072 細剣と暗器
俺は尾行していた中年の男に向かって一気に走る。長い間、こちらを監視していたせいだろうか、男は俯き目頭を揉み始めた。かなり距離が離れているからとはいえ、油断し過ぎだろう。
一気に男への興味を失せた俺は、早々に終わらせるべく呪術を発動する。
「呪術:瞬風帯刀 (しゅんぷうたいとう)」
腰に帯刀していた細剣を抜くと、刃の周りに風が渦巻く。男が顔を上げると同時に剣を振り抜くと、風刃が飛び男の首を刎ねた。
細剣を鞘に戻し男に近づき、首の無い胴体から割符を取り出す。地面に転がる首を一瞥するが、特に何も感じることはなかった。
「シノジのおかげで意外と早く片付いたな。他の受験者も少し気になるが、所詮、俺たちより弱い雑魚ばかりだ。見ても時間の無駄だな」
シノジを手伝おうかと一瞬思ったが、逆に邪魔だと嚙みつかれる情景しか目に浮かばなかったので、さっさと会場に戻ることにした。
◆
カミニシに尾行されていることを教えて別れると、男たちが戦っている場所に向かった。鬱蒼と生い茂る草木が邪魔でイライラするが、この怒りは男たちにぶつけることで解消させてもらう。
鬱陶しさを我慢して進んでいくと、男たちの声が聞こえてきた。
「おら、いい加減に割符を置いて逃げろよ!」
「うるせー、お前こそ、とっと逃げやがれ!」
男たちの姿がはっきり見える所まで近づくと茂みに隠れて気配を消す。生い茂った草木が顔を突き、不快感が募るのを我慢して2人の様子を覗う。
「いい加減にしろよ、死にたいのか! バカ!」
長身の男が文句を言いながら長槍を突き出すと、斧刃で受け流した獣人の男が後方に大きく跳んで距離を取る。2人ともなかなかの達人のようだ。まぁ、魔王たる私から見れば、素人に毛が生えた程度だが……。
「お前こそ大怪我する前に割符を置いて、消えやがれ!」
今度は獣人の男が繰り出される長槍をかいくぐって切り込むが、長身の男に素早く槍で受け止められる。もうしばらく様子を見ていようと思っていたが、正直、見るべき所がない弱者同士の小競り合いだ。
もういい加減に鬱陶しい茂みの中にいる意味はないと判断して、私は茂みから出て男たちに声をかけた。
「おい、お前たち。割符を置いて、さっさと消えろ」
いきなり声をかけられた男たちが固まっている。戦うのを忘れてこちらを向いているが、それを無視して言葉を続ける。
「聞こえなかったのか? 早く割符を置いて、目の前から消えろ。同じことを言わせるな」
私の言葉が分からないのか、いまだに男たちは立ち尽くしたままだ。ポカンとした男たちの顔を見ると、燻っていた怒りが大きく燃え上がるのを自覚した。
◆
俺とフットは同じ村出身の幼馴染で、今まで切磋琢磨してきた親友だ。槍と斧と使う武器は違うが、お互いに技を磨き競い合い3次試験まで残れるほどの実力を身に着けた。昨夜も2人で最終試験に残ろうと誓い合った。
森を出た俺はフットと落ち合い、お互いの割符を確認すると不幸な事に同じ数字だった。2人で協力して他の受験者から割符を奪うことも考えたが、何人の受験者から奪えば、数字が揃うのか分からないし、受験者を探している間に合格者8人が決まってしまう可能性もある。結局は一番確実な方法を選ぶしかなかった。
お互いに後悔が無いよう正々堂々と戦っていると、銀髪の少女が現れた。会場にいたのは憶えているが、知力と運で何とか残った非力な受験者と思い、大して注意していなかった。
「おい、お前たち。割符を置いて、さっさと消えろ」
少女が俺たちに話しかけてきた。年下の子供のくせに上から目線の命令口調だ。見た目と言葉の差があり過ぎて、思わず口がポカンとなる。
「聞こえなかったのか? 早く割符を置いて、目の前から消えろ。同じことを言わせるな」
少女はイライラしながら、俺たちに命令をする。大人2人相手に勝てると思っているのだろうか。真剣勝負を邪魔された怒りが沸々と沸いてくる。
「おい、嬢ちゃん。俺たちは真剣勝負をしているだ、お前こそ今すぐ消えな!」
フットも同じ気持ちだったのだろう……少女に近づき凄んだ。
「わかった。もういい、死ね。呪術:偽針暗器 (ギシンアンキ)」
少女が呟くと、フットが崩れ落ちた。少女はつまらなそうにフットを見下ろして、俺の方を向いた。
「で、お前はどうする。死ぬか?」
「おい、フットに何をした! もしかして死んだのか?!」
「うるさい! もういい、お前も死ね。呪術:偽針暗器」
さっきと同じ言葉を少女が呟くと、いきなり目の前に巨大な針が現れ迫ってきた。俺は強引に身を捩って避けた……避けたはずだった。目の前にあったはずの巨大な針がこめかみに深々と刺さっていた。俺は途切れる意識の中で少女を見るが、もう興味がないのか背を向け去っていった。
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