やさしさの影にて
今日から透析のベッドを離れあの簡素で、どこか人を戒めるようなチェアー(椅子)で透析を行うことになる。
理由など誰も言わない。だが私は胸のどこかで薄々感じている。
——数日前、止血に失敗し白々としたベッドを滑稽なほど赤く染め上げてしまった、あの一件のせいではないか、と。
しかし、それを裏づける根拠などどこにもない。ただ私のいつもの悪い癖、卑屈な想像がふくらんでいるだけなのだ。
看護師は穏やかに笑って言った。
「SALTさんは、よく本を読んでおられるからチェアーのほうがオススメですよ」
そう言われると私はますます逃げ場を失う。
誉め言葉のようでありながら、その裏にほんのわずかな配慮の影を感じてしまう。
私はどうにも他人のやさしさを素直に受け取ることができない質なのだ。
本を読むからチェアーが良い。
私は胸の中で冷笑しながら、それでも看護師の柔らかな言葉を否定できず、ただうなずいてしまう。
人は弱いとき、たとえ嘘だとしても、やさしい言葉のほうへ寄りかかってしまうものだ。
移動の理由など、きっと単なる配置の都合なのかもしれない。
それなのに私は心のどこかで罰を期待し逆にそれによって救われようとしている。
あの赤い血の痕跡が、いまだに私を責め立てているのかもしれない。
新しいチェアーは、どこか冷たく、そして妙に静かだ。
私はそこへ腰を沈めながら、ひとつだけ確信している。
——自分の弱さこそが今日もまた私をこのチェアーへと導いたのだ。




