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第3話 アリーナ1階にて


 無限にも思える階段を登り続けていると、ふと目が瞬いた。

 足を止めて顔を上げてみると、光の刃が僕の目を貫いた。それと同時に、微かな情報を感じ取る。人々が行き交う雑踏や唸り声、麦の匂いからは苦味を感じる……意識が遠のいていく。

 目を瞑って情報を閉ざし、屈んで暗闇の殻に閉じこもる。

 「……なんだ、」

 気づけば早鐘を打っていた心臓に手を当ててみると、太陽さながらの熱が服越しに伝わってくる。

 耳鳴りと一緒に頭痛が、舌の奥が痺れていた。いつか感じたことのある、緊張から来るものに酷似していた。

「……分からない」

 自分が感じ取っている受動的な自傷であることは間違いなかった。でも、どこか他人事で、ただただ気持ちが悪い。

  僕が、僕じゃない誰かを操っているみたいだ。

「聞いたかよおい!」

「うるせぇな。知ってるよ!」

 怒号が聞こえ、一気に気持ちが軽くなった。

 おばけを見上げるみたいに、殻の隙間から覗いてみる。

 光の刃は無くなっていた。その代わり、人影の様なものが変な形で入り込んで来ていた。それらは激しく波打っている。

 「今回の商品、『治癒能力を持つ女』! 噂によるとスゲェ美人らしいぜ!」

「あぁ、だから知ってるって! 大会に出る奴らの殆どがそれ目当てなんだからな!」

「あーやべぇ……俺よォ、小さい頃からの夢だったんだ。美人と結婚してラブラブイチャイチャするってのがよォ!」 

 「気持ちわりぃ笑顔だな……だがな、よく考えてみろ? 『治癒能力』なんてチート能力、この世に居る誰もが欲しがるぜ? だがその唯一の枠を女に取られちまって、恨んでるやつだってうじゃうじゃといやがる」

「……だから、なんだよ」

「はぁ――お前は真性の大馬鹿者だな……今回の大会、色んなとこから最強最凶最恐な奴らが集まんだ! 俺らなんかにゃ勝ち目はねぇんだよ!」

「ってもよ、毎回毎回同じ奴が優勝するわけじゃねぇだろ? 俺たちだって鍛えてんだ、運良く――」

「うんにゃ。その汚ぇ口を閉じてろ。俺は出ねぇ。」

「んな、おめぇ裏切る気かよ! それに、大枚はたいて1回戦目は弱い奴に――」

「その相手ってのが『ボルガス』だったんだよ! 終わりだ、終わり!」

「……冗談だろ? 『ボルガス』っていや第1回の優勝者の名前じゃねぇか。このアリーナの顔だろ?」

「あぁ、さっき見てきたんだが、歴代優勝者の像まんまの奴がマジで居やがった……酒場で飲んだックれて自慢していやがったぜ! ほんで、ソイツが1番弱いんだとよ。『ボルガス』の野郎が知ってんのかはわかんねぇけど」

「………………」

「分かったらさっさと4階に行くぞ! いい席が取られて挙句2階席で観戦なんて嫌だぜ俺は。あと、出ない事がバレてキャンセル料を取られたくねぇ」

 声の主は怒り足で前に、もう1人も遅れてトボトボと何処かに行ってしまった。

 再び光の刃が僕を貫いたが、今度は何の情報も侵入をしてこなかった。あるのは、冷静な脳とひんやりとジメつく空間、石階段の感触だけだ。

 軽く舌を噛む。血の味が口っぱいに広がると、元気が出てきた。無意識の行動だったが、そこでようやく足が動き出した。

 木製の扉は、格子状の穴が空いていた。

 そこからゆっくりと外を眺めてみるが、人の姿も気配も感じないし、麦の香りもしなかった。

 地下で見たものと変わりない、長い通路が続いているようだった。

 ゆっくりと扉を開き、体を外に出した。

 息を吐き、次に吸い込んだ瞬間、そこが異世界であるかのように感じた。瞳孔が限界まで開き、体が硬直した。全神経が、堰堤を越えようとする情報の波を留めようとする事に注がれていた。何も考えれないのに、何もかもを感じる。

 只の微風ですら新鮮で、鉛のようだった。ぶつかる度に脳が震え、消えそうになる。

 重くなっていく瞼を開けていることすら儘ならない。視界が閉じていく、意識が連れていかれる。不自由な体だ――

「あの、大丈夫ですか?」

 右肩に体温を持つ何かを感じた時には、僕の体は地面とキスしていた。レッドカーペットを通して冷たい大理石を感じる。

「え、 そんなに力入れて無いんですけど!?」

 焦る声を他所目に顔をカーペットの皺に埋めた。気持ちいいから動きたくないのと、また頭がパンクするのが嫌だった。

 僕は手を挙げて親指を立てた。

「えーっと……大丈夫なら良かったです」

 と、言いつつも。その声の正体は僕の傍を離れていかない。

 何故か分からず、逆の手を上げて親指を立てると、息を吸う音が聞こえてきた。

 なんだよ。早く何処か行けばいいのに。

 ゆっくりと慎重に、芋虫の如く距離をとる。

「私、えっと、受付やってて。それで最後の選手を探しるんですよね、最終受付が終わって皆さん集まっているのに……貴方、知りませんか? この辺りで目撃情報が途絶えているんですよ」

「ひああい」

「え? あ、ちょっと!」

 伸ばし切った足首が締め付けられ、悲鳴をあげる。

「貴方、怪しいですね。顔も見せず、気持ちの悪い距離の取り方をしている……」 

「いや、違くて」 

 全身の服が張り付き、喉が渇いた。

 一気に顔を上げて立ち上がったせいか、前後も分からない。目の前に現れた金髪碧眼の美人に息を呑む暇もない。

 研究所から来たことがバレれば即終了。父さんを失望させる事になる。そもそも、アリーナの最終受付ってなんだよ。時間の管理は? 全くもって余裕が無いのは何でなんだよ。

「貴方、最後の選手ですよね? そうなんですよね?」

 ボーッと硬直する僕に詰め寄り、睨みつけてくる。

 物凄く距離が近い。初めて嗅ぐ花の匂いが不快だった。何も考えられなくなる。

「……………………」

「ねぇ!?」

「……………………はい。そうです」

「はぁ……やっぱり」

 選択肢が無かった。失望混じりのため息が、僕の心に重くのしかかってきた。一気に体が重くなった気がする。

「本来キャンセル料を貰う所なんですけど、都合上貴方には出てもらわないと困るんです。だから許します」

「……なんで困るんですか?」

「貴方に言っても仕方の無いことです……けど、いいです、教えてあげます。その代わり出場すると誓って下さい」

「分かりました」

「よろしい。いいですか? 答えは簡潔。第1回の優勝者がパッパと負けられると困るからです!」

「……はぁ」

 小さい胸を張って小さい事を言う人だなぁって思うけど、正直どうでも良かった。勝つし。

「まぁ、でも。貴方を見て安心できたので良かったです! 組み合わせは間違って無かったって!」

 宝くじでも当たったみたいな喜び方をする。

「ささ、案内しますから、着いてきてください」

 鼻歌混じりの軽いステップで前を進み出した。

 僕は黙ってそれに着いていく。

 一旦、何をすればいいかが決まったからか、心の方は随分と楽になった。とにかく『ボルガス』とか言うのを倒せばいいんだ。

 只、体の方が心配だった。さっきみたいに硬直すれば、一発KOの可能性もあるかもしれない。どういう場所でどんな相手とどんな戦闘をすればいいか、その前情報すらない。

 なんなら、勝たなくていいとまで思われてるし……そう考えると、自分でも驚くくらいスっと楽になった。期待されない方がいい。勝手に保険がかけられてる状態だから。

「まぁ、負ける気は無いけどね」

「え、何か言いましたか?」

「いえ、何も」

「……はぁ」

 変なの。とでも言いたげな目だけど、受付ならそういうの隠した方がいいと思うんだよ。

 カーペットの皺に躓きつつ、壁に手を走らせながら、ひたすらに歩いた。

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