第十三幕 盛宴の裏にて、孤独は囁く
つね「えっと……司ちゃん?」
司「はい、つねさん。何でしょう?」
つね「その……今日は本当に、ありがとうね。勇さんのために、いろいろ支度してくれて……」
司「いえ、役目ですから」
つね「あの……でも、正直に言ってもいい? その……司ちゃんって、やっぱり勇さんの“妾”さんなの?」
司「は? 違いますよ」
つね「えっ!? でも、みんな“司ちゃんは家のことを全部仕切ってて、勇さんにも遠慮がなくて、夜も――”」
司「夜も、なんですか?」
つね「……お布団とか、用意してるのかなって」
司「それは家事の一環です」
つね「じゃあ……勇さんの“本命”は?」
司「それはもちろん、つねさんですよ」
つね「ほ、ほんと……?」
司「はい。私はただの剣の係と雑用係ですから」
つね「そ、そっかあ……(でもやっぱり、ちょっとドキドキするなぁ……)」
司「……(どうやったら誤解が解けるんだろう)」
――盛大なる祝言と、影の立役者――
その朝の試衛館は、普段の喧騒をさらに三倍に膨らませたような熱気に満ちていた。大広間には色とりどりの祝い酒が並び、門前には羽織袴に身を包んだ客たちが途切れなくやってくる。縁起物の鯛に山盛りの団子、煮しめに赤飯……まさに「これでもか」と言わんばかりのご馳走が、台所の板の間を埋め尽くしている。
私はというと、割烹着に手拭いを巻いて、朝から台所で指揮を執っていた。祝い膳の仕切り、配膳の段取り、来客名簿のチェックに急な手土産の詰め合わせ――やることは山ほどあったが、不思議と手際よくこなせるのは、自分でも感心するほどだった。
(プログラム起動中、といったところかな)
料理を一品ずつ確かめ、火の番をしながら指示を飛ばす私の脳内は、まるで複数の時計の歯車がぴたりと噛み合っているようだった。焦りも迷いも、ほとんどない。……代わりに、何も感じていない気もした。
ただ、そういう“もの”だと自分に言い聞かせて動くのは、もはや日常の一部だった。
そんな私の耳に、ひときわ明るい声が飛び込んできた。
「司ちゃん! これ、お重の蓋はどっち向き?」
振り返ると、そこには白無垢姿のつねさんが立っていた。花嫁衣装のまま、お重を両手に持って台所に入ってくるその姿に、思わず動きを止めてしまう。
「あの……つねさん、それ、花嫁さんのやる仕事じゃないです。席で座っててください」
「でもね、みんな忙しそうだったから……どうしても手伝いたくなっちゃって」
ぽわぽわと微笑むその様子に、私はどう返していいか分からず、ただ困ったように笑うしかなかった。
それでも、つねさんは「ねえ司ちゃん」と何度も声をかけてきて、最後には「受付も、一緒にやろう?」と頼み込んできた。
「わかりました。じゃあ、一緒にお願いします。でも、くれぐれも転んだりしないように……」
「うん、任せて!」
この日のために何度も稽古したという「花嫁の歩き方」は、やっぱり危なっかしい。だが、その天然ぶりが場の緊張を和らげているのも事実だった。
――歴史の人物、続々――
祝言の受付係というのは、想像以上に慌ただしい仕事だった。
名簿を広げ、祝儀袋を受け取り、一人ひとりに挨拶する。その手順は、台所での段取りよりもはるかに神経を使うものだったが、不思議と苦ではなかった。むしろ、与えられた役割を完璧にこなすことで、「わたし」という存在がようやく実感できる――そんな気さえしていた。
そんな私の前に、次々とお客が現れる。
まず最初に姿を現したのは、桂先生。控えめで整った顔立ち、凛としたたたずまい。何より、その眼差しにはまるで宝物でも見るかのような熱が宿っていた。
「司さん……本日も、実に美しいですね」
相変わらずの直球。私は笑って頭を下げる。
「桂先生、本日はお忙しいところ、ありがとうございます」
「とんでもない。君の姿を見ることができただけで、今日来た甲斐がありました」
――……いつものことだ。
桂先生は私を見るときだけ妙に真剣で、私が思うよりもずっと“熱量”が高い。たぶん、それがこの人の癖なのだろう。私は、プログラムされたような微笑みで返すことにしている。
続いて、若い男が受付に現れた。
桂先生とは対照的な快活さ、やや無遠慮な雰囲気。「試衛館って、こんな賑やかなんだな」と、辺りをきょろきょろ見回しながらも、礼儀は欠かさない。
「君が司さんか。桂の言う通り、目を引く人だな。俺は高杉晋作。以後お見知りおきを」
「初めまして、高杉さん。遠いところから、ありがとうございます」
「いやぁ、こりゃ思ったよりも大変な祝言だ。桂も真っ青だろうな」
彼は、何でもないように振る舞うが、どこか底知れなさがあった。
私は表情一つ変えずに、ひと通りのやり取りを終える。
(後の歴史に名を残す人たちが、こうして“生きて”目の前にいる。それ自体、まだ現実味がない気がする)
さらに、伊東先生が平助と連れ立ってやってきた。
平助は明るい笑顔で「司姉ちゃん!」と手を振ってくれる。私は無意識に少し柔らかい表情になる。
「伊東先生、お久しぶりです。本日はわざわざありがとうございます」
「いやいや。君に会えるのを楽しみにしていたんだよ、司さん。平助も随分と君に影響されているようでね」
伊東先生は、私に対して常に“評価”という視線を向けてくる。
私はそれを分析の対象と受け止め、言葉を選ぶ。
「恐縮です。皆様のおかげです」
――本当に、歴史の中の登場人物たちが一堂に会する、そんな不思議な光景。
定次郎が連れてきたのは、山岡鉄太郎と佐々木只三郎。
山岡さんは眼光鋭く、「ふむ、沖田司さんか」とじっと観察してきたが、やがて「なるほど」と一言だけ呟いて通り過ぎた。
佐々木さんは一見控えめな印象だが、背筋が伸び、余計なことは語らない。どちらも、只者ではない。
「……受付、うまくやれてるか?」
定次郎が心配そうに声をかけてくる。
「ありがとう。すごく助かってるよ、定次郎」
私の返答に、彼の顔がぱっと明るくなった。
「……お、おう!」
ちょっと照れくさい。彼の気持ちにはやっぱりピンとこないが、好意を向けられるのは悪い気がしなかった。
そして、最後に現れたのが清河八郎。
山南さんの知り合いらしく、山岡さんとも親しげだ。その雰囲気は一言でいえば“策士”。油断ならない――私は直感的に警戒心を強める。
「沖田司さん、君のことは前から聞き及んでいるよ。まことに才気煥発とお見受けした」
「恐縮です、清河さん。今日はお招きできて光栄です」
「いやいや、こちらこそ。この試衛館が、まもなく日本の歴史を変える場となるやもしれん。その兆しは、君のような若者がいることに見て取れる」
私は内心(お世辞だろうか)と警戒しつつも、表面上はにこやかに対応した。
清河八郎――この人は、間違いなく時代を動かす“プレイヤー”だ。
――策士との対峙――
「せっかくだから、一つだけ質問してもよいかな」
「はい、どうぞ」
「君は、攘夷についてどう考える? 日本は西洋にどう立ち向つべきだと思う?」
来た。これは、下手な答えを返せばどこかに“利用”されかねない――そう感じた。
私は、今までの学びと経験を総動員し、当たり障りのない返答を選んだ。
「攘夷は、時の流れを見極め、最善の手を打つことが重要だと考えます。外敵に備えつつも、学べるものは貪欲に吸収する。その両立こそが日本の未来に繋がると信じています」
「……なるほど。実に見事な答えだ。司さん、あなたはきっと大きな時代の歯車となるだろう」
そう言いながら、清河は笑みを深くした。その目はやはり底知れないが、悪意だけではないことも分かる。
(この人とは、深入りしないほうがいい)
私は静かに会釈して、その場を離れた。
――ラブコメの勃発――
しばらくして、土佐訛りの豪快な声が門前に響いた。
「おーい、遅うなってしもうてすまんぜよ!」
坂本龍馬が、晴れやかな顔で現れた。その後ろには、剣客らしい鋭い気配を纏った青年が控えている。
「……あんたが噂の沖田司か?」
「はい。初めまして」
「……俺ぁ岡田以蔵。今はまだ、ただの田舎者よ」
そう言うと、ふいに厨房からみつ姉さんが姿を現した。
「あら、そちらのお客さんは?」
「は、初めまして……!」
岡田以蔵の態度が一変。剣客らしい硬い雰囲気が、みつ姉の優しい笑顔を前に、どこか不器用な少年のように崩れていく。
みつ姉さんが「遠くからありがとうございます」と丁寧にお茶を差し出すと、以蔵は顔を赤くして「お、おう、ありがとよ……」とつい下を向く。
「……以蔵さんって、意外とシャイなんですね」
私は思わずつぶやく。
「司ちゃん、男の人って意外とみんなこんなものよ?」
「そうなんですか?」
みつ姉は微笑み、以蔵は何も答えられずにもじもじするだけ。
「おい以蔵、ここぞとばかりに惚けとったらいかんぜよ!」
龍馬が茶化すと、以蔵は慌てて背筋を伸ばし、剣士の顔を取り戻そうとする。だが、みつ姉の前ではどうしても空回りしてしまう。
――その様子が可笑しくて、周囲からくすくすと笑いが漏れた。
華やかな祝言の受付で、ほんのひと時、誰もが肩の力を抜いて笑顔を交わせた。
(人の集まりは苦手だけど、こんな空気は悪くない)
私はプログラムされた笑顔を貼り付けながらも、心の奥でわずかな“温度”を感じていた。
――宴席オートモード――
祝言の宴席は、まるで時代の縮図だった。
畳の間には、さきほど受付で見送ったばかりの顔ぶれがずらりと並び、皿を交わし、盃を傾けている。
私は、その合間を縫って酒や料理を運びながら、各卓の話題に合わせて器用に立ち回っていた。
「……攘夷論とは申しますが、現実にはいかがなものでしょうか」
伊東大蔵が、低く諭すように問いかける。
その向かいには桂小五郎、高杉晋作、山岡鉄太郎、清河八郎らが座し、食事の手も止めてこちらを注視している。
私は、ごく自然に「宴席オートモード」に切り替わっていた。
これは私の特技である。相手の意図や論点、空気の流れを読み取り、最適解――すなわち、誰も傷つけず、同時に納得させる模範解答を返すだけ。
「攘夷は、確かに尊王の志とともに語られるべきものですが、目先の感情に流されては、国の行く末を誤ることもございます。必要なのは、理想と現実をすり合わせ、時機を見極める冷静さかと存じます」
清河八郎が微笑む。「いやはや、さすが司さんだ。まるで咲き誇る花のごとき――」
「清河さん、その例えはよした方がいいですよ」
すかさず高杉がツッコミを入れるが、場は和やかな笑いに包まれる。
続けて、山岡鉄太郎が口を開いた。
「だが、国を思う気持ちは誰もが同じはず。その上で、どう『変える』か。君はどう思う?」
私は一拍おいて、「未来を見据えた変革こそが日本に必要だと思います。武士の誇りを大切にしつつ、新しい知識を受け入れることで、国を強くできるのでは」と応じた。
「なるほど……」
伊東は満足げに頷き、桂は隣でうっとりとこちらを見ている。
(これが“正解”だと分かっている。けれど、胸の奥には温度がない)
私はプログラムされたように完璧に振る舞う。
だが、その優等生ぶりが自分でも時折、虚しく感じられるのだった。
――芹沢の睨み――
そんな中、ある卓で酒が進み、空気がざわつき始めた。
幕臣の若者が攘夷派の高杉に何やら食ってかかり、言葉の端々に棘が混じり始める。
「結局、口だけでは国は変わらんだろうが。刀も抜かず、机上の空論だけ並べて――」
「今に見ていろ、土佐や長州がこの国を……!」
杯が飛び、顔が赤くなり、席が一瞬できな臭くなる。
宴席のあちこちで誰もが一斉に緊張したその時――
どすん、と地響きのような声が響いた。
「祝いの席で血の気の多い話はよせや。ここは剣の道場だ、流れるのは酒と汗だけで充分だろうが」
芹沢鴨が、どっしりと立ち上がって全員を睨めまわしていた。
ぶっきらぼうな口調だが、その目には理不尽を許さない鋭さがあった。
誰もが一斉に黙り込む。
(先生、やっぱり只者じゃない……)
芹沢の一喝で場の空気が一気に落ち着き、再び笑い声と盃の音が広がる。
私はその様子を眺めながら、(こうして“場”は守られるのだな)と淡々と分析していた。
「――まったく、助かったぜ。芹沢先生、ありがとよ」
定次郎がぽつりと呟き、私はうなずいた。
――龍馬の真意――
宴席の裏手、静かな縁側。
ふいに勇さんが龍馬に呼び出される。
「近藤さん、ちょっと話があるがや」
「なんだい、坂本さん。こんな時に……」
私は給仕の合間を縫って様子をうかがう。
龍馬さんは笑顔のまま、懐から巻物を取り出した。
それは、土佐勤王党の血判状。見れば見るほど、本気の証だった。
「――わしは、本気で日本を変えようち思うちゅう。近藤さん、あんたも国のために立つ覚悟、あるがや?」
一瞬、近藤さんの表情が凍りつく。
(祝言の席が、時代の密約の場に――)
私は気づけば拳を握りしめていた。
ここにいる人々は、冗談でも夢でもなく、この国の未来を本気で動かそうとしている。
「……俺は、ただ剣を磨くことしか考えちゃいなかった。けど、坂本さん、あんたの話を聞いて、初めて分かった気がするよ。俺も、命を懸けてみるよ。この時代を、生き抜いてやるってな」
勇さんが静かに頷く。
龍馬さんは満足げに微笑むと、「さすがや、近藤さん。やっぱり、ただ者じゃない」と肩を叩いた。
私はその姿を、畳の陰からじっと見つめていた。
(剣の道を歩くことと、時代を動かすことは、きっと地続きなんだ)
やがて宴席に戻ると、勇さんはいつもの調子に戻っていた。
けれど、どこか背筋が伸び、目の奥に強い決意を宿している。
時代の重みと自分の覚悟、その両方を背負う人の顔だった。
宴席は相変わらず賑やかで、政治問答や笑い声が絶えなかった。
――それぞれの胸中――
祝宴の賑わいが過ぎ去り、夜の帳が試衛館に静かに降りる。
あれほどまでに盛大な宴だったのに、不思議と喧噪の余韻は早く消えた。片付けの音が、時折廊下に微かに響いているだけだ。
私は、酒の匂いと煮しめの香りが残る台所で、一人きり静かに皿を洗っていた。
手を動かすたび、ざぶん、ざぶん、と桶の中の水が心地よく揺れる。
熱い湯に指を沈めていると、「よくやったね」と何度も繰り返された賞賛の声が思い出される。
けれど、その言葉に、なぜか実感はなかった。
(タスク、完了。祭事、異常なし。要人対応、全項目合格――)
頭の中でログがカチカチと記録されていく。
私が今、何を感じているのか。
――わからない。ただ、「終わった」という記録だけが残る。
(……お祭りは、終わった。私は、次に何をすればいい?)
問いは浮かぶが、答えは浮かばない。
大役を、何も感じずに終えてしまった自分。
みんなが見上げてくる視線も、肩を叩く手も、ただ「確認事項」として記憶されていく。
温度が、どこにもない。
ふと、縁側のほうから笑い声が聞こえた。
新婦のつねさんが「ぽわぽわ」したまま、周囲の女たちに囲まれて何やら嬉しそうにしている。
それを見守る近藤さんの横顔は、穏やかで、けれどどこか引き締まっていた。
――報われぬ想いと新たな恋――
台所の隅で、定次郎が一人、静かに座っていた。
普段なら話しかけてきそうな彼も、今夜ばかりは寡黙だった。
(……この人も、「タスク完了」なのかな)
私はそんな風にしか考えられなかった。
でも、その顔はどこか寂しげで――いや、それを「寂しさ」と認識するのも自信がなかった。
なぜなら、私自身が「寂しい」と思ったことが、これまでなかったから。
彼は何度も私のほうを見ては、すぐに目を逸らしていた。
(司……少しは、俺のことを……)
そんな声が心の奥底から聞こえる気がしたが、私の中には響かなかった。
私は「ありがとう」とだけ微笑んで、また台所仕事に戻った。
ふと奥を見ると、みつ姉と以蔵さんが何やら話している。
以蔵さんは照れているのか、ぶっきらぼうに「おまん、えい女やな」と呟き、みつ姉はそれに「なにそれ! 褒めてんの?」と赤くなって応える。
二人のやりとりは、周囲を微笑ませていた。
(……ああいうのが「恋」なのかな?)
私は、どうしてもその感覚が分からない。
樹と過ごす時のような「心地よさ」とは、少し違うような気もする。
宴の片隅で、左之助は元気なく酒を飲み続けていた。
その隣で、永倉さんが「飲みすぎるな」と軽くたしなめている。
「だってよぉ、司はオレのこと全然見てくれねえんだもん……」
「気にするな、あいつはそういうやつだ」
私はそれにどう応えるのが正しいのか、分からない。
――司の“空っぽ”な達成感――
宴の片付けも終わり、客たちも皆帰った。
私はひとり、残された盃と食器を静かに並べていく。
(宴は、完璧に仕切れた。皆、満足していた。料理も好評だった。要人への対応も失敗なし)
自己採点は常に満点だった。
それなのに、心の奥底は――空っぽだった。
(……どうして、こうなんだろう)
これまでも、どれだけ「上手くやれた」と思っても、その後に残るのは「次のタスク」への切り替えだけ。
喜びも、誇りも、達成感もない。
ふと、宴席で交わされた言葉を思い出す。
「君は素晴らしい。歴史が動く瞬間に立ち会っているのだよ」
清河八郎は、そう私に言った。
だが、「歴史が動く」という実感は、どこにもなかった。
私はただ、与えられた役割を果たしただけだった。
(“感情”というプログラムが、私にはないのかもしれない)
思えば、剣でも勉強でも、どれだけ認められても、同じだった。
樹との立ち合いや、左之助とのやりとり、近藤さんの結婚すら――
「タスク」として処理してしまう自分。
それが悲しいことなのか、どうかも分からない。
ただ、皆が「幸せだ」とか「嬉しい」とか言うたびに、
自分だけが、透明な壁の向こう側にいるような気がした。
私は最後の盃を拭きながら、ぽつりと独り言を呟いた。
「……また、明日も、何かがあるのかな」
答えはどこからも返ってこない。
宴の後の静寂だけが、私の問いかけに優しく寄り添っていた。
(タスク、完了。次の準備、開始――)
私はまた、淡々と「次」を探し始めていた。
華やかな一日の終わりは、私の心の深淵にある空虚さを、より一層際立たせるのだった。
定次郎「……なあ司」
司「なに?」
定次郎「今日も、手際よすぎだろ。あんな宴の仕切り、一人でやるやつ初めて見たぞ」
司「別に、みんなが手伝ってくれたからできただけだよ」
定次郎「そういうとこ、昔から変わらないよな。……いや、やっぱ昔はもっと鈍かったか」
司「昔? あんまり覚えてないけど……何かした?」
定次郎「……(ショックで黙る)」
司「ごめん、ほんとに記憶力はいいはずなんだけど、最近忙しくて……」
定次郎「……じゃあ、そのうち絶対、忘れられない思い出作ってやるからな」
司「期待してる。――でも、忘れてたらごめんね」
定次郎「おい!!」
司「冗談だよ。……たぶん」
定次郎「(ため息)やっぱ、お前にだけは敵わねぇよ……」