ざわつく噂
森を抜け、街へと続く帰り道。俺、相馬巧と、赤毛の少女冒険者リーナは、少しだけぎこちないながらも言葉を交わしながら歩いていた。さっきまでの戦闘の興奮が冷めると、お互いにまだ知らないことばかりだと気づく。
「それにしても、やっぱりソウマのスキルって変だけどすごいわね。ゴブリンの攻撃、まるで見てたみたいにかわしてたじゃない」
リーナが、まだ納得しきれないといった表情で俺の顔を覗き込んでくる。
「まあ、ちょっとしたコツだよ。相手の動きをよく見てれば、なんとなく分かることもあるだろ?」
スキルで攻撃パターンをコピーした、なんて正直に言えるはずもなく、適当にはぐらかす。幸い、リーナは「ふーん、そういうもん?」と、それ以上深くは追求してこなかった。
「リーナこそ、なんで冒険者になったんだ? まだ若いのに」
俺が尋ねると、リーナは少しだけ表情を曇らせ、前を向いたままぽつりと答えた。
「……下に弟と妹がいるの。親はいなくて……私が稼がないと、あの子たちが飢えちゃうから」
その横顔には、Fランク冒険者という肩書きや、ぶっきらぼうな口調からは想像できない、強い決意のようなものが滲んでいた。人にはそれぞれ、戦う理由がある。俺は自分の境遇を少しだけ重ね合わせ、それ以上は何も聞かなかった。
やがて街の門が見えてきて、俺たちは冒険者ギルドへと戻った。中に入ると、カウンターにはさっきと同じ受付嬢――確か、エマさんと言ったか――が座っていた。
俺たちが近づくと、エマさんはぱっと顔を上げて笑顔を見せた。
「あら、ソウマさんにリーナちゃん、お帰りなさい! ポポ草は採取できましたか? ……って、あれ? 森でゴブリンが出たって他の冒険者が言ってたけど、大丈夫でした!?」
彼女は俺たちの無事な姿を見て、心底ほっとしたような表情を浮かべた。ギルドの受付嬢も、冒険者の心配をしてくれるらしい。
「ああ、なんとか。こいつも手伝ってくれたんでな」
俺は少し照れ隠しに、隣のリーナを顎でしゃくって示す。リーナは「べ、別に、当然のことしただけよ!」と顔を赤くしてそっぽを向いた。
俺はカゴから採取したポポ草を取り出し、カウンターに置いた。エマさんは手際よく品質と本数を確認する。
「はい、ポポ草12本、確かに。依頼達成ですね! こちら、報酬の銅貨5枚です。初めての依頼達成、おめでとうございます、ソウマさん!」
エマさんから手渡された5枚の銅貨。ずしりとした重みが手のひらに伝わる。これが、俺が異世界で、自分の力で初めて稼いだお金だ。城で役立たずと蔑まれ、追い出された俺が。じわりと、胸の奥が熱くなるのを感じた。
報酬を受け取り終えると、リーナが「じゃあ、私これで」と切り出した。「…その、今日は、助かったわ。また……どこかで会ったら、よろしく」少し照れたように早口で言うと、軽く手を振ってギルドを出て行った。
「おう、またな」
俺も手を振り返す。ぶっきらぼうだけど、悪い奴じゃない。また一緒に依頼を受けることもあるかもしれない。
リーナを見送った後、俺はギルドを出た。腹が減っていた。財布にはまだ餞別の銅貨と、今稼いだ銅貨が合わせて十数枚ある。少しだけ贅沢しようと、ギルド近くの屋台で、香ばしい匂いを漂わせている肉の串焼きを一本買った。銅貨1枚。安くはないが、今の俺にはご馳走だ。
熱々の串焼きにかぶりつきながら、活気のある広場へと歩を進める。どこか腰を下ろせる場所はないかと見回していると、ベンチに座って談笑している男たちの声が耳に入ってきた。
「聞いたか? お城に召喚された勇者様たちの話だよ」
「ああ、なんでも、とんでもないスキルを持ってるらしいじゃないか。『剣聖』だの『大賢者』だの……」
「あの方たちがいれば、魔王討伐も近いかもな! 俺たちの仕事も減っちまうかもな、がはは!」
勇者様――俺を追放した、クラスメイトたちのことだ。
俺は串焼きを噛み締めながら、足を止めた。あいつらは今頃、城で手厚い保護を受け、英雄としてもてはやされているのだろう。俺とは大違いだ。追放された時の悔しさが、胃のあたりから再び込み上げてくるのを感じた。
(見てろよ……絶対に、見返してやる)
今はまだ、こんな屋台の串焼きで満足している場合じゃない。俺は残りの串焼きを一気に口に放り込み、決意を新たにした。
手元にある銅貨は残り少ない。今日の報酬5枚と、餞別の残りを合わせても、まともな武器や防具を買うには到底足りない。錆びた短剣一本では、またゴブリンに遭遇したらどうなるか分からない。
まずは、安全に眠れる場所を確保すること。そして、明日からまたギルドで依頼を受けて、地道に金を稼ぐことだ。装備を整え、スキル【コピーアンドペースト】の更なる可能性を探る。何をコピーすれば強くなれる? モンスターのスキルか? 強力な武器や防具の情報か? 試したいことは山ほどある。
俺は街の裏通り、いわゆる安宿街と呼ばれるエリアへと向かった。何軒か見て回り、一番安い木賃宿を見つけ出す。一日銅貨2枚。部屋というよりは、納屋を仕切っただけのような簡素な小部屋で、藁が敷かれた硬いベッドがあるだけだが、それでも鍵がかかるだけマシだ。
部屋に入り、埃っぽい木の扉を閉める。異世界に来てから、召喚、スキル授与、追放、ギルド登録、初めての依頼、初めての戦闘、初めての報酬、そして、ようやく手に入れた自分だけの寝床。本当に、目まぐるしい一日だった。
俺は硬いベッドに倒れ込むように横になった。全身が鉛のように重い。だが、疲労の中にも、確かな充実感があった。
(これからだ……俺の成り上がりは、まだ始まったばかりなんだ)
スキル【コピーアンドペースト】。それはまだ未知数だが、無限の可能性を秘めているはずだ。俺はその力を使いこなし、必ずこの世界で成り上がってみせる。追放した連中が後悔するくらいに。
そんな決意を胸に、俺は深い眠りへと落ちていった。異世界での、波乱に満ちた最初の一日が、ようやく終わろうとしていた。