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異世界召喚と外れスキル

 退屈な現代文の授業は、いつもと同じように緩慢な時間だけを教室に積み重ねていた。窓の外では、春だというのに妙に気の早い蝉が鳴いている。俺、相馬そうま たくみは、そんな単調な日常の一コマに、欠伸を噛み殺しながら教科書の文字を目で追っていた。クラスメイトの大半も、似たようなものだろう。誰もが、この眠気を誘う午後の授業が早く終わることだけを願っていたはずだ。


 その瞬間は、本当に唐突に訪れた。


「――え?」


 誰かの間の抜けた声が聞こえた気がした。次の瞬間、窓から差し込んでいた午後の日差しとは比較にならない、強烈な白い光が教室を満たした。目を焼くような眩しさに思わず腕で顔を庇う。熱はない。だが、全身が奇妙な浮遊感に包まれる。まるで、エレベーターが急速に上昇する時のような、胃が持ち上がる感覚。


 悲鳴が上がった。男子も女子も関係なく、パニックに陥った声が教室中に響き渡る。


「な、なんだ!?」

「地震か!?」

「きゃあああっ!」


 しかし、それは地震のような揺れではなかった。光がさらに増し、視界が完全に白に染まったかと思うと、ふっと体が軽くなる。そして、次の瞬間には、硬い石の感触が足元に伝わっていた。


 恐る恐る目を開けると、そこはさっきまでいたはずの教室ではなかった。


 高い、高い天井。磨き上げられた大理石の床。壁には巨大なステンドグラスが嵌め込まれ、幻想的な光が差し込んでいる。目の前には、いかにもファンタジー世界の王族が座っていそうな、豪奢な玉座が鎮座していた。俺たち――二年C組の生徒全員と、担任の古文教師である田中先生――は、その玉座の前に広がる広大なホールのような場所に、呆然と立ち尽くしていた。


「……どこだ、ここ?」


 クラスのムードメーカーである鈴木が、震える声で呟いた。誰もその問いに答えられない。答えられるはずがない。見たこともない場所に、俺たちは明らかに「移動させられた」のだから。


 混乱が支配する中、玉座の横から、ゆったりとした足取りで一人の女性が現れた。長い銀髪を揺らし、純白のローブを身に纏った、まるで物語から抜け出してきたかのような絶世の美女。その人間離れした美しさと、纏う荘厳な雰囲気に、俺たちは息を呑んだ。


「ようこそ、異世界の勇者様たち」


 凛と響く、鈴を転がすような声。しかし、その内容は俺たちの混乱をさらに加速させた。


「勇者……? 俺たちが?」

「異世界って……まさか、本当に?」


 ざわめきが大きくなる。美女――おそらくはこの世界の人間ではない、女神か何かだろう――は、穏やかな微笑みを浮かべたまま続けた。


「はい。あなた方は、魔王の脅威に瀕する我々の世界を救うために、召喚させていただきました」


 いわゆる、異世界召喚。ラノベや漫画で散々読んだ、あのテンプレート。それが、まさか自分たちの身に起こるなんて。現実感がまるでない。だが、目の前の光景と、女神と名乗る存在の言葉には、有無を言わせぬ説得力があった。


 女神は、この世界が魔王軍によって危機的な状況にあること、そして俺たち異世界人に宿る「特別な力」――スキルに期待していることを説明した。


「皆様には、これから『ステータスプレート』と『スキル』を授けます。それが、この世界で生き、戦うための力となるでしょう」


 女神がそう言って軽く手をかざすと、俺たちの目の前に、半透明のウィンドウのようなものが現れた。ゲームのステータス画面によく似ている。


相馬そうま たくみ

 レベル:1

 HP:100/100

 MP:50/50

 筋力:12

 体力:11

 敏捷:13

 魔力:10

 器用:15

 幸運:20


 スキル:【???】


 俺のステータスは、特に可もなく不可もなく、といったところだろうか。幸運が少し高い気もするが、誤差の範囲かもしれない。問題はスキルだ。まだ「???」と表示されていて、何が授けられるのか分からない。


 周囲を見渡すと、クラスメイトたちのステータスプレートにも、次々とスキル名が表示され始めていた。


「おおっ!俺、【剣聖】だってよ!」

 一番最初に声を上げたのは、運動神経抜群でクラスの人気者、佐藤だった。彼のプレートには、確かに【剣聖】という文字が輝いている。いかにも強そうなスキルだ。


「私は【大賢者】ですわ!」

 学級委員長の渡辺さんが、興奮した様子で声を上げる。これも大当たりだろう。


「すごい! 私、【聖女】みたい!」

「俺は【竜騎士】だ!」


 次々と、強力で、いかにも勇者らしいスキル名が報告される。歓声と興奮がホールに満ちていく。誰もが、自分が特別な存在になったのだと実感し、高揚しているのが分かった。召喚された不安よりも、強力なスキルを得た喜びの方が勝っているようだ。


 そんな中、俺のステータスプレートの「???」表示が、ようやく変化した。そこに現れた文字を見て、俺は思わず目を疑った。


 スキル:【コピーアンドペースト】


 ……は?


 コピーアンドペースト?


 聞き間違いじゃない。見間違いでもない。そこには、パソコンの基本操作でお馴染みの、あの言葉が書かれていた。


 俺は唖然とした。剣聖? 大賢者? 聖女? そんな華々しいスキルが飛び交う中で、俺のスキルは【コピーアンドペースト】。ふざけているのか?


「なあ、相馬は何だったんだ?」

 隣にいたクラスメイトの男子が、興味本位で聞いてきた。俺は言葉に詰まる。


「えっと……」

「なんだよ、しょぼいのか? 見せてみろよ」

 強引に覗き込んできたそいつは、俺のスキル名を見ると、一瞬きょとんとし、次の瞬間、堪えきれないといったように吹き出した。


「ぶはっ! コピペ!? なんだそれ! パソコンでも使うのかよ!」


 その声に、近くにいた数人が振り向く。すぐに失笑の輪が広がった。


「マジかよ、コピペって……外れじゃん」

「パソコンスキルとか、戦闘で何の役に立つんだよ」

「うわー、相馬どんまい」


 同情なのか嘲笑なのか分からない視線が突き刺さる。さっきまで強力なスキルを得て興奮していたクラスメイトたちの輪から、俺は明らかに弾き出されていた。さっき【剣聖】スキルを得た佐藤も、こちらを一瞥すると、鼻で笑ってすぐに興味を失ったようだった。


(……なんだよ、これ)


 悔しさが込み上げてくる。確かに地味だ。地味すぎる。だが、本当にただの「外れ」なのだろうか。コピーアンドペースト。Ctrl+C、Ctrl+V。もし、このスキルが、文字通り「何かをコピーして、貼り付ける」ことができるのだとしたら……?


 俺が思考を巡らせていると、女神が厳かな声で言った。


「スキルの授与は完了しました。皆様には、これからこの国の騎士団と共に、魔王討伐のための訓練を積んでいただきます。……ただし」


 女神はそこで言葉を切り、値踏みするような視線を俺たち一人一人に向けた。


「我々にも余裕はありません。戦力とならない者は……残念ながら、前線に送ることはできません」


 その言葉と共に、明らかに俺に向けられた冷ややかな視線を感じた。それは女神だけでなく、強力なスキルを得て得意満面になっているクラスメイトたちからも向けられている気がした。


(戦力にならない者……)


 その言葉が、やけに重く響いた。

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