064 俺の呪術(第2段階)
修練をしている途中にいなくなったリンが戻ってきて、今夜、中庭でララと戦うことになったと伝える。いきなり戦うことが決まり、どういうことなのかリンに確認をする。
『もう、魔素の感知は問題ないでしょ。だから、実戦で魔素を感知するのよ』
「実戦で魔素を感知することに何か意味はあるのか?」
『たぶんね。私たちは呪術を繰り返し使い魔素を感知することで、その呪術を理解していったわ。そして、理解を深めていくと真理のようなモノに辿りつくの。その瞬間、新たな呪術を覚えたわ。まぁ、私とララだけだから、他の魔族は知らないけど』
なるほど、武術に通じるものがあるかも知れない。何か1つの技を突き詰めていくことで、新たな技へ繋がることがある。それにララの呪術を感知するだけでも何かの役に立つはずだ。
「まぁ、確かに俺の呪術は使えないから、他の呪術を体験して感知することで理解は深まる可能性はあるか。他の方法も思いつかないし、やるしかないか」
『そうよ、やるしかないの。とにかく頑張るのよ』
言われるまでもなく頑張るつもりだったが、リンの上から目線の言葉で少しやる気が削がれた。
◆
執務を終え、窓を見ると外は少し暗くなっていた。夕食までには時間がある。軽く背筋を伸ばすと、ノーベにサイガを中庭に連れて来るよう頼んだ。
執務室を出て自室で動きやすい服に着替えて、軽く準備運動をする。久しぶりの試合に少し緊張するが、実戦では無いと気を楽にする。準備も整い、使用人から愛用の手斧を受け取って部屋を出ると、部屋の前でノーベが待っていた。
ノーベと一緒に中庭に出ると既にサイガと姉さんが待っていた。館を見ると何人か使用人が窓からこちらの様子を伺っている。
「ごめんない、待たせたかしら?」
「いや、問題ない。こちらこそ、すまないな。執務で疲れているのに、無理に付き合ってもらって」
軽く頭を下げてサイガが謝罪した。姉さんは対峙する私たちの前まで移動すると、試合の説明をする。
『戦う前にこれだけは守ってね。まず、ララは第1段階の呪術しか使用しない。あと武器での攻撃も禁止よ、呪術のみで戦って。次にサイガ、アンタは一切の攻撃を禁止。ひたすら避け続けて、魔素の感知に集中して。あと、ララに何かあれば、即死刑よ』
姉さんが最後にとんでもない事を言ったが、サイガを見ると特に気にしてないようだった……いつもの事なのだろう。腰に携えた愛用の手斧を外して、ノーベに渡して下がらせる。
『お互いに準備はいい? それじゃ始め!』
◆
リンの合図を受けて、後ろに下がり距離を取る。攻撃禁止とは言え、離れすぎては試合にならない。適度な距離を保ちつつ攻撃に備え、ララの動きに注意を向けると、体内の魔素が眉間に集中するのが分かった。
「呪術:羽四棘切 (ウヨキョクセツ)」
ララが呪術を発動すると同時に、体内にあった魔素が一気に放出されて、大気の魔素と融合し4枚の羽のような物体が現れる。ララが手をかざすと4枚の羽が俺に向かって襲ってきた。
1枚目の羽が頭上から頭を狙って振り下ろされるが、大きく後ろに跳んで避けると、後方に跳ぶ俺を待ち構えていた2枚の羽が左右から切りかかってくる。俺は深く屈んで頭上を交差する2枚の羽をやり過ごすが、目の前には既に4枚目の羽が突きつけられていた。
『それまでよ。ララの勝ちね』
リンが勝敗を告げると、4枚の羽は消えてララの魔素も感じられなくなった。
「完敗だな、ララの呪術……『羽四棘切』か。なかなか厄介な術だな。これでララ自身も攻撃に加わったら手も足も出ないな」
『でしょ、ララは凄いのよ。これで第1段階なんだから』
「私の方がかなり有利だったから、勝って当たり前だと思うわ。それより初見であれだけ避けられるサイガの方が凄いと思うけど……」
三者三様の感想を言い合い、今日は解散となった。ララの仕事次第だが、明日からも、この時間で試合を行うことになった。
―――――――――
ララとの試合を始めて、既に1週間が過ぎた。呪術:羽四棘切にも慣れてきた俺はただ普通に避けるのではなく、受けたり流したりと色々と工夫することで、少しずつ試合時間を延ばした。
そして、長い時間、避け続けられるようになると、ララの呪術をしっかり感知できるようになり、俺は魔素の細かな動きや変化が分かるようになってきた。
「(なるほど、4枚の羽は互いの魔素を絶えず共有する必要があるようだな。一定の距離以上は互いに離れない。それに僅かだが、大気中の魔素を吸収している……)」
ララの呪術を避けながら観察・解析していると、急に頭の中に声が響く。
<新タナ呪術:釼清刈崩 (ニッシンゲッポ)ヲ習得シマシタ>
声が響くと同時に呪術の情報が頭の中に入ってきた……。そして、俺は呪術:釼清刈崩を理解する。どんな呪術を習得するか分からないらしいが、今の状況には適した呪術だと分かり、俺は迷わず呪術を発動する。
「呪術:釼清刈崩 (ニッシンゲッポ)」
呪術を発動すると、右腕は魔素を纏い赤く輝き、外殻も縦に伸びて手甲剣のように変化する。呪術の発動に驚いて動きが止まっていたララだが、すぐに我に返ると攻撃に移った。
勢いよく突っ込んでくる羽を半身になって躱し、足を刈ろうと地面擦れ擦れを水平に飛んできた羽を小さく跳んでやり過ごす。地面から足が離れて避けるのが難しくなった瞬間を狙って、頭上から2枚の羽が交差するように切りかかってきた。
バキンッ!
2枚の羽は交差すると同時に砕け散った。交差する瞬間を狙い、俺は2枚の羽に右手刀を叩きつけた。
呪術:釼清刈崩……相手の呪術を清め刈り取り崩す劔を発現させる呪術。正確には格闘家の俺は手刀になるのだが、ララの呪術を破壊することができた。
◆
たった1週間……まだ、ララと試合を始めたばかりのサイガが第2段階の呪術を習得した。いくら魔素の感知ができるからといっても異常だ。人間だった時に戦ったアイツのことを思い出す。人間のくせに獣人や鬼人よりも遥かに強靭な肉体を持ち、どんな苦境や苦痛にも折れることのない精神……上位の魔族の中にも、なかなか見ない傑物。
『(フフフ。アンタなら私の本当の呪いを叶えてくれるかもね)』
呪術が成功して安堵するサイガと、信じられないものを見るような表情をして固まっているララに声をかける。
『試合終了よ。両者引き分け! これで修練も一旦終わりね。明日からは好きにしていいわよ、サイガ』
私の言葉を聞くと、2人とも地面に座り込んでしまった。特にサイガの方は疲れが酷いようだ。魔王選定の儀まで3週間はある。しっかりと休んで戦いに備えてほしい……私は労いの言葉をかけようと2人の元へ向かった。
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