078 シノジと対戦(2)
ワタシの攻撃をことごとく避け続ける男を見る。既にかなりの時間が経っているが、一向に当たる気配がない。どの魔族が使うどの技でもない不思議な体術に少し興味を持ち、男に話しかける。
「おい、お前、何者だ?」
ワタシが問いかけると、男はサイガと名乗った……あまりにも興味がなく忘れていたが、確かにそんな名前だった。更にどこで身につけた体術か尋ねたら、サイガは答える気が無いようで、どこか誤魔化しているのが分かり、その態度に苛立ちが募る。
所詮、殺すことには変わりなく、見たことのない体術を使おうが勝つのはワタシだ。既に興味も失せたワタシは、すぐに終わらせようと呪術を発動する。
「呪術:偽針暗器 (ギシンアンキ)」
ワタシが呪いの言葉を告げると、サイガの目の前に針の虚像が現れる。急に目の前に現れた針を必死に避けようとするが、サイガの背後からもう1つ針が迫る。ワタシがこれで終わりだと思った瞬間、サイガは前方に倒れ込み自ら偽りの針に突っ込んだ。
◆
シノジが呪術を発動すると目の前に巨大な針が現れた。俺は避けようと後ろに跳ぼうとするが、背中に寒気を感じて、咄嗟に魔素感知を行う。背後から多くの魔素が集まるのを感じ、刺される覚悟で目の前に迫る針を目掛けて倒れ込んだ。
俺は額にある外殻に魔素を集め硬化しながら倒れると、目の前に迫る巨大な針はすり抜けて、何かが後頭部を掠めた。目の前に迫る巨大な針は幻だったらしい……本命は背後から迫ってきた何かだったのだろう。
何とか呪術を凌いだ俺は急いで起き上がり、シノジとの距離を取り構えると、周囲に注意を向ける。すぐに攻撃がないと分かり落ち着いた俺はシノジの呪術を思い出し、背中に嫌な汗が流れる。運よく直感が働き、魔素感知が間に合っただけで、一歩間違えれば死んでいた……。
俺はぎりぎりの攻防に冷や汗をかきながら、何とか体勢を立て直すとシノジが驚愕の表情をしている。たまたま運良く呪術を躱せただけだが、何か勘違いしているようだ。相手が混乱するのは大歓迎だ……俺は構えを解いて余裕の表情をすると、シノジに向かって歩き出した。
◆
呪術:偽針暗器を凌いだサイガは起き上がり、少し笑い距離を詰めてきた。初見でワタシの呪術を躱したのは同じ魔王の3人だけだ。このサイガという男は魔王並みか、それ以上の実力を持っているということか……。
余裕の笑みを浮かべるサイガの顔を見ると薄ら寒いものを感じ、冷や汗が頬をつたう……飲み込まれてはダメだ。ワタシは強引に気を取り直すと、サイガに鉄鞭を叩きつける。
サイガは遠くから自らを俯瞰しているかのように、前後左右全ての攻撃を避け続ける。本当に不思議な体術だ……やはりこのまま攻撃を続けても躱し続けられるだけだろう。ワタシは鉄鞭での攻撃を諦めると、第2段階の呪術を発動した。
「呪術:戯心行来 (ギシンアンキ)」
ワタシがサイガに向け手をかざすと、これまで軽快に動いてたサイガが急によろめき地面に手を付く。動きが止まり蹲ったサイガを鉄鞭で滅多打ちにすると、強烈な鞭打に堪らず、後ろに逃れようとするが、足が縺れて倒れてしまう。ワタシは何も出来ず地面に手を付くサイガに容赦なく鉄鞭を叩き込む。
ワタシの第2段階の呪術:戯心行来は戯れに被術者の心を乱し、平衡感覚を狂わせる。相手は行くことも来ることも出来ず、ただ、その場に止まり足搔き続ける。
どんなに優れた体術を使おうが、平衡感覚を狂わせば何もできない。ワタシの呪術を受けたサイガは逃げることも防ぐこともできず、亀のように丸まり地面に這いつくばった。
◆
シノジの呪術を受けて、まともに立ち上がることも出来なくなった俺は隈なく魔素を循環させて頭を両手で守ると地面に蹲る。シノジの容赦ない鞭打に激しい痛みが全身を襲うが、歯を食い縛り何とか耐える。
このまま蹲っていても状況は変わらないが、平衡感覚を狂わされて立ち上がることができない。呪術:釼清刈崩でシノジの呪術を解除したいが、どこを狙って良いかも分からない。
ララやオオカカのように事象が視認できる呪術なら斬ることもできるが、シノジの呪術は視ることが出来ず、どこを斬って良いか分からない。それに魔素を感知しようにも体中を叩かれ、激痛が走り集中できない。
俺は鉄鞭の打撃に耐えるため、限界まで体内の魔素を循環させて肉体強化を図る。出来るだけ多くの魔素を循環させるために、俺は体内に意識を集中すると頭の中に違和感を感じる。
まさかと思うが、このままシノジの攻撃に耐えているだけでは、そのうち負けてしまう。俺は一か八かの賭けに出る覚悟を決めると呪術を発動した。
「呪術:釼清刈崩 (ニッシンゲッポウ)」
右手に魔素が集まり赤く光るのを確認すると、俺は横に跳び地面を転がり鉄鞭から逃れる。そして、人差し指に魔素を集中させると自分のこめかみに突き刺した。
◆
亀のように丸くなり必死に攻撃に耐えていたサイガが、急に横に跳び地面を転がる。呪術の効果が消えるまでまだ時間があり、無駄な抵抗だ。ワタシは追い打ちをかけようと思い切り鉄鞭を頭上まで振り上げた瞬間、サイガは自分のこめかみに人差し指を突き刺した。
ワタシは一瞬、気でも触れたのかと思ったが、それならそれで止めを刺すだけだ。渾身の力を込めて鉄鞭をサイガ目掛けて振り下ろした。
サイガはこめかみから指を抜くと、すぐに立ち上がり反転しながら鉄鞭を躱し、そのままワタシに向かって走り出す。
信じられない光景を見せられ頭が混乱する。まだ、呪術が消える時間ではない。少なくとも今の一撃を放つまでの時間は十分にあったはずだ。こめかみに指を刺すことで呪術を強制的に解除したということなのか……。
動揺しているワタシの目前にサイガが迫る。大振りになった攻撃の隙を突かれ、一気に距離を詰められてしまった。この距離から鉄鞭を振るうことはできないし、呪術を使う時間もなさそうだ。
ワタシは動きに集中して攻撃に備えると、サイガは目と鼻の先まで詰め寄り、瞬時に深く腰を落して両足で踏ん張る姿勢となる。そして、ワタシのみぞおち目掛けて掌底突きを放った。
ワタシは素早く鞭柄を両手で持ち攻撃を受け止める。一瞬、体が浮くが、何とか攻撃を凌いだと思った瞬間、サイガは止められた掌底の上から、更に掌底突きを叩き込んだ。
両手で押される形となった鞭柄は、衝撃に耐えられず真っ二つに折れてしまう。それでも勢いは止まらず、そのままワタシのみぞおちに掌底がめり込む。初撃で宙に浮かされ踏ん張りの効かないワタシは勢いよく後ろに飛ばされた。
地面に叩きつけられ、数回跳ね転がりようやく止まる事ができた私は、すぐに立ち上がり、口から流れる血を拭うと、すぐにサイガを探す。
サイガは決闘場の真ん中で肩で息をして立っていた。よく考えれば、あれだけの攻撃を受けて、すぐに動けるのは異常だ。ワタシは魔獣や魔蟲並みの底知れない耐久力と体力を持つサイガに背筋が凍った。
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