表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひなたぼっこ プラマイッ!  作者: 猫桃杓子
14/17

ジンギスカン

マイコはお好み焼きが好きだ。「死ぬ前に食べられるとしたら何が食べたい?」の質問には迷うことなく「お好み焼き!」と答えるだろう。たこ焼きも、うどんも好きだ。信州に蕎麦の洗礼を受けてからは蕎麦も大好物だけど。


お好み焼きにはロマンがある。キャベツのみじん切り、溶き卵、小麦粉、すりおろした長芋。それらを濃いめのいりこ出汁と、一垂らしの醤油で混ぜ合わせ、最後に青ネギのみじんぎりをどっさりと。熱したフライパンに直接豚肉を並べる。肩でもバラでもこま切れでも何でもいい。脂がにじみだして来たらフライパン全体に回して、混ぜ合わせたお好み焼きのタネを丸く落とす。丸ければ丸いほどいい。厚さは3センチほど。そしてフタをする。5分ほどして、表面にも火が通っていたらひっくり返す。お好み焼き用のヘラは万能だ。これで何でも焼けるし、切れるし、ひっくり返せる。ひっくり返して豚肉に良い焦げ目がついているのを確認して、またフタをする。こうすれば蒸気で中までふわっふわだ。5分後にフタを開けるとお好み焼きはたっぷりと汗をかいている。ここからはフタをせずに5分。これで底にも秋の落ち葉のような焼き色が付く。


よく焼き色のことを「きつね色」と言うが何故きつねさんなんだろう?とマイコは不思議だった。…きつねって、そんなにあちこちいたのかな?

どっちかというと、柴犬のほうが身近な気がした。しかし、きつねにしても柴犬にしてもそれでは色が薄すぎる。マイコとしては秋の落ち葉の茶色がベストだと信じていた。

そしてもう一度ひっくり返す。うむ。良い色だ。これで外はカリッとサクッと、中はふんわりお好み焼きの完成だ。


最後にソースを塗り、かつお節と青のりをたっぷりふりかけ、紅ショウガを添えたら出来上がり。マイコはお好み焼きを食べるのも好きだが作るのも大好きだ。実家でお好み焼きは小5の頃からマイコの仕事で、母親よりも姉たちよりも美味しく焼けるようになっていた。それを喜んだのが祖母と祖母の友達だ。


マイコがお好み焼きを焼く日、祖母は近所の一人暮らしの友達の家に遊びに行き、「焼き上がったら持ってきて」と言うようになった。マイコは快く応じて、キャベツを3玉も4玉も切り刻み、延々とお好み焼きを焼く。そして祖母の友人宅にお届けするのだ。その頃には一人暮らしの友人宅の人数は4~5人に増えており、みんなでちゃぶ台でマイコのお好み焼きを待っててくれており、「おいしいわぁ」「マイコちゃんはお好み焼き屋さんより上手やわ」と口々に褒めてくれたものだった。祖母も祖母の友人たちも喜んでくれ、マイコも褒められてうれしい。普段、出来の良い姉たちと比較され、末っ子のミソっかすで褒められることなど皆無なマイコにとって何よりうれしい時間だった。


だからマイコは信州でも一度お好み焼きを焼いていた。信州のキャベツはまた格別に甘く、思ってたよりも美味しいのが焼き上がり、店の皆は「お好み焼きって名前は知ってたけど、こんなに美味いものだったのか!」「大阪の子が焼いてくれたら、これはもう本場モノじゃないか!」と大好評だった。


そんなわけでハルヒトの台所が自由に使えるようになってからもマイコはお好み焼きを焼いた。買ってくるキャベツは1回にひと玉。当然2人では余るのが4分の1カットや半玉カットのキャベツを買う気にはなれず、ひと玉全部切り刻んでお好み焼きを焼く。長芋はもちろん1本買いだ。それで焼くとお好み焼きは8枚ほど焼ける。焼き終わってすぐにマイコが2枚食べ、4時間後に2枚食べ、ハルヒトに2枚あげて、翌朝出勤前に2枚食べる。これで計算的には合ってる…のだが。


ハルヒトが1枚しか食べないのだ。これはマイコには大きな不満だった。…こんな美味しい栄養たっぷりのモノをなぜ1枚しか食べないのだろう?ラーメン屋に行けば大盛りに替え玉にチャーハンに餃子にから揚げまで食べるのに。焼肉屋に行ってもご飯特盛でタン、ハツ、ホルモンミックス、バラ、カルビ、ハラミなど、マイコの知らない部位を大量にオーダーして食べるのに、どうしてお好み焼きは1枚しか食べないのか。


…そうか!マイコの為に遠慮して残してくれてるんだ!ハルヒト、マジで優しい。よく出来た男だ。本音はどんどん食べてほしいけど、冷蔵庫に常にお好み焼きがあるというのも嫌いではない、むしろ大歓迎。お腹が空けばすぐあっためて食べられる。人生、何が起こるかわからない。備蓄は大事。そうしてマイコはどんどんお好み焼きを焼き、冷蔵庫だけでなく、冷凍庫にも備蓄するようになった。そんなある日のこと、ハルヒトがぶっ倒れた。


その日、マイコがバイトから帰ってくると大学に行ってるはずのハルヒトがまだベッドにいた。しかも顔は真っ赤で唸り声をあげている。家にいる場合、いつもなら香ばしいコーヒーの香りを広げて、マイコにおしゃれなカフェメニューを作ってくれてるはずなのに。マイコはマイ体温計をハルヒトの口に突っ込んでみた。水銀が超スピードで登っていきギリギリ39度手前で止まる。これはヤバい。しかし、本当にヤバいのはそこからだった。


「ねえ、病院行こ?」

「…いらん。」

「でも39度もあるよ?」

「…38.9だ。」

「いやそうだけど、多分今からもっと上がるよ?」

「…寝てたら治る。」

「かもしれないけど、病院行って薬貰った方が早く治るよ?」

「…いらん。気合で治す。」

「何言ってるの~ほら、行こう?あっ注射がキライとか?」

「…別に。」

「あんなの、ドラマとかマンガだけだよ~。病院行ってすぐに注射とかされないって。大丈夫!」

「…だから注射やないって。行くのがだるいだけ。」

「…病院、キライなの?怖いの?何か理由とかあるんでしょ?」

「…もうこの話、おわり。行きたくないもんは行きたくない。そこに理由なんかない。俺は行かん。」


…なんだよ、こいつ。デカい姿形して幼稚園児か。

マイコが腕組みして、この図体のデカい幼稚園児をどうやって病院に運ぼうか思案してると、

「…マイコ。薬買ってきて。駅前に薬局あるから。」と言う。

「いいよ。何の薬買う?」

「…今すぐこの全身の痛いのと、だるいのが無くなって、熱が下がって喉の腫れも消えるやつ。」


…ダメだこいつバカすぎる。普段は同志社だけあってわりと知的に見えるのに。ウイルスが悪さしたのか、そもそもこんな奴で虚勢張ってただけだったのか。とにかく何とかしないと。


「わかった。今すぐハル君のバイト先と大学の広告研究会に電話して『40度の熱出して動けない中田ハルヒトがこんなバカな事言ってますけど救急車呼ぶってことでOKですか~?』って聞くわ。」


とマイコが電話機に向かい、受話器を取り上げると背後から哀願が聞こえてきた。


「…やめて…本気でやめて…わかった…マイコの言うこと聞いて病院行く。だから、バイト先とか大学に電話すんのやめて…」


…全く。頭も悪くないし、行動力もあるし、そこそこ人間も出来てるのに、見栄っ張りで世間体とか周りからの評価とかめっちゃ気にするんだよなぁこの人。


そこからのハルヒトは大人しくマイコの指示に従って準備を整えた。心配なので付き添うと言ったが、本当にすぐ近所に評判の医院があるからと1人で行ってしまった。…ごねるだけごねて気が済んだのかな?


ハルヒトが出た時には午前の診療時間ギリギリになってたが何とか間に合うだろう。…よし、今のうちに何か温かくて滋養のあるものを作ってやらなくちゃ!


マイコはイズミヤに入ってた書店コーナーで買った料理本を手に取った。子供用なのでかわいいイラストが満載だ。大人用のは好きじゃない。写真を見ても心躍らない。絵本のような料理本の方がテンション上がる。


「あっこれがいい!」

見つけたのは『風邪にはこれがいちばん!大根おろしのサッパリおかゆ』。大根には昔から風邪を治す力があったらしい。かわいいクマが畑から大根をひいて、頭に氷嚢をのせているキツネの元に運んでいる挿絵がある。周りでウサギやリスが心配そうに見守っていて、タヌキが焚火で鉄鍋を温めている。…よし、これだ。


マイコは早速台所で料理を始めた。大根はハルヒトが風呂吹き大根を作ってくれた残りがあるし、ご飯の残りもあったのですぐに作れた。煮込んで出来るだけ柔らかくしよう。消化にも良くなる。柚子もあったのでその皮を薄く細く切って散らそう。


マイコは蜂蜜を取り出した。蜂蜜は風邪をひいた時におばあちゃんが必ず舐めさせてくれたものだ。生姜を擦ってハニージンジャーティにしよう。柚子の汁も絞って入れて冷やしておく。温かくてもいいが、熱があって喉が腫れてるなら冷たい方が飲みやすい。


マイコがあれこれと知恵を絞って頑張っているとハルヒトが帰宅した。ボトっボトっと玄関で靴を落とすように脱ぎ、ベッドに倒れこむ。

「…インフルエンザやった。B型。」それだけ言って目を閉じた。…こりゃ相当辛いに違いない。それにしてもB型か。ハルヒトはてっきりO型だと思ってたんだけど。


マイコはA型だ。ということは、このインフルはマイコには移らない。よし!


マイコは料理本を確認しながらお粥の最終調整に入る。味見をして出来上がり。早速ハルヒトの枕元に持って行ってフーフーしてアーンして食べさせた。そしてハニージンジャーティも。

「…冷たい。」と言われたので温めなおして。


マイコは人を看病するのが好きだった。将来は看護婦になりたいと思ってたこともあった。今こうして看護婦ごっこが出来るのはマイコにとって楽しみ以外、何物でもない。ハルヒトがお粥を食べきったので、次は何を作ろうかと考えながら洗い物をしてると、ハルヒトが起き上がり、ごそごそと動く気配がした。…どしたのかな?


「ハル君!起きちゃだめだよ~…って、何、どしたの?」

見るとハルヒトは正座して10000円札を手にしているのだ。


「…マイコ、頼みがある。ステーキが食べたい。」

「えっ、インフルで?」

「…頼む。良い肉を…できれば霜降りじゃなく…赤身の良いトコで…。」


…こいつは本気で頭が悪いに違いない。偏差値が体温並みに下がっている。どうしてやろうか。


「うわっ!さぶ!雪じゃん!」

思わず声が出た。ストーブとハルヒトが頑張って熱を出してるアパートの中では気づかなかったが、外は猛吹雪だった。…さっきハルヒトが医者に行ってた時は降ってなかったのに。マイコは一瞬、躊躇したが、

「ええい!ステーキの為だ!」と自転車にまたがった。


マイコの大きな目に雪が飛び込んでくる度にブレーキをかけながら、デパートに向かって自転車を走らせた。デニム短パンからむき出しになってる太ももはあっという間に真っ赤になった。ジャンパーのフードを被っても風で飛ばされ、髪に雪がへばりつく。マイコは必死でペダルを漕いだ。


これでハルヒトが死んでしまったらどうしよう!もしかしたら「最後の晩餐」のつもりなのかもしれない!理解できない、インフルエンザでの赤身ステーキのオーダー。きっとハルヒトの周りには妄想の走馬灯が回ってて、きっとそこにステーキの絵があるんだろう。ならば行くしかない!


風と雪に吹き付けられて、漕いでも漕いでも思うように進めないのをじれったく感じながらマイコはデパートに向かった。やっとの思いでたどり着き、デパートに入ると外の気温と中の室温の差がすごく、マイコの全身を白く覆っていた雪が一瞬で溶けてぽたぽたと床に流れ落ちた。


マイコは構わず精肉売り場に急いだ。こんな高そうな所で買い物なんかしたことはない。前を通り過ぎて「美味しそう~!」と心の中でため息をつくくらいだ。…あった!


ガラスケースのメインステージの中に巨大な、そして赤と白のせめぎ合いも美しい肉の塊があった。小さな木の板があり、墨字で『神戸牛』と書いてる。…これだな。


「すみません、ステーキ肉を2枚お願いします。赤身の良い所をお願いします。あと、保冷材も。」

濡れた前髪をおでこに貼り付け、濡れて色が変わったピンクのジャンパーを羽織ったマイコを店員さんはどう見ただろう。すぐにガラスケースから肉を運び出し、カットしてくれた。


会計の時にマイコが焼き方を聞くと、奥から年配の大将らしい男性が出てきてメモを書きながら教えてくれた。塩をするのは直前、フライパンは強火で煙が出るまで熱すること、牛脂を使って丁寧に脂をひいて、ステーキは1枚ずつ焼くこと。ひっくり返すのは1回だけ。表面が焼けたらフタをして一番弱い火で落ち着かせるように仕上げること。お嬢ちゃんに出来るかな?

「はい、ありがとうございます!」

吹雪は全くおさまってなかった。マイコは自転車に飛び乗り、大急ぎで帰った。


「うまかった!ごちそうさん!」

ハルヒトはこたつに入ったまま、反り繰り返って礼を言った。マイコが焼いたステーキ2枚と、ご飯2合をペロッと食べきったのだ。


「よかった~。ステーキなんて焼いたの初めてだから不安だったの。美味しかったなら良かった。」

マイコがお皿を洗いながら話しかけても返事はない。振り返るとハルヒトはもう横になって眠っていた。薬も飲まずに。


マイコはハルヒトの頭の下にステーキ用に貰った保冷剤をタオルに撒いて敷いてやった。そして冷凍庫からお好み焼きを取り出してチンして食べ、ハルヒトの安らかな寝息に誘われるようにしてマイコも眠りに落ちた。


しかし、やはり心配で深くは眠れない。マイコは30分ごとにハルヒトの頭を冷やすタオルを代え、ビニール袋に氷を入れて巾着袋に包んでハルヒトの額に乗せてやり、口から冷たい緑茶を流し込んだ。


汗で濡れたシャツを脱がして、濡れタオルで身体を拭いてやるのには骨が折れた。何せデカくて重い。それでも何とか着替えさせることが出来た。熱に浮かされたハルヒトに意識はなく、マイコにされるがままだった。


そんなことを何度繰り返しただろう。朝の4時半。マイコがバイトの為にセットしていた目覚ましで起きると、ハルヒトは既に起きていたのか、満面の笑みで測ったばかりの体温計をマイコに見せてきた。36.6度だった。…マジこいつマンガみたい。


その日のバイトをマイコはほとんど覚えていない。何となく体がだるく、頭も重かった。…仕方ない、昨日あんまり寝てないんだし。


何度もあくびをかみ殺した。志奈子が休みの日だったが、社員も少なかったのが幸いした。客も少なく、7時半から10時まで数えるほどしか客は来なかった。…帰ったら寝よう。マイコがそう思いながらバイトをあがると、社員の1人が近づいてきて「なあ。なんか調子悪い?顔色悪いで。周りに変な病気、移さんといてな。ただでさえインフルエンザ、流行ってるらしいから。」そう言うだけ言って離れていった。…なんやねん。ほんまつかれるわー。ま、睡眠不足なのは事実なんだから早く帰ってひと眠りしよう。


だが、眠れなかった。アパートに帰ったとたん、全身を寒気が襲ってきた。…寒い!冷えたのかな?こんな時はお風呂だ!


マイコは銭湯に行き、頭と身体をさっと洗って湯船につかった。…おかしい。身体が全く温もらない、むしろどんどん寒くなる。マイコは顎まで湯につかって時計を見た。…え?もう30分も湯につかってる?ヤバい!異変が起きてる!


マイコは慌てて湯船から上がって脱衣所に出た。タオルを身体に撒く。寒気はおさまったが、何か得体のしれないものが全身を駆け巡ってるようだ。…早くアパートに帰らないと!


フラフラしながらアパートの玄関につくと、ハルヒトがちょうど外から帰宅した所だった。

「マイコ、今帰ってきたん?」

「…あ、ハル君。元気そう。」

「おう!肉やでやっぱ。マイコありがとうな。さ、中入ろう!」

ハルヒトに押されるようにアパートに入ったマイコはそのまま床に座り込んでしまった。


「マイコ!マイコ!ん?あれ?マイコ熱い!」

「…あ、今、銭湯行ってきたの。」

ハルヒトはマイコの手をひいて立たせて、こたつへ連れて行った。マイコがこたつの布団の上に寝転ぶと、ハルヒトがマイコに覆いかぶさるようにして聞いてくる。

「なあ、マイコ。もしかしてインフル移った?」

「…えー。移ってないよ。」…移るわけがない。だって私、A型だもん。ハル君、B型なんでしょ?

「いや、顔色、悪いで。」

「…あーなんか、さっき、社員さんにもそんな事言われたけど。」

ハルヒトは自分のおでこをマイコのおでこにくっつけた。

「熱測るか?」

熱は39.6度だった。


その後のことをマイコはほとんど覚えていない。暑くてだるくて、ハルヒトと何か会話した気もするけど、内容はほとんど記憶になかった。あの時までは。


マイコは強烈なニンニクと生姜、肉の焼ける臭い、香ばしいごま油と醤油の焼ける臭いで目を覚ました。

「…なにこれ…?」

部屋には煙がうっすらと広がっていてぼやけている。ハルヒトはマイコをひょいと抱きかかえてテーブルに連れてきた。


「あれ?知らん?これ、ジンギスカンって料理なんやけど。子羊の肉やで。美味くて甘いで!はよ食べ!」そう言ってマイコの前の取り皿にお肉やモヤシ、たまねぎ、ピーマンをてんこ盛りにしてくれる。隣には白ご飯がてんこもりだ。胃がキューっとなる。全身が震える。…食べなきゃ死ぬ!


マイコはお箸でお肉をつまんで口に入れた。爆弾が破裂した。舌の上に広がる刺激的な味!ニンニク生姜が効きまくっていて、そこに醤油とほのかな甘みがするタレがお肉に絡んでとんでもないハーモニーを爆音で奏でだした。噛めば噛むほど味が染み出してくる。ご飯だ。舌がご飯を要求している!


マイコはまだ口の中にお肉が残っているのにも関わらず白ご飯を掻き込んだ。美味い!!美味すぎるではないか!!


あごを動かすのもまだるっこしく、マイコはまたお肉をお箸でつまんで口に入れる。タレがたっぷりかかっていることを確認して。そのまま噛み続けようと思ったのに、意志に反してお箸はモヤシをつかんでいた。これにもタレがどっさりついている!マイコは夢中で口に放り込み、もぐもぐと口を動かした。自分の歯ではないような気すらした。初めて口にするこの信じがたいほど美味い食べ物に全身が激震に震える。…これは一体なにー?!


マイコはお肉では鶏肉のから揚げが一番好きだ。次が水炊きの薄い豚肉。もちろんお好み焼きを除いての話だ。牛肉はあまり好きではないが、しぐれ煮なら多少は食べられる。しかし、この羊という肉は知らなかった。鶏モモのようにジューシーで、豚肉のように噛み応えがある。そして何よりこのタレに合う!


マイコは口の中の物をすべて飲み込み、第2陣を迎え入れた。今度はたまねぎとピーマンがプラスされた。たまねぎのしゃっきり感、ピーマンのキュキュっと感が、タレと羊肉とモヤシと白ご飯と合わさって、マイコを幸福感で満たした。…いつまでも噛んでられる。こんなにも白ご飯に合うおかずがあったなんて。


そうマイコが感じて飲み込んだ時、思いもかけない吐き気がマイコを襲った。


「っう…。」手で口を抑える。胃が痛い。吐き気は大したことない。少しだけだ。しかし、しかし、羊を口に入れようとするのを何か見えない力が拒否する。喉が苦しい。部屋の匂いがきつくなってきた。…さっきまであんなに天国みたいだったのに!なんでぇっ?!


マイコの目から涙がぽとぽと流れ落ちた。ハルヒトが驚いて叫ぶ。

「マイコ!どうした?!不味いのか?不味かったんか?俺の失敗か?!」…こいつは私の体調より料理の心配が先かい!


「美味しいのにっっ!めっちゃ美味しいのにっっ!しんどくてこれ以上ムリだよぉ…食べたいよぉ…!」

マイコは泣き声をあげた。その言葉にハルヒトは心底ほっとしたような笑みを浮かべて、

「よかった。俺のジンギスカンが不味かったわけやないんやな。」そう言ってモリモリ食べだした。


マイコには信じられなかった。人がせっかく作ったお粥やお好み焼きを大してありがたがりもしないのは百歩譲ろう。人には好みというものがあるのだし。体調や気分だってあるだろう。しかしだ。目の前で弱って食べられない女の子がいるのに、それをものともせず、このジンギスカンやら言う至高のご馳走を1人で食い尽くしていくというのはいかがなものか?こんなことが許されていいのか?いや、いいはずはない!こいつは万死に値する!


「…それ…マイコの…!えーんえんえん!…マイコのひつじさんなのに…!」


マイコは事の重大さを訴えて涙を流した。目の前で平らげられるジンギスカンの子羊に自分を重ねながら。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ