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地下への挑戦

 翌朝、硬いベッドの上で目を覚ました。

 粗末な木賃宿の部屋には、壁の隙間から朝日が細く差し込んでいる。昨日の激闘と慣れない寝床のせいか、体の節々が軋むように痛む。だが、気分は悪くなかった。


 城から追放され、路頭に迷うかと思われた状況から一転、自分の力で宿を確保し、新しい一日を自分の意志で始められる。それだけで、小さな希望が湧いてくるようだった。


 宿を出る前に、もう少しスキル【コピーアンドペースト】について調べておこう。昨日から気になっていたことがいくつかある。


 まず、クリップボードの容量だ。昨日は最大で10まで何かをコピーできたが、これは固定なのか? そして、不要になったコピーデータはどうすればいいのか?


 俺は部屋の隅にある、ガタついた木の椅子に触れて、「コピー」と念じた。


《[木の椅子]をコピーしました。クリップボード容量:6 / 10 》


 昨日のポポ草やゴブリンの攻撃パターンなどのデータがまだ残っているようだ。次に、頭の中でクリップボードの中身を一覧表示するように念じてみる。すると、脳内に半透明のリストのようなものが浮かび上がった。


【クリップボード】


 ポポ草 x 4 (品質:低)

 ゴブリンの棍棒攻撃パターン(予備動作)

 依頼票の地図情報

 簡易なカゴ

 下水道の簡易情報

 木の椅子

(空き)

(空き)

(空き)

(空き)


「おお……!」


 思った通りだ。リスト表示だけでなく、データの内容もある程度確認できる。試しに、「簡易なカゴ」を選択し、「削除」と念じてみる。


《[簡易なカゴ]のデータを削除しました。クリップボード容量:5 / 10 》


 成功だ! これで不要なデータを消去し、クリップボードの空きを確保できる。次に、腰に差した錆びた短剣に触れ、その「切れ味」という概念的な特性をコピーできないか試してみる。


(コピー!)


《概念的な特性のコピーはできません》


 やはりダメか。物質や情報、あるいは単純な動作パターンはコピーできても、武器の性能のような抽象的なものは無理らしい。まあ、そう簡単に何でもできたら、それはそれで都合が良すぎるか。


 最後にMPを確認すると、昨夜寝る前はかなり消耗していたはずなのに、今は満タン近くまで回復していた。どうやらMPは時間経過で自然回復するようだ。これも重要な発見だ。


 スキルについて新たな知見を得て満足した俺は、宿代(昨日のうちに前払いしておいた)の心配がないことを確認し、部屋を出た。


 朝の街は、昨日とはまた違った活気を見せている。俺は屋台で硬いパンを一つ買い(銅貨1枚でお釣りがきた)、それをかじりながら冒険者ギルドへと向かった。


 ギルドの扉を開けると、受付には今日もエマさんがいた。


「おはようございます、ソウマさん! 今日も依頼ですか?」


 彼女はにこやかに挨拶してくれる。ギルドに自分の居場所が少しだけできたような気がして、少し嬉しくなった。


 俺はFランクの依頼掲示板へ直行する。昨日より選択肢は増えているだろうか? 視線を走らせていると、一つの依頼が目に留まった。


「下水道の巨大ネズミ駆除:巣食う巨大ネズミ(ドブネズミ・大)の討伐。1匹討伐につき銅貨2枚。鋭い牙は別途買い取り可」


 巨大ネズミか……。ゴブリンよりは弱いかもしれないが、数が多い可能性もある。下水道という閉鎖空間での戦闘は厄介そうだ。だが、報酬はポポ草採取より良いし、牙が売れるなら追加収入も期待できる。何より、戦闘経験を積むにはもってこいだ。


「よし、これにしよう」


 俺は依頼票を剥がし、エマさんの元へ持って行った。


「あら、ネズミ駆除ですか。昨日ゴブリンを倒したソウマさんなら大丈夫だと思いますけど……下水道は暗くて迷いやすいですから、本当に気をつけてくださいね。あ、松明は持っていますか?」


 エマさんが心配そうに尋ねる。


「松明……いや、持っていないな」


 買う金も惜しい。どうしたものか……そうだ、スキルがあるじゃないか。俺は以前どこかの店先で見た、ごく普通の松明の形を思い出し、頭の中で「コピー」を試みた。


(コピー!)


《[記憶内の松明(未点火)]をコピーしました。クリップボード容量:6 / 10 》 (木の椅子、地図、下水道情報などが残っている)


 成功だ! 記憶からの複製は、やはりある程度可能らしい。俺は人目につかないように、カウンターの影でこっそり「ペースト」を実行。MPを少し消費して、手の中に何の変哲もない松明が現れた。


「……っと、今ので大丈夫だ」


 俺は何食わぬ顔で松明を取り出してみせる。エマさんは少し驚いた顔をしたが、「用意がいいんですね!」と納得してくれたようだ。


「火は、あそこのランプから少しだけ借りてもいいか?」

「ええ、どうぞどうぞ」


 ギルドの隅に置かれたランプの火を松明に移す。これで暗闇対策はできた。さらに、エマさんに下水道の入口の場所や、注意すべき構造(水路の深さや分岐など)について簡単な説明を受け、その情報をすかさず「コピー」して頭に記憶した。


《[下水道の詳細情報]をコピーしました。クリップボード容量:7 / 10 》


 最後に、念のためもう一度、短剣の切れ味をコピーできないか試してみたが、やはり結果は同じだった。一時的な武器強化のような使い方は、今のところ望めそうにない。


 準備を整え、俺はエマさんに見送られてギルドを出た。彼女に教えてもらった下水道の入口は、街の外れの人目につかない場所にあった。苔むした石造りの階段が、暗い地下へと続いている。


 階段を下りていくと、ひんやりとした湿った空気が肌を撫で、下水特有の鼻をつく悪臭が漂ってきた。俺は松明の火を掲げ、周囲を照らす。ぼんやりと浮かび上がったのは、どこまでも続くかのような石造りの通路と、濁った水が流れる水路だった。


(ここが、下水道か……)


 チューチューという、複数のネズミの鳴き声のような音が、暗闇の奥から反響して聞こえてくる。巨大ネズミは、一体どれくらいの大きさなのだろうか。


 俺は短剣をしっかりと握りしめた。スキルへの期待と、未知の環境への不安が入り混じる。だが、もう後戻りはしない。


 俺は、松明の光を頼りに、薄暗く不潔な下水道の奥へと、慎重に足を踏み入れた。

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