079 シノジと対戦(3)
俺は決闘場の端まで飛ばされたシノジを横目に呼吸を整える。なんとかシノジの呪術を破り、渾身の一撃を与えることが出来た。
滅心磨刀流掌打『破圧』……相手に掌底を叩き込むと同時に、僅かに遅らせ、もう片方の掌底を打ち込む連打の掌底突き。
満身創痍の状態からシノジ相手にこの技を決めることが出来たのは、魔王選定の儀が始まるギリギリまで行った修練のおかげだ。訓練場を準備してくれたララとノーベさんの顔を思い浮かべて感謝する。
呼吸を整えながら俺は体の状態を確認する。あちこち鉄鞭に打たれ皮膚が弾け飛び打撲もあるが、骨には異常はなく動きを妨げることなさそうだ。まだ十分に戦えると確信した俺は、全身の痛みに耐えて、拳を握り構えるとシノジの方を向く。
シノジも起き上がっているが、攻撃をする様子はない。両手に持った鞭柄は真っ二つに折れて、これ以上は使い物にならないだろう。シノギは両手に持った鞭柄を見ると、溜息を吐き投げ捨てる。
無手となったシノジはその場から動かず、右手を俺に向けて何か呟くと、周囲に大量の蛾が現れた。
◆
ワタシは真っ二つになった鞭柄を見下ろし溜息を吐きながら、使い物にならなくなった愛用の得物を投げ捨てると、構えをとったサイガがワタシを睨んでいた。あれだけ鉄鞭を叩き込んだのに、まだ戦えるようだ……コイツはきっと魔人ではなく、人型の魔獣か魔蟲に違いない。
ワタシはもう一度溜息を吐くと、右手をサイガに向けて呪術を発動する。
「呪術:蛾浸陰気 (ギシンアンキ)」
いきなり大量の蛾が現れてワタシの周りを飛び回る……大きさは普通の蛾と変わらないが、赤と黒の斑模様の羽を持ち、櫛葉状の触覚は異様に大きい。異形の蛾たちはワタシが指示を出すと、サイガに向かって一斉に飛んで行く。
異形の蛾たちが大量の陰の気を含んだ鱗粉をサイガの元まで運ぶと、鱗粉を吸い込みサイガは咳き込み始める。口を押えて鱗粉を吸い込まないようにしているが、無駄なことだ。魔素でできた鱗粉は肌からも侵入しサイガの体を蝕み続ける。
この呪術は大量の魔素を消費するため使いたくなかったが、無手ではサイガに勝つことは無理だと判断した。それにコイツに勝てば、次はクズノセだ。適当に戦うふりをして負ければ問題ない。
クズノセに勝ちを譲るのは癪だが、人族領に唯一面しているジュウカン領を手に入れるのが何よりも重要だ……くだらない私情を挟む余地はない。ワタシたち3人の誰かが新たなジュウカン領の魔王となり、いままで成し得なかった人族領の侵攻を行うのだ。
ワタシは鱗粉を吸い込み、藻掻き苦しむサイガを見ながら、今回の魔王選定の儀に潜り込んだ目的を思い出した。
◆
シノジの呪術で生み出された大量の蛾が振りまく鱗粉を吸い込む度に、体調が悪くなっていく。頭痛や眩暈から始まり、呼吸困難や吐血が続くと、次第に全身の力が抜けて、立っているのも辛くなる。
俺は呪術:釼清刈崩を発動して、周りを飛び回る蛾に手刀を打ち込み消していくが、数十匹もいる全ての蛾を打ち消すことは不可能に近い。打開策を探るべく俺は周りの魔素を感知するが、1匹1匹に同じ魔素を感じるだけで、核となる魔素は見つからない。
ならばと俺は、先ほどと同じく体内に意識を集中するが、違和感らしきものは感じない。強いて言うならば、体内に侵入した別の魔素が俺の体を蝕むような感覚がする。この別の魔素を吐き出すなり、浄化するなり出来ないか、必死で魔素を操作するが、できる気配はない。
俺が必死に足掻いている間も、鱗粉はどんどん侵入して体を蝕んでいく。もはや、まともに立つこともできず、地面に膝が付くと、意識が朦朧としてきて、手刀を振るう力もなくなる。
薄れゆく意識の中でリンの顔が過り、決闘場の外にいるリンを探すと、何か必死に叫んでいる。
『もういいわ、サイガ! 早く棄権して、このままだと死んでしまうわ! 約束なんて、もう、どうでもいいから!』
リンの叫び声で俺は魔王になる約束を思い出す。軽い口約束かもしれないが、リンの目は真剣だった……破っていい約束などあるはずがない、例えそれが口約束だったとしてもだ! 俺は最後の気力を振り絞ると、体内の魔素を操作する。
体内にある別の魔素を吐き出すとか、浄化するとか、難しい事は考えない。ただ、全身にある全ての魔素を一気に放出しようとした瞬間、頭の中に声が響く。
<新タナ呪術:仁診解放 (ニッシンゲッポウ)ヲ習得シマシタ>
新たな呪術の習得を告げられると、俺の頭の中に呪術の情報が流れ込んでくる。その内容に俺は思わず笑いそうになるのを堪えて、すぐさま呪術を発動する。
「呪術:仁診解放 (ニッシンゲッポウ)」
俺の体が淡い光に包まれると、体に侵入した別の魔素が消えていき、蝕まれた肉体も回復する。呪術を使ったせいで魔素はほとんど残っていないが、先ほどまで苦しんでいたのが嘘のように体が軽く、全ての病魔から解放されたかのような不思議な感覚になる。
シノジの呪術から解放された俺は周りを飛び回る蛾を無視して、全速力で走り出した。
◆
地面に膝をつき、もはや戦うどころか立ち上がることも不可能に見えたサイガが、淡い光に包まれると、急に立ち上がりワタシに向かって走り出した。またしても呪術を破られたのか……激しく動揺し何をして良いか分からなくなったワタシは体が硬直する。
目の前に迫るサイガは、ワタシの気持ちなどお構い無しに前蹴りを放つ。つま先がみぞおちに届く前に、ワタシは両手を前に交差して防ぐが、両腕から衝撃は伝わって来ず、不思議に思い顔を上げると、両手を頭上に振り上げるサイガが見えた。
サイガは振り上げた手刀をワタシの顎を目掛けて振り下ろし、正確に先端を撃ち抜く。左右から振り下ろされた手刀は、僅かの差をつけワタシの顎を打ち抜き激しく脳を揺らし頭蓋骨に何度もぶつけると、ワタシは目の前が真っ白になり、そのまま意識が無くなった。
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