このボケ!?」
「あんたがいつまでも起きんから起こしてあげたんや」
仁王立ちになって相良を見下ろしている。
「もうちょっとやり方あるだろ!?」
「やったけど起きんかったのはあんたやろ?」
あかんべをしながら走りだす山中さん。
「今日という今日はぶっ飛ばす! 待ちやがれ!!」
「おぉ、相良が元気になった」
その様子を見ながら弁当に箸を付ける俺。
「さすが山中さん、相良を扱い慣れてるね」
優雅にサンドイッチを口に運びながら、柳が二人を微笑ましく見ている。
こいつは何をやっても画になるなぁ。
「まぁ、いいや。今のうちに飯食おう」
目の前の光景を楽しむのもいいが、残念ながら時間が限られているからな。
俺たちは思い思いに昼飯を食い始めた。
「それにしても山中さん足速いなぁ」
「確か陸上部に入ってるって言ってたわ」
同じおかずに舌鼓を打ちながら、麗奈が口を開いた。
「へぇ、同じ陸上部の相良でも追い付けないなんて凄いな」
短距離なら敵なしのあいつが山中さんを一向に捕まえられないでいる。
「長距離ランナーだから、キョウは。速い上に体力あるわよ」
確かに、さっきからずっと走り回っているのに全然ペースが落ちていない。
それに比べて相良は…
「あ、ばててきてるな」
足元が段々おぼつかなくなってきた。
「さて、そろそろ教室に戻ろうか」
柳が荷物をまとめて立ち上がる。
「そうね、もうすぐ授業始まるし」
それに続くように、麗奈もお弁当をきれいに包み直して立ち上がった。
俺も釣られるように立ち上がり、3人で教室に向かう。
「相良ー、先に行ってるぞー!」
階段を降りる手前でまだ追い掛けごっこを続けている二人に声を掛ける。
「おう、分かった! ……って、なにいぃぃ!?」
「もうそんな時間なん!?」
相良と山中さんが驚いたようにこちらを見てから時計を見ている。
「秀真、あんたの所為でお昼ご飯食べられへんかったやん!」
「あぁ!? 俺だって食ってねぇよ!」
どうやら言い争いにチェンジしたらしい。
俺たちが階段を降りている後ろから、ギャアギャアと声が聞こえる。
「じゃあな」
「ええ、また後で」
校舎内に戻った俺たちはそれぞれのクラスに戻った。
「しっかし、相良に幼なじみがいたとはびっくりだな」
自分の席に座って、柳と話している。
「僕も彼女から聞いたときは驚いたよ」
机の上に肘を突き、お決まりのポーズを取って答える。
―キーン…コーン……カーン…コーン―
午後の授業開始を告げるチャイムが学校中に響き渡る。
「おっしゃあ、セーフ!!」
それと同時に相良がパンを片手に入ってきた。
「おぉ、間に合ったか」
ほんの数分しか無いはずなのに、屋上から教室まで間に合うとは。
その辺やっぱり俊足の持ち主だな。
席に着くと、猛スピードでパンをかじりだした。
おぉ速い、あそこまで俊足か…よく分からんが目が合ったので答えてやろう。
お互い親指を立てて相手に向ける。…ホントになんだよ、これ?
「よーし、授業始めるぞ」
ちょうど先生も入ってきて授業が始まった。