090 黒い死免蘇花
『黒い死免蘇花……。本当に実在していたのね』
リンがテーブルに置いてある箱の中の死免蘇花を見つめながら呟く。美しく輝く死免蘇花からは膨大な魔素を感じる。まるで魔素が結晶化したようだ。確か死者をも復活することが出来るらしいが、これほどの魔素を内包していれば、もしかしたらと思ってしまう。
「この魔族領に1つだけ存在する死免蘇花です。これを使えばリン様の失った肉体は復活するとのことです。ただし、呪術:死免蘇花―黒―を発動するには、とてつもない魔素を必要とします。今のサイガ様でも難しいかもしれません……」
死免蘇花―紫―を発動した時ですら、体内にある魔素を殆ど消費し他の呪術を使う余裕はなかった。カミニシとの戦いから回復したとはいえ、いまだ体内にある魔素は少ない。仮に完全に回復して全ての魔素を使ったとしても発動できるか微妙なところだろう。
『確かに今のアンタじゃ難しいわね。死免蘇花―紫―の倍は魔素が必要よ。全て回復したとしても、あと少し足りないわね』
リンも俺と同じ考えのようだ。だが、今すぐに発動する必要は無い。元に戻す方法は分かったのだ、あとはどうやって発動するか考えるだけ良い。リンに関しては、かなり目的に近づいたと喜ぶべきだろう。
俺は気持ちを切り替え、もう1つの目的である人間に戻る方法について、カイに尋ねる。トガシゼンの口ぶりから俺が元人間である事は、ばれているようなので隠さずに素直に聞いてみた。
俺の質問を聞くと、カイは試験官を呼びテント周辺にいる全ての魔族を遠ざけるよう指示を出す。そして、全ての魔族の人払いが終わった事を確認すると、ゆっくりと話し始めた。
「……魔皇となられたサイガ様にはある権利が与えられました。まずは左手の甲をご覧ください」
カイに勧められ俺は左手の甲を確認すると、見た事が無い紋様があった。肩や鳩尾にある紋様と同じものだろうか。何となくだが違うような気もするし、カイに聞いてみる。
「手の甲に紋様みたいな印があるが、何か意味があるのか?」
「はい、御座います。その紋様はサイガ様が魔皇になられた証……。そして、魔神の称号をかけた戦いに挑む事ができる唯一の印となります」
カイの言葉に一瞬、頭が真っ白になる。魔神の称号をかけた戦いとは……魔神って戦ってなれるものなのか。血筋とか民意とか関係無くなれるとは、いくら何でも非常識過ぎる。呆然としているとしている俺を無視してカイが話を続ける。
「我が主曰く、『俺に勝ち魔神になった暁には、人間に戻る方法を教えてやる』とのことです。もちろんサイガ様が元人間であるということは主と私しか知りません」
正確にはリンとララ、そして多分オテギネさんも俺が元人間だと知っていると思うが、今はどうでも良い。なぜ魔神トガシゼンは俺が元人間だと知っているのか、そして、本当に人間に戻る方法を知っているかが重要だ。
「……魔神トガシゼンの言葉を信じるとして、なぜ俺が元人間だと分かった?」
「それは我が主の呪術によるものとしかお答えできません。全てを知りたいのであれば、魔神になるしか道はないと思います」
答えることが出来ないと謝罪しつつ、魔神になることを勧めるカイ……一体、何を考えているのだろうか。俺が魔神になるということは、自分の仕える主人が魔神ではなくなるということだ。いくら下剋上や弱肉強食が魔族の常識と言っても主人に対する裏切りにならないのか。
「フフフ、ご心配は無用です。我が主がそれを望まれて、サイガ様を魔皇にしたのです。久しぶりにあんなに生き生きとした主人の顔を見ました」
怪訝そうな俺の表情を見ると、少し嬉しそうにカイが答えた。まぁ、本人が望むなら問題ないのだろう。まだ、顔も見たことのない相手だが、カイに乗り移った時に感じた圧力は相当なものだった。オテギネさんと比べても遜色が無いほどだ。
正直、勝てる気がしないが、魔神にならなければ人間に戻れないのであれば、選択肢は1つしかない。魔王から魔皇、そして魔神と人間に戻るためとはいえ、どんどん人間からかけ離れてるようで不安になる。
「最後にこれだけは注意しておいてください。今から1カ月後に魔族領全体にある御布礼が出ます。内容は『魔皇サイガに1対1で挑み勝った者が新たな魔皇となり魔神と戦う権利を得る』。我が主を探す旅ですが、道中お気をつけてください」
カイが、いきなりとんでもない事を言うと、胸に手を当て恭しく礼をする。魔神を探すまでは、ギリギリ良いとして、旅の先々で魔族に挑まれるってどういうことだ。もともと俺は、人間に戻る方法を探すため、ゆっくりと魔族領の名所を回りながら観光を楽しむつもりだった。誰がそんな殺伐とした地獄めぐりのような旅がしたいんだ。
理解が追いつけずにいる俺を無視してカイが説明を続ける。もし挑まれても戦うかどうかは俺の判断に任せるらしく、拒否するのも自由だそうだ。もし負けた場合は左手の甲にある紋様は消えて相手の左手の甲に移るみたいだ。これも呪術の一種で呪紋と言うらしい。
また、魔神との戦いは1対1ではなく魔神1人に対して、こちらは3人まで戦うことができる。かなりこちらが有利だと思うが、絶対に負けない自信があるそうだ。とにかく魔神トガシゼンは少しでも、ちゃんとした戦いになるようにしたいらしい……物凄い自信だ。
一通り説明を終えるとカイは魔神を探すための支度金と書簡を手渡す。支度金として魔金貨20枚を渡され、書簡には俺の魔名と真名が書いてあるという。俺は支度金だけ受け取ると、書簡はカイに返した。
「悪いが、俺にはサイガ・シモンという親から貰った名前がある。今更、名前を変えるつもりはない」
「……そうですか、魔名と真名を得るだけで、呪術に大きな影響を与えることができますが不要ですか……。我が主の予想通りでしたね。ではサイガ様、こちらをお受け取りください」
カイは俺から書簡を受け取ると懐から別の書簡を取り出して渡して中身を確認するように促す。書簡を開き内容を確認すると思わず目を見開く。俺は書簡を折りたたむとその場で細かく破った。
「まだ、会ってもいないのに気が早いことだな、アンタのご主人様は」
「いいえ、我が主は確信しているだけです。サイガ様が主人の元まで辿り着き挑まれると。だからこそ貴方に自らの魔名と真名を教えてたのでしょう」
書簡には魔神トガシゼンの魔名と真名が書かれていた。2つの名を知るということは魂との繋がりができるということだが、俺には魔名も真名も無い。こちらの呪術の影響は大きくなるが、魔神には何の得もないはずだ。
とはいえ、魔族領の何処に居るか分からない魔神を探しながら、魔皇の称号を狙う魔族たちを相手にしないといけない事を考えると、大した事でもないのかもしれない。魔神に辿り着けない可能性だって十分にある。
カイは説明が全て終わると部屋から出ていった。俺は出て行くカイを見送り、与えられた情報を整理すると、割り当てられたテントへと向かった。
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