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片鱗と冒険者ギルド

 城門を背に、俺、相馬巧は異世界の城下町へと足を踏み入れた。石畳の道には、様々な格好をした人々が行き交っている。屈強な鎧姿の戦士、ローブを纏った魔術師風の人物、荷物を運ぶ商人、そして俺と同じような、どこか頼りなげな服装の者もちらほらいる。活気はあるが、道の両脇には槍を持った衛兵が立ち、時折鋭い視線を巡らせている。あの城から追放された身としては、あまり目立つ行動は避けた方がよさそうだ。


 行き交う人々の話し声や、店の看板らしきものに書かれた文字に意識を向ける。読めない文字もあるが、なぜか一部の言葉は頭の中で自然と意味が理解できた。これも召喚の影響だろうか。


「おい、聞いたか? 西の森のゴブリンが増えてるらしいぜ」

「まじかよ。ギルドで討伐依頼出てないか?」

「銅貨10枚ぽっちじゃ割に合わねえよ」


 断片的な会話から、「ギルド」という存在、そして「銅貨」という貨幣単位があることを知る。ゴブリンという単語には少し緊張したが、同時に、この世界にも依頼や報酬といったシステムがあることに、わずかな希望を見出した。


 しばらく歩き回り、人通りの少ない路地裏を見つける。よし、ここで試してみよう。例のスキル、【コピーアンドペースト】を。


 俺はまず、足元に転がっていた手頃な大きさの石ころに意識を集中した。そして、頭の中で強く念じる。


(コピー!)


 すると、脳内にふわりとイメージが浮かんだ。


《[石ころ]をコピーしました。クリップボード容量:1 / 10 》


 メッセージと共に、コピーした石ころの質感や重さといった情報が、頭の中の仮想的な「クリップボード」に保存されたような感覚がある。容量に上限があるということは、無限に何でもコピーできるわけではないらしい。


 次に、少し離れた地面に向けて、再び念じる。


(ペースト!)


 瞬間、MPゲージがほんのわずかに減少するのを感じた。視界の端に表示されているステータスウィンドウのMPが、50/50から49/50になったのだ。そして、目の前の空間に、コピー元の石ころと寸分違わぬ石ころがポトリと現れた。


「……おおっ!」


 思わず声が出た。本当にできた。物質の複製だ。しかも、ほとんどMPを消費していない。これなら、色々と応用できるかもしれない。


 次に試したのは、自分自身のステータスだ。ステータスプレートを思い浮かべ、「筋力:12」の部分をコピーしようと念じてみる。


《対象をコピーできません》


 ダメか。やはり、自分の能力値を直接いじるような、そんな単純なチートではないらしい。少しがっかりしたが、まあ仕方ない。


 気を取り直して、近くの壁に貼られていた古びた張り紙に目を向ける。「迷い猫探してます」といった内容だろうか。その文字に意識を集中し、コピーを試みる。


《[張り紙のテキスト情報]をコピーしました。クリップボード容量:2 / 10 》


 今度は成功した。物質だけでなく、情報もコピーできるらしい。頭の中でペーストを試みると、張り紙の内容がくっきりと脳裏に再現された。これは、何かを覚えたり、情報を整理したりするのに役立ちそうだ。


 そして、最後に試すのは……これだ。

 俺は懐から、けち臭い餞別として渡された銅貨を一枚取り出した。これをコピーできれば、当面の生活費くらいは稼げるかもしれない。


(コピー!)


《[銅貨]をコピーしました。クリップボード容量:3 / 10 》


 成功! 続けて、手のひらに向けて念じる。


(ペースト!)


 今度は、石ころの時よりも明確にMPが減る感覚があった。MPが49/50から44/50になっている。そして、手のひらにもう一枚の銅貨が現れた。見た目も重さも、本物と全く区別がつかない。


「やった……!」


 これで少しは金銭的な余裕ができる。だが、MPの消費量が石ころより明らかに大きいのが気になった。価値のあるものほど、コピーやペーストに必要なコストが大きいのかもしれない。それに、むやみに複製した貨幣を使えば、偽造を疑われるリスクもあるだろう。多用は禁物だ。


 それでも、スキルの可能性は十分に感じられた。使い方を工夫すれば、この厳しい異世界でもきっとやっていける。


「よし……!」


 俺はわずかに増えた銅貨を握りしめ、決意を新たにした。まずは、情報収集と当面の目標設定だ。さっき聞いた「ギルド」という場所へ行ってみよう。冒険者登録ができれば、依頼を受けて金を稼いだり、あるいはこの世界のことをもっと知ることができるかもしれない。


 俺は路地裏を出て、人に尋ねながら、やがて一つの大きな建物にたどり着いた。木製の重厚な扉の上に、「冒険者ギルド」と書かれた看板が掲げられている。ここが目的地に違いない。


 少しだけ深呼吸をして、扉を押し開ける。


 中は酒場のような喧騒に満ちていた。むっとするような汗と酒の匂い。屈強そうな冒険者たちが、大きなジョッキを片手に談笑したり、依頼の張り紙が貼られた掲示板を眺めたりしている。場違いな感じは否めないが、ここで引き返すわけにはいかない。


 俺は意を決して、奥にある受付カウンターへと向かった。カウンターの中には、栗色の髪をポニーテールにした、快活そうな女性が座っている。


「あの、すみません。冒険者登録をしたいんですが……」


 俺が声をかけると、受付嬢はにこやかな笑顔を向けた。


「はい、冒険者登録ですね! ようこそ、冒険者ギルドへ! では、こちらの用紙にご記入いただけますか? お名前と、それから……スキルなどもお伺いしてよろしいでしょうか?」


 来たか、スキルの質問。さて、どう答えるべきか。【コピーアンドペースト】と正直に言うべきか? それとも、何か適当なことを言って誤魔化すか? あの城での扱いを考えれば、正直に話すのは得策ではないかもしれない。


 俺は一瞬、言葉に詰まった。受付嬢の笑顔の奥にある、探るような視線を感じながら。

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