信号待ち
私は車の運転をしていて赤信号で止まっていた。
それはもう見事なほどに、びくともせず止まっていた。
前を見据え、やる気も根気も何もかもを失った魚のように、ただただ停止していた。
信号が赤だったからではない。
もはや人生が赤だったからである。
すると背後からパトカーが現れた。
サイレンは鳴らさず、ただ静かに確実に私の背中に死刑宣告のような気配を運んできた。
バックミラーを覗くと、そこには警察官の顔。
睨んでいる。じっと。
私の全存在を否定するような目で睨んでいた。
そして警察官はスピーカーを使い私に話かけてきた。
ああ、もうだめだ。
捕まるのだ。
きっと知らぬ間に何か法律を破ったのだ。
歩道の雑草を踏んだのかもしれぬ。
あるいは生きていること自体が罪なのかもしれぬ。
そうだ私は国家にとって不都合な存在だったのだ。
見せしめである。これは公開処刑である。
そう覚悟を決めた、そのとき。
「……信号、青になってますよー!」
――は?
……ああ……そうか。
私は……ただのアホだったのか。
何ということだ……!
警察に咎められるほどのことなど何一つしていなかった。
ただただ青信号に気づかず止まりつづけていた、それだけだったのだ。
人が人生で犯す最大の過ちは何もしていないことだというがそれを地で行った私。
何もしていないという罪で警察に声をかけられた哀れな人。
私は顔面から魂が蒸発するのを感じながら、ゆっくりとアクセルを踏んだ。
周囲の車の視線が痛い。パトカーのスピーカーがまだ頭の中で木霊している。
助手席にはいない誰かが笑っていた。
見たか、これが青信号を無視した人の末路だよ。
笑ってください。
どうぞ笑ってください。
これが私の交通社会への最終的敗北でございます。
――それにしても。
青信号って、あんなに緑だったんですね。
目に染みるほど緑だった。
人生で一度も見たことのない種類の、やけに眩しい緑だったのです。






