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ひなたぼっこ プラマイッ!  作者: 猫桃杓子
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木枯らしに抱かれて

…なんか、思ってたんと違う。

やっとの思いで信州のお蕎麦屋さんでナンパしてきたスキー帰りの大学生と再会を果たしたものの、マイコは腑に落ちない思いでいっぱいだった。


マイコが思い描いていたのは薔薇の花びらが舞う感動シーンだった。

♥♥♥寒さに震えるマイコを見つけた大学生は駆け寄り「もしかしてマイコちゃん?」と大喜びするのだ。

「本当に来てくれたんだね…嬉しいよ!会いたかった!」そう言ってマイコを抱きしめ、

「こんなに冷えて…俺が迎えに行くんだった…さあ、中へ入ろう。」凍えるマイコを王子様のごとく抱き上げ、大学生は玄関のドアに手をかざす。すると柔らかな光がすーと流れて…カチャリ。開いた扉の向こうには紅々と燃える暖炉、座り心地の良さそうなソファ、木の丸いテーブルの上にはパンやりんご、揚げたチキンや丸い穴の空いたチーズの詰まったバスケットがあり、その横には瓶入りのぶどうジュース。ふかふかの敷物の上でまどろんでいた真っ白な大型犬は主人の帰りに尻尾を振って出迎える。

「さ、マイコちゃん、火にあたろう。」大学生はマイコをソファにおろし、体を擦り寄せてくる犬の頭を撫でながらキッチンへ行く。しばらくすると片手に湯気の立つホットミルクのマグカップを持ってきた。

「さあ、飲んで。」優しい言葉と温かいミルク。犬もマイコを歓迎するように足元に座り、クウンと鳴いてマイコのヒザを舐める。そんなおもてなしにマイコはうっとりと♥♥♥…なはずだったのに。


「えーっと、『帰ってきた』って?俺に…用?」

マイコは愕然とした。…あんた、私にナンパしたんちゃうの?開口一番、出てくる言葉がそれ?


『用なんかなんもないわっ!来て損したわっ!おつかれっ!』

とタンカ切って、立ち去ってやることが出来たらどんなに胸がすっとしたか…。しかし今は強がってる場合じゃない。思惑は外れたのだ。パターンBに移行だ。作戦名は『源氏物語の若紫』。始動!


鼻をすすりながら弱々しく立ち上がろうとして、ふらりとよろけたフリをした。

「あっ。」か細い声を出す。大学生が思わず、といった感じでマイコを支えた。マイコはその手に体重をかけてもたれかかる。どんなに貴方に会いたかったか、どんなに帰りを待ちわびたか。その思いを全て瞳に託して大学生の目を覗き込む。いい具合に身長のある男には上目遣いでウルウルしてるように見えるだろう。ここで放り出すようならマジで刺す。

「うわ、むっちゃ冷えてるやん。ちょっと…入るか?」うるうる少女より、人目が気になったのか、大学生は辺りを見回し、誰もいないことを確認してから鍵を取り出し、玄関を開けた。…こいつ、世間体とか気にするタイプだな。


大学生の一人暮らし部屋には…当然、暖炉も無いし、おしゃれな食べ物の詰まったバスケットも、白い犬もいなかった。狭い台所に小さな冷蔵庫とタンス。タンス?そして和室にベッドとテレビ、部屋の隅っこにギター。あのクリップ式スポットライトはなぜ天井に向いてるんだろう?ぶつけて曲がったのかな?


そんな事はいい。大した問題じゃない。マイコは中央のこたつに思わず「ただいま!」と言いそうになった。布団から伸びるコードとスイッチに見覚えがある。信州の宿舎に会ったこたつと同じだ!

『こたつに入ってもいいよ』と言われるのを待って足を突っ込んだ。…冷えてる。当たり前か。今帰ってきてスイッチ入れたばっかりだもんね。だが、この冷えが持ち主の心とリンクしてるようで怖い。だがマイコは「あったかい!」と声に出した。それはマイコの切実な願いだった。


大学生を見ると上着はいつの間に脱いでいて、もう半袖になっている。…寒さを感じないのか。アザラシの血でも流れてるのだろうか。この部屋、絶対1度くらいだぞ。


いや、そんな事考えてる場合ではない。パターンBは可哀想な悲劇の少女を救わせる作戦。なのに目の前の半袖野郎は尋問を開始した。要は、一人暮らしの男の家にいきなり、しかも夜に押しかけるなんて何考えてんだ?と言いたいのだ。箸袋を渡してきた時とは、うって変わって冷たい目をしている。

こっちが可愛い天然風に自己紹介したり、上目遣いで微笑んだりしてるのに、全く話をそらせられない。…こいつ、インテリでその上理屈っぽいやつだ。そっちからナンパしてきたのに~!ひどいひどい。泣いてやりたい。


かくなる上は…と、マイコは例の箸袋を目の前に突きつけた。

「お兄さんが私に住所書いて渡してくれたんじゃないですかぁっっ!ほらこれぇっ!」

マイコは出来るだけ可愛く見えるように両手でシュタっとばかりに差し出した。大事なこと、アニメ声で語尾を伸ばす、肘を曲げない、目は大きく開いて、まばたきは多め!

半袖野郎はベッドに座ったまま箸袋を片手で受け取った。


『こんなの書いたか?あー、書いたっけ?書いた…かな。』

マイコの目には大学生の頭の上に浮かぶ、心の声の吹き出しに書かれた文字が見えるようだった。あれから一週間。大学生は明らかにマイコのことなぞ、完全に忘れ去っていたのだ。


マイコはパターンBも諦め、切々と訴えた。パターンC『泣き落とし』だ。バイト中にお兄さんと会って運命を感じたこと、幼い頃より京都に憧れてたこと、泣いて引き止められたお蕎麦屋さんのバイトを辞めるのがどれだけ大変だったか、でも全ては貴方に再び会うため…!


主演女優賞ばりの熱演を披露したのに、冷血アザラシ野郎の目はますます冷たくなっている。…なんて手強いんだ。マジに北極の血が流れてるに違いない。だって、次の台詞がこれだもん!

「で、どこに泊まるん?」…いくら何でも、真冬にはるばる信州から会いに来た女の子に冷たすぎやろー!


マイコはもう意地になっていた。…何としても、ここを我が領地とする!

「はい、ここ!中田晴人さん!」

マイコは営業スマイルに切り替えた。目には目を、冷血には冷血だ!晴れの日も、雨の日も雪の日も休まず使わず2ヶ月ちょい、50万以上稼いだこの笑顔のパワーを受けてみよ!


効き目はあった。水たまりも凍りそうな外気温と同じくらい冷たかった大学生の表情が崩れたのだ。そして、淡々としてるが生徒思いな学校の先生みたいな表情に変わった。『今夜はここに泊まらせてあげるから、君がどういう人間なのかを聞かせてくれ。』どうやら第1段階はクリア。次はこの問いに上手く答えることがミッションだ。…実力を評価するタイプでもあるようだ。うむ。ならばこちらも腹を割って話そう!


マイコは正座した。そして丁寧に今までのことを話した。生まれは大阪。高校には進学したが体が辛く欠席ばかりするようになり自主退学したこと。その後、大検を取り、失敗した人生を取り戻すために大阪を離れることを決め、住み込みバイトを探したところ、「16歳でも親の許可があれば来てもらって構わない」と言ってくれた信州のお蕎麦屋さんを見つけて、一所懸命働いたこと。家族とは中学時代から揉めてばかりいたが、離れることでお互い冷静になり、今はむしろ一緒に住んでた頃より心の絆は深まった気がすることも。そして運命の出会いに導かれ、京都にやってきたこと。


マイコは大阪弁を使わず話し終えた。そう、大阪弁は家を出る時、置いてきたのだ。自分の人生を取り戻すために。夢も希望もあったはずなのに、高校中退で全て飛び散ってしまった。でも諦めたくはない。でも、同い年のみんなより遅れるのも嫌だ。それなら、全く新しいスタート地点から、全く新しい希望を見つけて生きていきたい。そうだ、そうだった…。マイコは話しながら16歳を迎えた日、軽井沢に着いたあの日を思い出した。あの日も不安でいっぱいで、何も確定していなかった。でも頑張った。あの場所に自分の生きた証を残した。今も同じ。あの日、お蕎麦屋さんに自分の足で入っていったように、今、私は自分の足で、ここ京都に来ている。ここに自分の証を残すのだ、絶対に!


マイコの静かな、そして揺るがない決意を感じ取ってくれたのか、大学生は微笑んだ。こたつもやっと温まった。…やった!マイコは勝利を確信した。












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