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ひなたぼっこ プラマイッ!  作者: 猫桃杓子
16/17

ローラ・スケートをはいた猫

翌朝。民宿の朝ご飯は圧巻だった。

炊き立てのご飯は輝いていて、ご飯粒がひとつひとつがふっくらと愛らしいほど。大根と薄揚げのお味噌汁も輝いている。金色の卵焼きには大根おろしが添えられていて、焼き鮭はもう芸術品だ。皮、身、焦げのバランスが素晴らしい。そこに数種類のお漬物、海苔、みかん。…これに出会うために私は今まで旅をしてきたんだ。


「いただきます!」マイコはしょうゆ豆から食べ始めた。…うん、良いお味だ。しょっぱくてほんのり甘くてキュっと締まっている感じ。しまっていこー!

白ご飯の上に焼き鮭の切り身を乗せてお箸ですくう。源頼朝の気持ちが痛いほど分かる。こんなに美味しいものが他にあろうか。香ばしく塩味の効いた鮭になんと白いご飯の合うこと。好き嫌いの多いマイコにとって鮭は唯一心を許せる友だった。…昨夜の焼き鯖も美味しかったけど、やはり鮭の方が親しみあるな。そう思いながらお味噌汁も口に運ぶ。…うん、大根と薄揚げの組み合わせって向かう所、敵なし!って感じだよね。お味噌汁としても一流コンビです、うん。


食べながらマイコは『今日はどこに行くんだったっけ?』と考えた。ああ、そうだ。こんぴらさんに行くんだ。祖母から何度か聞いたことがある。でも何なのかは分からない。でも大丈夫。ハルヒトについていけばきっと楽しくて美味しくて、わーい!って感動することがいっぱいだろう。


マイコの予想は大当たりだった。こんぴらさんとは、長い石段の先にある山の上の神社で、周りには美味しそうで楽しげなお店がぎゅうぎゅうに詰まっている場所だった。到着したマイコとハルヒトは早速、修験者の杖を片手に早足で階段を登る。あっという間に暑くなり、マイコはピンクのジャンパーを脱いでマントみたいにあごの下で腕の部分を結んだ。階段を上がる度に景色が変わる。お店が増える。振り返ると下の方に街が見える。風が気持ちいい!どこからか大好きな沈丁花の香りも漂ってくる。山茶花の後の沈丁花。…ああ、もうすぐ春が来る!


ふと横のハルヒトを見ると何とも辛そうな顔だ。いつもの革ジャンを脇に挟み、半袖Tシャツも汗だくだ。ゼーゼーハーハー言いながらマイコに死にそうな目を向けてくる。更に何やらブツブツと呟いている。…どうしたんだろう?あんなに元気だったのに。ま、いっか。


マイコはハルヒトに構わずトットコ登っていった。階段のてっぺんまで行くと広い境内があった。手を洗う所、おみくじを売ってる所、賽銭箱に、じゃらじゃら鳴る鐘に、懐かしいどこも変わらない神社の風景だ。古い建物、古い木の香り、歴史。人の手のぬくもりと威厳が感じられる場所だ。見渡すと奥の方にまた石段が見える。…うん?まだ先に何かあるのかな?マイコは地図を探した。看板になってる地図を見つけて現在地を確認する。どうやら、もっと山の上に奥の院があるようだ。奥の院…高野山だけかと思ってたけど、奥にある院は、どこも『奥の院』なんだね。じゃ、あっちがラスボスだ。


辺りを見て回って、おみくじの値段なども確認してると、やっと登ってきたハルヒトがよたよたとベンチに座り込んだ。

「ねえ、奥の院まで行こうよ!」マイコはハルヒトにかけよって声をかけたが、ハルヒトの表情が『お前、俺を殺す気か』と言っている。…なんと不甲斐ない。

ぶつぶつと敗戦の弁を述べるハルヒトにジャンパーとリュックを預けて1人で奥の院に行くことにした。


体が軽い。冷たい風も心地よい。階段を上がる度に体に力がみなぎってくる気がする。マイコは妖精と手を繋いでるような気分だった。石段を上がるのは好きだった。木の陰、草の陰に小さな神様たちがニコニコとこっちを見ている気がする。

マイコの地元にも似たようお寺があった。山の中の石段をずーっと登って頂上へ出ると馬の銅像があった。お参りして、反対側の景色のきれいな所へ行くと小さな茶屋があって、うどんやおでんが食べられる。甘酒もあった。マイコはそこにお参りに行く度にうどんが食べたいとねだったが母親がOKしてくれたことはなく、同級生たちが「あそこ行ったら絶対おでん食べる!」と教室で言ってたのを羨ましく聞いていたっけ。そんな事を思い出しながら、すれ違う人や猫と挨拶を交わしながらマイコは奥の院へ行った。


さっきのよりもこじんまりとした朱色の社殿にマイコは手を合わせる。…信州のみんな、元気かな?おばあちゃん、風邪とか引いてないかな?知ってる人がみんな健康で無事に過ごせますように。


マイコは下の喧騒が全く無い、荘厳な雰囲気と古来より守られてきた自然の風景の中でゆっくりと祈りを捧げる。

…色々あってこんな所に1人で来てしまったけど。いや、正確には連れがいるけど、何だか不思議。少し前までは自分ひとりで生きていくなんて想像もできなかったのに、思い切って行動してみたら意外と1人でもやっていけるもんなんだなあ。

…でもきっと、神様や仏様が見えない所で守ってくれてるんだよね。ありがたや。感謝します。

マイコはお礼を言って歩き出した。石段まで来るとギャロップで降り初めた。…ちょっとゆっくりしすぎちゃったかな?へばってるおにいさんを助けに行かないと。


「やっぱり上まで行くと気持ちいいね!」ハルヒトを見つけてベンチの隣に腰を下ろす。マイコが預けたジャンパーは地面に落ちていた。黙って拾い上げて砂をぽんぽんとはたく。…こんなに体力無いもんなのか、大学生って。週のほとんどは大学行ってその後、夜中までバイトやら飲み会やらで騒いでるのになぁ。

座り込んで死んだ目をしているハルヒトを引っ張り上げてお参りをする。無口なハルヒトはちょっと怖い。全身から不機嫌オーラが出ている。話しかけても完全に無言だ。『早くここから去りたい。山登りキライ。』ハルヒトの頭の上にそんな吹き出しが出ている。

マイコはがっかりしたが仕方ない。1人でおみくじを引き、1人ではしゃいだ。陸に打ち上げられたトドのようなハルヒトに構わずギャロップで階段を下り始めると、強そうなのにどこか泣きそうな顔したマスティフ犬みたいになって尻尾振ってついてきた。『おいてかないで~』と全身で訴えてくる。…手間のかかるやっちゃな!途中で甘酒の店を見つけて誘ってみた。飲むと少し回復したようでやっと会話機能がONになったようだ。駐車場の横のお店で実家へのお土産を買って送る手続きを済ませたりしてると、ようやく香川名物やら、何やらのウンチクを披露する元気も出てきたようだ。ハルヒトに気づかれないようにマイコはため息をつく。


「あ~こんぴらさん、楽しかった!そんでお腹空いた!」ハルヒトはこんぴらさんの話題には触れてほしくないようで、すぐに地図を渡してきてナビをしろと言う。…ハルヒトって車が無いと本当に陸に上がったマグロなんだな。マイコは含み笑いしてしまう。


ドライブが始まった。田舎の風景と歴史を感じる街並み。穏やかな道をドライブするのは気持ちいい。それにこれからまた美味しいうどんを食べに行くと思えば心も浮き立つ。お腹空いた!


次のお店もうどんの呪文が使えた。昨日行ったお店で修行した人が新しく始めたのだそうだ。マイコは前回の逆で『あつひや』を頼んだ。ハルヒトはゲソ天も注文する。生姜にお出汁、昨日食べたのにまるで飽きない美味しさ。香川の人が毎日食べてるって言うんだから納得だ。…いいなぁ、地元が誇る日常の食べ物って。私だってお好み焼きを毎日食べても飽きないもの。


思っていたより時刻は進んでいたようだ。ハルヒトが「今日はもう宿を決めてそこでのんびりしよう」と言い出した。えー!まだ明るいじゃん!他にも色々行きたい!お寺とか、お土産屋さん巡りとか、お寺とか、神社とか、海とか!

でも、ハルヒトから漂う『俺、疲れた』オーラが半端ない。こんぴらさんは鬼門だったのか。仕方ない。運転してるのはハルヒトだもんね。ここはこっちが大人になってあげなくちゃ。


ハルヒトが車を走らせ、民宿を見つけて飛び込む。これまた『親戚のおばあちゃんの家』感がたっぷりの民宿だ。…うれしいうれしい!こういうのでいいんだよ。落ち着くし、ほっとするし、懐かしくてたまらない。


畳の上でごろごろと寝転ぶ。ハルヒトはあっという間に寝てしまった。マイコは民宿の中を探検に出かけた。廊下の隅や、黒電話の横など、ちょっとした所に一輪挿しがあり、花が挿してある。…いいな、こういうの。庭に出てみた。春を今か今かと待ちわびる元気な庭木でいっぱいだ。小さな池の横にはカエルの焼き物。井戸の前にはタヌキの焼き物。縁側には何十年も前から釣ってるんだろう、鉄器の風鈴。すべてがマイコの身体をしみじみと満たしてくれた。

玄関わきに本棚を見つけた。そこに座り込んでピンクの背表紙のミステリー小説を手に取り、ぱらぱらとめくる。次の瞬間、一気に本の中に引きずり込まれた。


一冊読み終わり、本棚に戻して部屋に戻る。そしてメモる。帰ったら買いに行こう。

そんなことをしてるとハルヒトが起きだし、順番にお風呂を頂いた。


そして待ちに待ったご飯の時間だ。昨夜の民宿で出されたご飯と同じであって同じでない。ご飯、お味噌汁、焼き魚、煮物に、お漬物。たっぷりの天ぷら。そしてしょうゆ豆も。それぞれが勇ましい大皿や、愛らしい小鉢に入って楽し気にマイコを取り囲む。


マイコは子供の頃を思い出す。6歳の時、地元の子供会の旅行で行った旅館の朝ごはんを。好き嫌いの多いマイコが残さず食べて、家族はびっくりしてたっけ。そして「うちの朝ごはんもこんなのがいい!」と騒いで、母親にも居合わせたおばちゃんたちにも盛大に叱られた。『これは旅館のご飯。家では無理。』と。


食パンにチョコレートクリームを塗るだけの朝ごはんが大嫌いだったマイコは、それからよく事の重大さを訴えて泣いたっけ。『お姉ちゃんたちはチョコレートクリームの食パンが大好きで文句なんて言ったことないのに!』と母親にがっちり怒られた。しかしあまりに毎日泣き喚いたので、根負けしたのか、母親はインスタントで一番安いみそ汁と、マイコの手のひらくらいのサイズのフライパンを買ってくれた。『これでみそ汁を作って、卵を焼いて食べたらいいから。ご飯は夜のうちに確保しときなさい。』と。本当は朝起きたら旅館の朝食が食卓に並んでて欲しかったけど、これでも充分だ。それからは毎日、ビニールに入った一回分の味噌汁をお湯に溶き、卵を焼いて食べた。味付き海苔と小梅も買ってもらった。ポールウインナーも焼いた。朝から台所でパタパタするマイコを見て父は「お!うまそう!お父さんにも焼いてくれ!」と笑い、『洗いものが増える』と母はイライラし、『マイコのチョコは私らでもらうから!』と姉たちは喜んだ。祖母はお漬物を色々作ってくれるようになってマイコの朝食に彩りを添えてくれた。


マイコは昔の思い出と共にお腹いっぱい食べた。ご飯をお代わりもした。

今日も最高の一日だったと噛みしめ、マイコは部屋に戻って眠りについた。





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