年末年始
年末年始という言葉は、どこか祝祭的で温かい響きを持っている。しかし私にとってそれは十四日間途切れることなく続く労働の別名だった。
朝と夜の境目が曖昧になり体の中にある時計は静かに壊れていった。靴を脱ぐたびに疲労が床に落ち拾い集める気力さえ残っていなかった。
それでも仕事は終わり、ようやく今日は休みになった。
目覚ましをかけずに眠り湯気の立つコーヒーをゆっくり飲む。窓の外では季節が何事もなかったように進んでいる。ニュースも予定も今日は私を急かさない。ソファに身を沈め音楽を一枚かける。意味のない旋律が意味のない疲れをほどいていく。読みかけの本を開くが数行でまぶたが重くなる。それでいいのだと自分に言い聞かせる。休むことも立派な行為なのだから。
時計の針が進む音だけが部屋の輪郭を確かめている。体はまだ重いが心は少し軽い。午後の光がカーテン越しに揺れ私はそれを眺めている。深呼吸を一つして明日のことは考えない。静かな時間が私の背中をそっと支えてくれる。今日は自分を責めない日にする。
外の世界は忙しいが、この部屋だけは例外だ。カーテンの影がゆっくり動き時間は柔らかくほどけていく。今日はただ休む。それだけで十分だ。誰にも追われず何者にもならず私はここにいる。その事実が静かに呼吸を整えてくれる。この休息が、また歩き出すための余白になる。そう信じて今日は眠る。静かに。今。。




