087 カミニシと対戦(3)
俺は地面に横たわるカミニシとその後ろに転がる自分の下半身を見ながら、仕込みが上手くいったことに安堵する。カミニシの呪術:駿封逮踏を受けた場合、間違いなく致命傷は避けられない。呪術を受けるつもりはないが、万が一に備えて死免蘇花の「赤」と「紫」を背中と胸に張り付けて晒しで巻いて隠していた。
頭を潰されたり首を切断されたら何も出来ずに死ぬしかなかったが、腕の外殻を小盾に変形させて、死免蘇花がある胸部と頭部は死守し、なるべく意識が下に向くように敢えて胴体をがら空きにした。
見事に誘いに乗ったカミニシは胴体を切断してくれたが、本当に死ぬほど痛かった。俺は激痛で気を失わないよう必死に耐え、カミニシが背を向けるとすぐに胸にある死免蘇花ー紫ーを発動した。
地面に倒れるカミニシを横目に上衣を脱いで腰に巻く。別世界の言葉でいう『フルチン』になった俺を見て、リンが両手で顔を隠しているが、良く見るとしっかりと指を開いて、その隙間から覗いているが、今は無視する。
カイの方を向いて勝利を確認すると、何も言わず俺の後ろに視線が釘付けになっている。俺もカイの視線を追って振り向くと、ボロボロになったカミニシが立ち上がり、何かを呟く。
「……呪術:逡複太刀 (シュンプウタイトウ)」
意識を取り戻しただけでも信じられないのに、カミニシは立ち上がり呪術を発動した。既に限界を超え体力も尽きかけているはずのカミニシが、細剣を構えて凄い勢いで迫ってくる。
俺はすぐに構えを取り攻撃に備えると、カミニシが3人に別れる。3人のカミニシの持つ細剣はいつの間にか太刀に変わり、別々の方向から同時に迫ってくる。状況が理解できず逡巡するが、とっさに俺は魔素感知を行う。
3人のカミニシの魔素は質・量ともに全く同じで、魔素感知ではどれが本体か判断できない。もしかしたら全て本物かもしれないし、全て偽物かもしれない……何でもありの呪術に常識は通じない。
目の前で起こる事象をそのまま受け止めた俺は3人全てが本物として迎え撃つ。
目の前のカミニシが振り下ろす太刀を半身で躱すと、左右のカミニシが下段からの斬り上げと胴体を狙った横薙ぎを同時に放つ。俺は下段から迫る太刀は無視して、胴体を両断しようとするカミニシに横蹴りを繰り出した。
横薙ぎに振られた太刀が胴体に届く前に俺の蹴りが入り、カミニシが後方に吹き飛び宙で霧散する。横蹴りで上がった足を戻して斬り上がる太刀を避けようとするが間に合わず、俺は僅かに曲がった軸足を精一杯に伸ばし体を捻じり、出来るだけ斬撃の軌道から逃れる。
ザンッ!
無理矢理に体を捻じったために反動で振り上がった左腕が、斬撃の軌道上に入ってしまい斬り飛ばされる。俺は激痛に耐えながら背に張り付けた死免蘇花―赤―を発動しようとするが、何も起こらない。さっきの死免蘇花―紫―を使った時に一緒に発動したのか、そもそも魔素が不足して発動できないのか……。
上腕から先が無くなった左腕を抑えながら、必死に転がりカミニシから距離を取ると、片腕となりバランスが悪くなった身体を強引に起こして立ち上がる。すぐに俺がカミニシを探すと、その場から動くことが出来ずに、細剣を杖代わりにしてどうにか立っているカミニシを見つける。
カミニシもすぐに仕掛けることはないと判断し、俺は体内の魔素に意識を向けると残り僅かだと分かった。死免蘇花―紫―を発動した時にかなりの魔素を消費したようだ。俺が少ない魔素を左腕に集中すると、少しだけだが出血を抑えることが出来た。
俺の僅かな魔素では呪術を発動するのは無理だろう。次にカミニシが呪術を発動すれば防ぐ術もなく、間違いなく殺される。3人に別れるカミニシの中に本体がいる可能性は高い。俺の蹴りを受けたカミニシは霧のように散って消えた……もし全て本物なら蹴りぐらいで消えるはずがない。
3人に別れたカミニシの本体に相打ち覚悟で特攻をかけるしか勝利する方法はないが、本体がいるか分からず見つける方法もない……。予想に仮定を重ねた願望に近い頼りない作戦に縋りつくしかない自分に思わず笑ってしまいそうになる。
……もう魔王になることも人間に戻ることも、どうでも良くなった。ただ、目の前の男を倒すことだけに集中する。俺はヤツを見つけ拳を叩き込むためだけの目を望んだ……それだけを熱望し切望し、そして渇望する。
俺が渇きにも似た願望で頭がいっぱいになると、急に目の前が真っ暗になった。
◆
少しでも気を抜くと意識が飛びそうになるのを必死に堪えて、構えを取るサイガを見据える。ここまで追いつめられるとは思わなかった。油断もあったがアイツの実力は本物だ。まさか胴体を両断しても瞬時で治す呪術を持っているとは、想定外だったが、アイツの魔素は残り僅かだ。
俺もサイガほどでは無いが、魔素は残り少ない。第4段階の呪術:逡複太刀を使うとしても、あと1回が限界だろう。複数に別れた俺が太刀を持って斬りかかる呪術……発動した俺でさえ、どれが本当の自分なのか分からない、厄介極まりない呪術だ。
途切れそうになる意識を必死で繋ぎ止め、俺はサイガを見据えると、構えを取るアイツの額当てがずれて両目を隠す。こんな時に運がないヤツだと同情するが、容赦はしない。俺は止めを刺すべく呪術を発動する。
「呪術:逡複太刀 (シュンプウタイトウ)」
呪いの言葉を呟くと、俺は3人に別れてサイガに襲い掛かる。正面の俺が上段からの打ち込みで頭をかち割ろうとし、右の俺は心臓を貫くため中段から刺突を放ち、最後に遅れて左の俺が胴体を切り裂く下段から逆袈裟斬りを繰り出す……全ての俺がサイガに必殺の一撃を放った。
迫りくる3人の俺が見えていないのか、サイガは額当てを戻さず構えたまま動かない。容赦なく俺は太刀を振り下ろすと額当ての表面に巨大な目が現れる。一瞬、警戒して振り下ろす太刀を止めようとするが、魔素も体力も限界でこれ以上戦うことはできないと思った俺は、構わず太刀をサイガに叩き込んだ。
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「転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたのですが、王女や聖女が許してくれません~」という作品も投稿しています。こちらも読んで頂けると嬉しいです
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