この街には神がいない。
初めまして。
今作は罪人の街を舞台に、配属された 無垢な女性警官が
「正義」「秩序」「差別」の境界線で
揺れ動きながら成長していく物語です。
主人公と上司の関係が、読者の価値観を 問う仕掛けになっています。
> 鉄の匂いが、空気より濃かった。
結城澪は、制服の襟を正しながら、無言で前を見つめていた。
その先に広がるのは──「レクイエム・タウン」。
法の届かぬ場所。
正義の名を失った者たちが生きる、矯正と再生を名目に作られた“収容都市”。
「ようこそ、結城くん。ここが君の新しい現場だ」
そう言ったのは、年配の署長だった。皮肉な笑みと、疲れた目。
「配属先の通知は読んだな? 君の役目は警備と監視、だ」
「はい。矯正区域警備任務および……特殊監視対象への対応。承知しています」
「その特殊対象が──こいつだ」
署長が顎で指したのは、隣に立っていた男。
無言。
整った髪型、軍靴のような重いブーツ。
「榊原隼人。レクイエム常駐警備主任。お前の教育係であり、君が監視しなきゃならない相手でもある」
澪は、思わず眉をひそめた。
「監視……って、どういう」
「ま、話すと長くなる」
署長はそう言いながら、澪にある物を手渡した。
小さな黒いリモコン。
つるりとした質感。中央に赤いボタンが一つ。
「それはお守りみたいなもんだ。あいつがもし暴れたら、それを押せ」
榊原は何も言わず、ただ黙っていた。
だが澪の目は、彼の首元に“金属製のリング”があることを捉えていた。
これは──何?
「ついてこい」
初めて榊原が口を開いた。
声は低く、感情がこもっていない。
その背中を追いながら、澪は思った。
私は、いったい何を監視しに来たんだろう──
読んでいただきありがとうございま す。
第1話では主人公・澪の配属と、“監視対象”との出会いを描きました。
次回から、街の異常なルールや、澪の正義が少しずつ試されていきます。