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第6話 ボルガス-3

2人の間に漂う靄が次第に晴れていく。ただ、周囲にいるそれらは消えようとはせず、一種の演出みたくなっていた。

 そこから姿を現したボルガスは、僕の想像通りに姿をしていた。痩せていた……というよりは、無駄な肉が焼失したと表現した方がいいだろうか。

 燃え上がる様な肌は微かな光を受けて鈍く輝き、高身長且つ筋骨隆々の肉体美は曲線を描き、日の出受ける山間みたいな相形だ。

 酔拳、だったか……それは未だに付着し、酸性の狼煙を上げている。

 これを経て、ボルガスのステータスが如何様に上がったのかは知らない。ただ、勝てるという確信には変わりない。

 僕が「おい!」と話しかけた時、反応がなかったのを見て、確信はより一層強いものに変わった。

「お前、自分が誰か分かってないな?」

 それはボルガスの挙動を見るに一目瞭然だ。返事が無いのは勿論、自分の手を眺めてみたり、腹を掻きむしったり……頭が悪い、というよりは寧ろ、本能のままに動いている様だったからだ。

 僕の声に反応し、ボルガスの鋭い眼光が向けられた。白目しかないのに、グルグルと震えているのが分かる。

 そして1度瞬きをした時。

 奴の姿は僕の視界から消えていた。

 直後、首筋を貫くような痛みが襲いかかり、掴まれた首は業火に包まれるかのように温度を上げる。体が劇的に重くなり、足が震える。

 ――かなり遅れて思考が追いつく。

 ボルガスは僕の体に飛びつき、首筋に噛み付いていた。支えは僕の首と肩だけ。

 素早く両腕を間に差し込み、体ごと地面に叩きつける。が、既にボルガスの気配はなくなっていた。

 残る幼い痛みが、体内外を行き来している。

 手を着いて体を起こし、膝は着いたまま首を回す。

 この靄の中、無闇に走り回っても意味は無いと思った。

 ボルガスは我を失った代わりに、野生の勘のようなモノで攻撃してくる。直ぐに気配は悟られるし、そもそもの素早さで勝てない。なのに、もう一度噛み付かれれば、そこでお終い。

 首筋に手を当てると、生暖かくヌルヌルした何かが溢れていた。ただ、意識はハッキリとしている。まだ動けると、小鼓が教えてくれていた。

 パーカーのフードを被り、立ち上がる。肌の上を殺気が走り、鳥肌が埋め尽くす。顔を伝う液体を拭うと、少しだけ落ち着いたが、体が思うようには動かない。

 グローブを上げ、キツく締め上げた。手が苦しむ代わりに、自然と力が入る。

 勝てる、という確信が揺らぎつつあった。正直、理知的でなく盲目的で本能的な奴は弱いと、そう思っていた。

 だが、現実は違った。そういう奴らこそ、動きを悟るのが難しく、身体的な面でも勝ちようがない。

 初戦にして、甘く見積もりすぎていた。いつの間にか自然を相手にする事になっていた……能力者が敵ということは、そういう事がかこれからも起こり続ける。そういう教訓になった。

「ふぅ――」

 慎重に視界をゼロにする。ボルガスが狙う場所はわかってる。本能的だからこそ、それは想像に容易い。あとは角度と速度。そして、不足した自分の攻撃力だが――

 深く息を吸い込むと、辺り1面に吐瀉の匂いが漂っていた。暫く攻撃してこなかったのは、この為だったのかもしれない。位置を悟られない為の最善策だと思う。

 実際、見失った訳だし。

 耳を澄ましてみても、足音ひとつ無い。それが、恐怖心を掻き立てるのか、震えは少しずつ酷くなっている。

 感情の面が薄いのが、むしろ憎らしかった。兎くらい繊細なら、諦めもついたかもしれない。もっとも、兎の脚も耳も有れば、もう少し有利な状況下にあったかもしれないが。

「…………………………これだ」

 パッと思いついた勝利パターン。

 迷っている暇は無かった。

 両足に力を入れ、重力ごと弾き返す。一瞬沈んだ体が無重力下に置かれ、一直線に進み始めた。風を、靄を、切り裂いているのが肌を伝ってくる。

 目を開くと1面靄の世界。体を捻り、後ろを向くと進んできた奇跡が分かりやすかった。

「これしか無い……アイツは、右首筋を狙ってくる」

 それなら、リング端が左側に来るようにして戦えばいい。

 ただそこで顔を出す問題点。

 1番重要な事だが――

「――ッ」

 僕はボルガスよりも鈍足だった。

 視界、左後方から突然現れた拳が左肩を打ち砕いてきた。

 激しい衝撃が内側に、燃えるような感覚が肌を貫く。

 時を同じくして、僕の体は床の上を滑っていた。そんな感覚すらも曖昧で、視界が揺れていた。

 肩を抑える余裕もない。立ち上がる気力すら湧いてこなかった。それなのに不自然に落ち着いていて、吐き気がした。

 ………………僕は弱い。

「――――父さん」

 米神が小突かれる小さな衝撃。何か小さなモノが高速回転するような音が脳内に響き渡る。

 …………こんな事をしている暇は無いんだ…………戦わなきゃ。父さんの為に……。

 そう思う度に小さな衝撃は繰り返され、酷くなっていく。

 そんな中暗闇の中に、1枚のフィルムが浮かび上がってきた。

 目を刺すような後光の陰に隠れ、声だけが聞こえてくる。

『僕は、大丈夫だから…………父さん、行ってくるよ』

 あの時の続きのシーンが見れそうで…………見れなくて。

 目を開いた時、何が原因か、涙が頬を伝って流れていた。

「勝たなきゃ」

 父さんの為に、勝たなきゃならないんだ。弱音も言い訳も必要ない。過去の思い出も今の出来事も関係ない。それに…………死んだっていい。

「父さんの為なら」

 

 

 

  

 

 

  

 

 

 

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