070 木札と割符
テントに戻ると試験官が入口の前で待っていた。半刻後に説明を始めたいので会場中央の広場に集まるように言われると、俺はテントに入って食事をして着替え、荷物を持って広場に向かった。
広場には既にかなりの受験者が集まっており、近くにいた試験官に聞くと俺たちが最後とのことだった。俺は試験官に促されて広場に入ると他の受験者から一斉に注目された。少し居心地の悪さを感じながらも周りを見ると、まだ最高試験官のカイは来ていないようだ。
「やぁ、こんなにゆっくりとした到着とは余裕だね。さすが筆記試験で満点を取ったサイガ君だ」
「………………」
広場の隅で説明を待っていると、赤髪の男が話しかけてきた。顔は笑っているが、全然隙が無く漂う雰囲気には余裕が見える。俺は油断なく様子を覗う……体格は俺より細いが、決して鍛えられていない訳ではなく、年齢は同じぐらいか、少し上か……。
赤い髪は耳に掛かる長さで切り揃えられ金色の瞳の美丈夫だ。ただし、右目の瞳孔は縦長で爬虫類を連想させる。俺が思わず右目を見て表情を変えると、赤髪の男は苦笑いを浮かべる。
「やっぱり気になるよね。僕の血には僅かだけど竜の血が混ざってるんだ。家族では僕だけなんだど、先祖返りらしいよ」
「……すまない、じろじろと見てしまって。いきなり声をかけられ警戒してしまった」
素性の知れない相手に身構えていたとはいえ、あからさまに観察するような視線を向けてしまったことを詫びた。
「あぁ、気にしなくていいよ。そういった視線には慣れているから、いきなり声をかけた僕も悪いし。そういえば、自己紹介がまだだったね。僕はクズノセ、よろしく」
「そうか、それなら良かった。俺はサイガだ。で、なぜ俺の事を知ってるんだ?」
「あぁ、そういうことか。昨日、たまたまカイさんと会話してるところを見かけて、聞き耳を立てたら『サイガ』って言葉が出てきたから、鎌をかけただけよ」
なるほど、確かに俺の前には10人以上の受験者が会場にいた訳だから、カイとの会話を聞かれてもおかしくない。それに合格掲示板には名前と点数が書かれていたので、満点を取った俺は良くも悪くも注目されているということか。
「なるほど、一本取られたな。あと、俺の事は呼び捨てで頼む」
「了解だ、サイガ。僕のこともクズノセで頼むよ」
どちらからともなく自然と握手をすると、広場に最高試験官のカイが現れ、俺たちは手を離してカイの方に体を向けた。
「皆様、お集まり頂きありがとうございます。これより3次試験の内容を説明したいと思います。まずはこちらをご覧ください」
カイは手の平より少し大きい横長の木札を掲げて、広場にいる受験者に見せた。
「この木札には『一』から『十』までの数字が焼印されています。この10枚の木札を左右に割り、20枚の割符を用意いたしました。受験者の方々にはこの箱の中にある割符を1枚選んで頂きます。誰がどの割符を選ぶか誰も分かりません」
説明を続けるカイの横に大きな箱を持った試験官が出てきて並んだ。
「分かれた割符を揃え1つの木札にして、再び会場に戻ってきた者を合格者とします。そして、合格者が8名がなり次第、試験は終了させて頂きます」
『やっぱり、この試験で最終試験の為の8名が決まるようね。なるべく早く割符を揃えないと合格するのは厳しいそうね』
リンが言う通り割符を揃えるだけでは、合格するのは難しい。ただ、誰がどの割符を持っているか分からない状況で、闇雲に行動することはできない。ある程度の予測や推測に基づいて、割符を特定する必要がある。そして、どうやってその割符を奪うかも重要だ。
皆が黙り、これから始まる試験について、どのように攻略するか考えていると、クズノセが手を挙げて質問する。
「ちょっと確認していいかな、カイさん? 1つ気になることがあるんだけど」
「もちろんです、クズノセ様。どのようなご質問でしょうか?」
カイはクズノセを見て微笑み、右手を胸に当て軽く頭を下げると質問を促す。
「ありがとう。会場に持って帰る木札って何でもいいの? 例えばさ、自分が選んだ割符とは違う他の誰かの割符を奪って揃えても問題ない?」
「もちろん、問題ございません。条件は分かれた割符を揃えて会場に戻ってくるだけでございます。それ以外に何もございません」
クズノセの発言で受験者たちは一気に色めき立つ。誰もが選んだ割符の対となる割符をどうやって見つけて奪うかを考えていたが、そもそも見つける必要がない。極端な話、出会った相手から片っ端に割符を奪っていけば、いつか割符は揃う。
『それに何もせず会場付近で待ち伏せして、割符を揃えた受験者から奪ってもいいわけよね。この試験を考えたヤツってなかなか良い性格してるわね』
リンもこの試験が単純な割符の争奪戦ではないと理解したようだ。ここにいる20人の中のたった1人の行動で状況は大きく変わる。誰かが関係ない割符を奪い始めれば、生き残りを賭けた殺し合いにすらなりかねない。
最悪の事態を想像して軽く身震いする俺をカイが嬉しそうに見ていた……本当に良い性格をしている。とりあえず、割符を選ばないことには何も始まらない。リンとの約束を思い出し覚悟を決める。
―――――――――
2次試験の順位が低い方から割符を引くことができるので、14位だった俺は7番目に割符を引くことができた。箱の中に手を入れ割符を弄る。どれを選んでも同じなのだが、何となく一番大きな物を選んだ。
箱から出した割符を見て、俺は少し驚く。なるほど、こういう事もあるのかと納得すると俺は素早く懐に仕舞い、元の場所に戻る。後ろを付いてくるリンが俺に声をかける。
『確かに人の手で割ったんだから、こういうこともあるわね。で、サイガ、これをどうするの? 何か利用できそう?』
「いや、正直、分からん。狙って選んだ訳じゃないし、様子見するしかないだろう」
偶然に引いたこの割符をどうするか考えながらも、他の受験者が割符を選ぶのを注意深く眺めた。
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