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ひなたぼっこ プラマイッ!  作者: 猫桃杓子
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犬のおまわりさん

「…無い。無いよお…どこにも。ここじゃないし、あっちでもなかったし…どこなのお?ハルヒトさーん…。」


マイコはもう何軒目かわからない建物の前で寒さと疲労と絶望感に身を震わせていた。日も沈んで漆黒の闇に覆われた京都の街は、信州よりも寒々しい。昼の晴天時の陽気が嘘のようだ。近畿ってこんなに寒かったっけ?一面雪景色だった軽井沢のほうがまだ寒さがマシな気がした。…白いって明るさでもあったんだ。

ここは暗くて、誰もいないのに路地の一本一本に何か幽鬼のような気配すらする。所々に街灯や軒先の灯りはあるが、どれも薄暗い気がして返って暗さを強調しているようだった。6時、7時頃はまだ人の通りがあったが、8時を回るとほとんど人も通らず、たまに自転車が疾風のごとく通り過ぎるのみだった。


昼の2時過ぎに京都にたどり着いたマイコは樺さんと清水寺近くで別れ、祇園辺りにあった郵便局に寄った。そこで実家の家族へ軽井沢のお土産を送り、ついでに局員に例のスキー大学生の住所を見てもらった。

「ここやったら京阪乗って出町柳駅から歩けますわ。5分かそこらやと思いますけど。バスでも行けますねえそこのバス停から乗ってもろて。京都のバスはどこまで乗っても200円ですし。タクシーでも行けますよ。」

地図を指差しながら親切に教えてくれた局員さんにお礼を行って、マイコは鴨川に向かって歩き出した。せっかく京都に来たんだから、ちょっと寄り道して行こうっと。ケーキとかお土産に買っていくのもいいかもしれない。そんな軽い気分でマイコはバス停にも駅にも行かず、より人が多くいる方へと歩き出したのだ。


河原町、先斗町、新京極商店街、錦市場、寺町、木屋町。書店でとりあえず買った京都の地図が載ってる雑誌を片手にマイコは歩き回った。見るもの全てが新鮮でどこか懐かしい。耳に入ってくる京都弁も柔らかく親しみがあって馴染みやすい。軽井沢ではみんな標準語だったから、マイコも合わせて話してたけど、最初の方は自分の下手な標準語に嫌になるほどだった。だんだんと慣れていったが、やはりずっと気を張っていたのだろう、ここではそんな必要もなし。胸の窮屈さがほぐれていくようだった。


マイコは雑貨が好きだ。可愛いぬいぐるみが好きだ。和食器も洋食器も好きだ。着物も見るのは大好きだ。京都の街にはマイコの好きなものがあふれていた。つい夢中になってあちこち歩いてるうちに日はとっぷりと暮れた。そろそろスキー大学生も家に帰ってる頃かな。マイコは郵便局の人が「この辺やわ。」と指さしてくれた辺りの地形を、さっき買った雑誌に載ってる地図で検討をつけ、そこに向かった。


が、しかし。


住所に書いてある所が見つからないのだ。◯◯町までは分かる。しかし、その後の◯ー◯ー◯◯号が無いのだ。マイコは歩き回った。電信柱の住所や、辺りの家の表札の住所も見たが、見つからない。

「えー!何で無いの?」マイコは同じ通りを何度も行ったり来たりしながら、順番に表札の住所の番地をを確認していく。暗くなった街には明かりが灯り、家路を急ぐ人たちが行き交う。

「お腹すいたな…。」

マイコはお昼ごはんをいつ食べたのか思い出そうとした。ああ、あれは多賀ってとこだっけ?樺さんと一緒に親子丼とうどんのセットを食べたんだ。美味しかったなー。

マイコは駅の方に向かった。駅なら食べ物屋さんがあるだろう。とりあえずなにか食べてからもう一度探そう。

「あーどうして前もって連絡するとか、電話の一本もいれるとかしなかったんだー、私は。」思わず声に出してしまい、近くを歩いていた女子高生が立ち止まってマイコをしげしげと見た。マイコも気づいて手で口を抑えて、ぺこっと頭を下げて、小走りでその場を去った。走っていくうちにどんどん心臓がバクバクしはじめた。自分は今日これからどうなるのか。昨日までは快適な部屋が、食べ放題の手打ち蕎麦と飲み放題のあったかい蕎麦湯が、面白く頼もしい仲間に囲まれてたのに、今は…。そんな不安が、さっきまで微塵も感じてなかった不安が、恐ろしい速度と圧倒的な存在感で襲ってきた。


だめだ!弱気になるな!これはお腹が空いてるせいだ!早く何か食べなさい!

マイコは自分を叱りつけ、辺りを見回した。

居酒屋?だめ。喫茶店?いや。焼き肉?まだ無理!ラーメン?何となく苦手。歩いて歩いて、すこし細い通りの奥に見つけた『うどん』と書かれた暖簾にマイコは飛び込んだ。

「はい、いらっしゃい。おひとりさんね。奥のテーブルどうぞ。狭くて悪いわねぇ。」

白い割烹着を着た優しい年配の婦人の声にホッとして席につき、荷物を下ろす。

漆喰の壁に掛けられたお品書きは手書きだ。店に漂うお出汁の香り、小さく聞こえるテレビの音。いいぞ、ここはまさに迷える者の安全地帯だ。

「かもうどん、お願いします。」

「はい、鴨うどんね。」

いつものマイコなら迷わずきつねうどんなのだが、壁にきつねはなかった。代わりにあったのが、鴨うどんだ。別に特にお揚げが好きってわけじゃないけど、動物の名前が付いてるってなんかかわいい。味方になってくれそう。そんなことを考えながらマイコは雑誌の地図のページを開いた。そして自分で書き直した半袖スキー野郎の住所を横に置き、うーんと唸る。何で無いんだろう?もしかして、私が書き間違えた?いや、そんなはずはない。マイコはリュックのポケットから日焼け野郎が渡してきた箸袋を取り出す。蕎麦屋の名前の入った箸袋の裏に書かれた住所と、マイコの書いた住所は全く同じだ。

「はい、鴨うどん。熱いからね。」

慌てて雑誌をかたづけ、マイコはいただきますと手を合わせてから、レンゲでお出汁をすくってふーふーと息を吹きかけ、少しづつ口に含んだ。

「あー。うまっ!」自然に声に出る。透明のお出汁に鰹と昆布のお出汁、金色に光る鴨の脂が薄く浮いて。これがうどんよ。関西のお出汁よ。信州の蕎麦も美味いけど、関西のうどんも美味いのよ。

はふはふしながらうどんをすする。白くやわらかく、少しスマートなおうどんが一本一本お腹に入る度、冷え切った体がほこほことしてくる。ピンク色の鴨肉にかぶりつくとジュワっと音を立てそうだ。しっかりした歯ごたえ、噛めば噛むほど出てくる旨味。そういえば自分、産まれて初めての鴨だ…憧れの鴨さん!いらっしゃい!マイコはシャッキリさをほんの少し残したおネギも、どっしりとした深い味わいのかまぼこも全て、お出汁の一滴も残さず完食した。


お店はそろそろ終わりのようだ。長居はいけない。マイコは立ち上がってお会計を済ませて外に出る。ひんやりとした空気がマイコのむき出しのふとももに絡みつく。しまった、おトイレ借りればよかったかな?そんな気持ちのままマイコは歩き出した。よし、腹ごしらえOK!待ってろ、日焼け野郎!


と、意気込んだのもつかの間。やはり見つからない。もうこうなったら人に頼るしか無い!マイコは出来るだけ年配の、この地に住んで半世紀!な人を探した。でも通り過ぎるのは30代、40代くらいの話しかけにくそうなサラリーマンだけ。それにあんまり聞きまくるのも考えものだ。もし、変に思われて通報されたらどうしよう?軽井沢でナンパされて京都に来ました~、これからその大学生の家に泊まります~って言う?いや、そんなこと言ったらんじゃ?家出だやばいのでは?家出と思われて、補導とか、親に連絡とか…いやっ!それだけはいやっ!


マイコは一台のタクシーが停まるのを見た。タクシーから降りたのは白髪の男性。あれだ!マイコは小走りに近づき、「すみません!あの!」と声をかけた。きっと自宅だろう、和風な平屋に入りかけてた老人は「うん?どないしはった?」と穏やかに聞き返してきた。マイコは親戚が住んでる家を探しているが見つからない、この住所に心当たりはありませんか?とメモを見せた。シワの多い手で受取、玄関先の灯りを頼りにマイコのメモを見た老人は首を傾げた。

「お嬢さんね、こんな住所はありませんな。」優しい声で言う。

「えっ。」マイコは絶句した。そんな、まさか…あの筋肉バカ、嘘の住所を書いたの?ひやかし?

固まるマイコに老人は続けて、こんな住所はない、と言った根拠の説明を丁寧にゆっくり始めた。

「この町はね、◯番地までしか無いんやわ。せやのに、これには◯番地と書いてある。多分、書き間違えやろけど、〇〇号ってなってるからこれはアパートやな。同志社やろ?文学部やろ?見つけたら怒ったらなあかんなぁ。アパートの名前も書かんと、こんなええ加減なもん、かわいい娘さんに渡して。」老人は面白そうに笑った。

「ええか、お嬢さん。この町の◯番地辺りには学生がようさん住んどる2階建てアパートが何軒かあるから、それを回ってポスト見ていってみ。番地は間違うとるけど、名前はおうてるやろから、名前のとこ見てな。ポストに書いてあるから、よう探したらそのうち見つかるわ。同志社の学生やったら親も金持ってるやろから、駐車場あるとこもよう見いや。」そう言って老人はメモをマイコに返した。

「わかりました。ありがとうございます!」マイコはお辞儀した。

「暗いから気いつけえよ。どないもならんなったら、おまわりさんに聞きに行くんやで。」

それはどうかごかんべん!マイコは心のなかでそう呟いて、老人にもう一度深々と頭を下げた。


そっか番地間違えか。それとアパートか。一戸建て育ちやから、そういう微妙な違いに気づかんかったわ…。マイコは反省点を見つけることで自分を落ち着かせた。嘘の住所を渡されたのかも?とは考えないようにした。事、ここに至ってそれは決して起きてはいけない事案だ。焦るが今は捜索だ。


マイコは走りながら背伸びして辺りを見回し、目ぼしい2階建てアパートを見つけると敷地内に入って集合ポストの名前の所を見た。それはシンプルでわかりやすい作業だったのでマイコの心もさっきより軽かった。

「よしっ無いな。じゃ、次!」

「ここにも…無いな。次、あそこ!」

通りを走り、路地を曲がり、道を渡り。

何軒目だろうか、砂利の駐車場があるアパートが目に入った。そういえば老人は「駐車場あるとこも」って言ってたっけ。


マイコはまず駐車場に入った。何台か停めてある車の一台に屋根にルーフキャリアが付いてるのが目に入った。スキー板とかを乗せるやつ!

「あれか!」マイコの心臓は飛び上がった。あれかもしれない!

ふざけ嘘つき野郎の書き間違い野郎が、自分の車で軽井沢に来たかどうか、マイコは確認していない。それに本当にスキー帰りなのかどうかも。それでもマイコは高鳴る胸の鼓動を抑えきれなかった。


マイコはうさぎのように飛び跳ねて駐車場を出て、アパートの玄関に向かった。

「ポストッポストッ!あ!あったぁ!!!」

マイコは見つけた。「中田晴人」と書かれた下手くそな文字を。箸袋に書かれてたのと同じ筆跡を。

このうそつきふざけナンパ野郎、やっとみつけたぞ!


マイコは中田晴人の部屋番号を確認し、ドアを勢いよくノックした。

「こんばんは!こんばんは!」

…返事がない。誰もいないようだ。裏に回ってみる。真っ暗だ。まだ帰ってないのか。ポストに戻って中を覗く。今日入れられたばかりと思われるパチンコか何かのチラシが一枚入ってるだけ。…いる。中田晴人はここに住んでる。ここに住んでて、今は出かけてて帰ってきてないだけ。まだ信州にいるとかなら、絶対もっと色々入ってるはずだもの。


マイコはキョロキョロ辺りを見回した。見つけた安堵感でトイレの我慢が限界に来たのだ。…仕方ない、背に腹は代えられない!マイコはルーフキャリアのついた車の陰に行き、数十秒後、再び中田晴人の部屋の前に戻ってきた。そして座り込んだ。


「はー。やっぱりまだまだ甘いなぁ、私って。」不安な時は自分の中で大反省会が否応なく始まってしまうのがマイコだ。あの時もっとこうしたら、何で何もしなかった、もっとこんな風に言えてたら…の波が、寄せては返すエンドレス。強がってがいてもまだ16歳のマイコ。寂しさと不安で押しつぶされかけていた。


このまま日焼けアホボケ大学生が帰ってこなかったら、どこで夜をすごせばいいのか。樺さんにもらった奥さんの連絡先が頭をよぎる。電話して事情を話してタクシーで行ったら一晩泊めてくれるかな?そして樺さんが信州に戻る時にもう一度乗せてもらって…。マイコは体育座りの膝に唇を押し付けた。氷のように冷たい。


でもそんなことしたら、私、祐さんと結婚しなきゃいけなくなるのかな?でもそれも人生なのかなぁ。あー、でもカッコ悪いなぁ。うーん。本当に私ってどうしようもないバカなのかも。マイコはぎゅっと腕に力を入れて膝を抱きしめた。


いつまでもここにこうしているわけにはいかない。他の住人に見つかったらなんて言おう?どんな言い訳が有効なんだろ…妹ですって言えば待たせてもらえるかな?いや、その前にあの大馬鹿ナンパ野郎は私のこと覚えてるのかな?てか、自分の家の番地を書き間違えるってどーなのよ!

あーどうしよ!どうしよ!どうしよ!もう一回、おしっこしたくなったらここ出て行って…その時だ。


「…だなぁ。」


男の声が聞こえた。誰かが来たのだ。どうしよ?マイコのヒザががくがく震えだした。

通報される?ダッシュで逃げる?言い訳する?まずは怪しいものじゃないってことを伝えなきゃ…。


マイコが意を決して見上げた先にいたのは、一週間前に会った、ふざけクソ馬鹿ナンパ野郎だった。


「…帰ってきたぁ。」安心感が広がった。マイコのヒザの震えが止まった。



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