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プロローグ
平地の雪はすっかり溶けたが、肌寒さが残る四月。兵庫県の山あいにある小さな村――大屋村では、田畑に風が通り、杉の葉の先で光が揺れていた。
冬の名残をまといながらも、季節は確かに、春へと向かっている。村の人々は少しだけ足早に、日常の中で、春を迎える支度を進めていた。誰の心にも、ほんのわずかに温もりが差し込むような、そんな季節。
けれど、その春の気配に交じって、誰にも知られぬ“記憶”が、静かに目を覚まそうとしていた。
それは、遠い日の「声」。誰かのために遺された、もう一度だけ届けたかった言葉。
そしてそれを受け取るのは、まだ見ぬ母を、心の奥で探し続けていた、ひとりの娘だった。
この物語は――春のはじまりと共に訪れる、“再会”と“別れ”の記録である