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ひなたぼっこ プラマイッ!  作者: 猫桃杓子
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夢の中へ

「さがしものはなんですか~♪みつけにくいものですか~♪」


歌いながらマイコは早足で駅へ向かった。今日はやることが山ほどある。時間はいくらあっても足りない。それでも口から歌が飛び出しているのは気分が高揚してるからに他ならない。それにしても昨夜は危なかった。あやうく極寒の京都の夜に野宿する羽目になるとこだった。そこを何とか切り抜けた自分の立ち回りの旨さを、自分自身で褒めてやらずにはいられなかった。


しかし、やっぱり始まるのは大反省会in頭。「良かったら。」と連絡先を渡してきたからといって、受け取ったり、連絡したり、信用して会いに来たりしちゃ駄目なんだな。あれは男たちにとっては遊びみたいなもんなんだろう。渡して、受け取るまでがゲームなんだ。池の鯉に投げたお麩みたいなもんなんだ。鯉が喜んで家までついて行っちゃいけなかったんだ。


マイコはお蕎麦屋さんで連絡先を渡そうとしてきた他の男たちの顔を思いうかべた。金持ちそうなのもいたし、大学生っぽいのも、不良っぽいのも。中年のサラリーマンもいた。奥さんやオバちゃん達の手前もあったけど、どれも「仕事中ですので。」と言って相手にしなかったのは正しかったのだ。


じゃ、なんで?なんで、半袖兄ちゃんのは受け取ったんだろう。しかもあんなに喜んで。マイコは赤信号で止まった。駅に向かう道は朝日に照らされ、冷え切ったアスファルトやトタン屋根からピシピシと氷の溶けるような音が聞こえるようだ。マイコは手を口の前にあてて「はぁ~」と息を吹いて温める。


考えても仕方ない!祐さんのことで参ってただけだ、きっと。それより昨夜も正念場だったけど、今日もまだまだ油断はできない。実家が大阪にあると言ってしまったのは失敗だった。何と言っても京都は大阪と隣合わせ。車に乗って1.2時間も走ればもうそこは泉州だ。


今朝、マイコは戦々恐々だった。「ほな、家まで送ってったるわ。親も心配してるやろ。」と、いつ車のキーをてにそう言い出すか分からなかった。…やはり腐っても同志社。軽いナンパはしても、軽はずみなことはしないつもりなんだろう。


しかし、今朝の所は、その心配は杞憂に終わった。同志社兄ちゃんは目覚ましで起きると、慣れた手つきで朝食を準備し始めた…マイコの分まで。そして何事もなかったかのように大学へ行ったのだ。…マイコに部屋の鍵を渡して。


あれは一体どういう心境の変化だったんだろう?昨夜はあれほど警戒してたのに。ま、これも今考えても

仕方ない。とにかく次なるミッションは、いかにあの部屋に自分の城を築くか?だ。


高級そうな上着や靴から判断した、女の子1人を住まわせるくらい簡単に出来る裕福な坊っちゃん、という見立ては外れたが、とにもかくにも雨露しのぐ屋根はある。人柄も多少薄情なきらいはある、だが悪い人間では無さそうだ。朝食も美味しかった。あんなにバターがジュッと染み込んだトーストは初めてだ。…インスタント味噌汁と番茶がトーストと一緒なのも初めての体験だったけど。


程よく焼かれた厚切りの食パンは、表面カリっと、中はふっくら。そこにとろけたバターが流れ込んで、部屋中に香ばしい香りが充満していた。腹ペコのマイコは夢中で熱々のトーストを頬張った。お口の中がしょっぱさとも甘みとも言えないふわとろのハーモニーに満たされる。なんて美味しいんだろう!


お蕎麦屋ではスーパーの袋パンだったし、実家ではマーガリンだったし。よし、やはりあのアパートは我が領地とする!名付けて一夜城作戦!もとい、一昼城作戦だ。


そうと決まれば必要なものを手に入れなければ。まずは仕事だ。マイコは売店を見つけ、求人雑誌を買った。近くにあった日の当たるベンチに腰を下ろし、リュックからペンを取りだして『16歳以上』『早朝』『昼』の文字を探した。同志社に釣り合うためにも小さい所じゃなく、出来たら大きいレストランとか工場がいい。ホールの接客は修行済みだし、体力にも手先の器用さの方にも自信がある。でもここはやはり時給の高さを優先すべきか。同志社兄ちゃんに『この子を住まわせるのはむしろプラス』と思わせる為にもお金はしっかり入れるつもりだ。一瞬、住み込みの旅館という逃げ場も作ろうかと思ったがすぐに断念した。京都の住み込みは全て『18歳以上』となっていたからだ。


『倉庫の片付け。早朝から』『軽作業。誰でも出来る簡単なお仕事』『ホテル・レストラン。モーニングスタッフ急募』。一冊見終わって16歳OKで、未経験可、時給も割高なのはこの3つだった。よし、ここで決めよう。


駅の改札まで行き、時計を見ると9時を過ぎている。求人誌に目を通し終えるのに意外と時間がかかったことに焦り、マイコは走って、グリーンとオレンジのバックに白い花と日の丸の看板を掲げる、懐かしい生活雑貨スーパーに向かった。本当に懐かしい。子供の頃から買い物といえばここだった。信州ではついぞお目にかかってない。あっちには無いんだろうか?ま、毎日が宿舎と店の往復だったから探してもい@いなかったんだけど。


マイコは開け放した透明の扉をくぐる。こういうスーパーは土地が変わってもディスプレイがほぼ同じなのが良いところ。早速、2階へ上がるエスカレーターを見つける。


…小さい頃、初めてエスカレーターに乗った時は母親と姉2人に置いていかれてギャン泣きしたなぁ。マイコは回想した。足元からどんどん増えていく真っ黒なステップが怖くて足を乗せることが出来ず、家族に置いていかれたマイコは事の重大さを訴えて大泣きじゃくった。エスカレーターの店に初めて連れてきたことをうっかりして、既にエスカレーターの中ほどまで上っていた母親は末娘の泣き声にオロオロし、母親に手を繋いでもらってた姉2人は妹を見下ろし、「どんくさ~!」「うわ、アホやん!」と嘲笑してたっけ。思い出すのはいつもこんなのばっかりだ。泣いてる私、馬鹿にする姉2匹、3人目をいつも『うっかり』忘れてしまう母親。


2階に着いたマイコはオレンジのワゴンを見つけて飛びついた。中には色とりどり、形もさまざまな可愛いクッションがたくさんあった。よし、これを敷きつめてベッドを作ろう!

次におもちゃ・雑貨コーナーへ行き、ミニテーブルを見つけた。食器売場でマグカップ、裁縫コーナーで半額になってた2m×2mの布2枚、文具コーナーで履歴書とのりも買う。1階へ戻り、タオルと歯ブラシを買う。

フードコートを見つけ、テーブルに座って履歴書を3枚書いた。店の人に場所を聞き、証明写真機で写真を撮る。サービスカウンターでハサミを借りて丁寧に切り取り、履歴書に貼り付けた。戦闘準備OK!


マイコは公衆電話へ移動し、面接の約束を取り付けた。早朝の倉庫は1時。ホテル・レストランは2時。誰でも出来る軽作業は3時に取れた。よし、なかなかだ。


フードコートでお好み焼きの持ち帰りを買って、マイコは同志社兄ちゃんのアパートへ向かった。クッションが特大ビニール袋6つにパンパンに入っているので、すれ違う人にぶつけないように歩くのが大変だった。何とか迷わずアパートに着いて中に入る。さて、どこに置こうか?マイコは部屋の中を歩き回ったが、小さなアパートの狭い1室はどう見ても単身者用、小柄とはいえ、急に増えた女子を置く余裕は無さそうだった。でもマイコは諦めずに、ベッドをちょっとでも、テレビとバカでかいスピーカーをちょっとでもと動かして自分の陣地を作ろうと必死になる。うーん、難しい。無理がある。


マイコはふと顔を上げた。目の間には押入れがある。…勝手に他人の押し入れを開けるのは抵抗があるなぁ。いや!背に腹はかえられぬ!許せよ、御免!マイコはすぱっとふすまを開けた。

「おおお!」思わず声が出た。広い。宿舎や実家との押入れと比べても段違いに広い。そうか、こういう作りのアパートはどうしてだか押入れにたっぷりスペースを取るもんなんだ。しかもこの押し入れには上下に段ボール箱が数箱、よくわからんものがどさっといくつか無造作に押し込んであるだけだ。よし!ここに決~めた♪いざ、築城と参ろう!


マイコは下段の段ボール箱をどんどん上段に詰め込み、下段を空っぽにした。箱に入ってないものはとりあえずベッドの横に積み上げた。…後で自分で片付けさせればいっか。


マイコは買ってきたタオルを濡らして絞り、丁寧に床を拭く。2度、3度と拭いてはタオルを洗い、また拭いてをくりかえすとようやくゴミもホコリもタオルについてこなくなった。


マイコはそこに買ってきた布を敷き、眉毛カット用に持っていたハサミでタグを切る。うん!いい感じ!マイコは押し入れの中の壁にも布を張ろうと思いついた。…ええと、どこかに押しピンはないかな?

あ、見つけた!台所の壁に、おそらく同志社兄ちゃんではなく、大家さんか管理人さんが貼ったと思われる『ゴミ出しの日』や『火の用心』などの張り紙を留めていた押しピンを抜いた。張り紙はまとめて押し入れの上段に入れる。どうせあの同志社兄ちゃんは見てもいないだろう。…同居にはお互いの歩み寄りが大事ってもんよ。押しピン、ありがたく頂戴いたしやす!


8個の押しピンを下段の天井、つまり上段の床の裏側ギリギリの所の壁に、等間隔で布の上から突き刺してしまうと、薄暗い押し入れはすっかり明るく居心地の良いマイコの憩いの場となった。布の模様は床がピンクに赤の水玉、壁がピンクに白の水玉。最高やん!


マイコはテレビを付け、流れてきた井上陽水の『夢の中へ』をいっしょに口ずさみながら、クッションのタグを次々と切り取り、押し入れの床に並べていく。ミニテーブルのビニールを外し、隅に置く。その上に歯ブラシとマグカップを並べ、リュックの中から文庫本『なんて素敵にジャパネスク』を取り出して隣に置く。…いい!いい!完璧!


クッションの上に寝転んで文庫本をぺらぺらとめくる。うーん、暗い。やっぱり、ふすまを開けっ放しにしても、押し入れで本読むのは無理か…。何かスタンドとかあったらな。あ!あるやん!同志社兄ちゃんが使ってないやつ!


マイコはハイハイで押し入れを出てぴょんと立ち上がり、和室の隅の出っ張った窓枠にくっついて天井を向いてたスポットライトを押入れに持ち込んだ。クリップ式だ。ということは…?押し入れの隅にお誂え向きに数センチほど出っ張って床と上段に伸びている木の部分がある!マイコはコードを引っ張り、スポットライトのクリップをはめてみた。スイッチを付ける。点灯!マイコスペースは申し分ない明るさに包まれた。…最高!文句なし!


押し入れから出て外から眺めてみる。こんな素敵な部屋、同志社お兄さんもきっと褒めてくれるに違いない。『かわいいね』『女の子らしいね』『マイコちゃんって器用だね』そんな風に声をかけてくれたら嬉しいな!


マイコは時計を見た。12時前だ。急がないと!マイコは大急ぎでイズミヤのフードコートで買ったお好み焼きを食べ、歯を磨いて求人雑誌と履歴書をリュックに詰めて飛び出した。さあ、面接だ!


1つ目は倉庫の積み下ろし。アウトだった。『追って連絡します』という担当者に頭を下げて、この場で決めてほしい、駄目なら次を探しますのでと言うと、『力仕事なので小柄なお嬢さんには無理かと』とこっちが謝りたくなるほど、申し訳無さそうに言った。…こう見えて力は結構あるんだけどな。ま、仕方ない。ほい、次!


2時はホテル・レストラン。大きくてきれいなシティホテルだった。警備員に案内され、従業員専用出入り口から入った。きらびやかな正面とは違い、廃校なの?と思うほど殺風景でボロボロなエリアを通って事務所へ。ハゲ散らかした頭を光らせ、ボタンを止めてないスーツの内側から溢れんばかりの腹肉を見せるヤマシタと名乗るおっさんは、20秒ほどマイコの履歴書を眺めた後、「うーん、それで、マイコさん、やね。いつから来れるんかな?出来たら早いほうがええんやけど、どうやろか?」と言った。マイコは「今からでも大丈夫です。」と答えると、くくくと笑いながら、「いや、それはこっちの準備が出来てへんわ。そやな。ほしたら、えーっと。明後日からでええかな?」…望むところだ。こっちに文句のあろうがはずがない。


その後、警備員室に行かされ、出入り口の入り方と、タイムカードの場所を教えてもらって、仕事は明後日の5時半からスタートということになった。やった!ミッション、オールクリア!


マイコはスキップでホテルを後にした。アパートに帰ってくる同志社兄ちゃんに報告するのが楽しみだ。仕事も決まり、部屋も作り、これでもう大丈夫だろう。夕方に帰宅してきて「じゃ、これから家まで送るわー。」と言ってきても「え?仕事が決まったんですよ?放り出せっていうんですか?えー、それはちょっと社会人としてどうかなぁ。あ、ごめんなさいお兄さん、まだ社会人じゃなくて学生さんでしたね。かんにんえー。」と言って笑みの一つも浮かべてやれば良い。痛い所を突かれてお兄さん、ぐうの音も出るまいて。


しかし、念には念をだ。マイコはホテルからアパートにはまっすぐ帰らずにイズミヤに寄り道し、靴修理屋に寄ってから、2階へ行ってタキシードサムのキーホルダーを買った。そしてまた靴修理屋へ戻ってブツを受け取り、帰路についた。アパートに着いて使えることを慎重に確認してから、さっき買ったキーホルダーを付ける。同志社兄さんに借りた鍵はテレビの上へ、タキシードサムのキーホルダーはリュックのポケットにへ。これで一安心。マイコはチェシャ猫のような笑みを浮かべた。合鍵があればもう怖いものはない。この勝負、フィフティ・フィフティでいこうや、ね、お兄さん。












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